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できん相談 笑えん冗談 〔1〕

 腐れ縁はじまる 


 こんな時に限って、一番近い高速の乗り口に出るまでに車で一時間半もかかった。
 挙句の果てに電光掲示板の渋滞情報には「宝塚トンネル25キロ」と言う文字が、誇らしげに表示されている。さすが連休初日だ。 

 舌打ち一つ、ドアポケットに片手を伸ばし、助手席のシートにアトラスを乱暴に広げた。

 ここから一キロ程走れば、大きな国道がある。
 先にこの辺りで飯にしとくか――。
 鳴砂(なりさ)がダッシュボードをチラ見すると、デジタル時計はもう夜の七時を示している。国道に出ればレストランの一つや二つはあるだろう。夕飯を食べてから高速に乗り、一気に北上。今夜中には名古屋に入る予定だ。

 高速乗り口右折の表示を素通りし、助手席に置いた地図を時折覗き込みながら知らない道を突き進むと、小さな交差点に出た。
 ホンダのディーラー、ファミマ、ガソスタ……あれ、おかしい。違うな……ここ。どこで間違うたんや――。
 通り過ぎようとする道路標示をフロントガラス越しに覗き上げる。
 ん? 171号線、500m先左折やと――?
 道を間違えたことに気付き、慌てて地図を引き寄せる。
 前をチラチラ伺いながら片手でハンドルを握り、もう片方の手でページをめくった。

 ああ、わかった。ここ真っ直ぐか――。
 やっと現在地を把握し、ホッとして顔を上げる。――と、視界の上を通り過ぎる赤い警告灯。
 真横から眩しく照らす二つのハイビームにハッとする。
 クラクション。
 左いっぱいに切るハンドル。
 体重をかけて踏み込む右足。
 ブレーキ音。
 それるライト。
 回転する車体。
 
 一瞬身体が浮いてから、ドッと前のめりに打ち付けられる。
 車内の空気が横滑り。
 地図と後部座席に乗せていたスーツケースが前方に激しくポルターガイスト。
 衝撃。
 グシャリ。
 鉄板が潰れる鈍い重低音が外で響く。

 完全に車体が停止すると、激震の余韻を体内に残したままハンドルを抱え込み、身体から外力が抜けるのを待つ。
 交感神経、最優位。頻脈をやかましく打ち鳴らす。

 呼吸を整えながら衝撃音がした方を振り返ると、歩道に乗り上げる鋭く黒光りした車が一台、バンパーに電柱を食い込ませ、そこだけ空間をゆがめている。
 やってもうた――。
 よりにもよって、相手は新型のレクサス。
 畜生。あんなええ車に乗りやがって――。
 一つ間をおき、向こうの運転席のドアがゆっくりと開いた。
 
 ブサイクに決まってる。ほんでもって、短足のデブや。性格も悪い。金持ちはそうやと決まっとんねん――。
 地面に踏み出た革靴に向かって、ブサイク、デブ、性悪と心の中で復唱するも、願い叶わず。車から出てきたのは中肉中背、スラリとスーツを着こなす彫りの深いイケメンだった。
 二物を与えた天に反感の溜め息をひとつ漏らし、鳴砂はドアロックを解除した。
 こんな日に限って、全然ついてへん――。
 
 外に出て自分の車のフロントに回り込むと、可愛い可愛いシボレーカマロの純白の車体には傷一つ無い。どうやら鳴砂の車を避けようとした相手の車だけが歩道に突っ込み、傷物になったらしい。
 スーツの男は両手をポケットに突っ込んだまま上半身をかがめ、コンクリートをめり込ませたバンパーを覗き込んでいる。左のフロントライトが派手に割れて、アスファルトの上に散乱していた。

「おい! そっち赤やったやろが」
 迫力のあるドスの利いた声。鋭い視線。
 悪いことに、性悪という予想だけが当たっていた。
 歳は鳴砂とそう変わらないだろう。スーツは着ているがノーネクタイでワインレッドのYシャツ。
 あかん。こいつ普通のサラリーマンやない。だいたい普通のサラリーマンは新型のレクサスなんぞに乗らん――。
 急に冷たい血液が背中を逆流し始めた。
 
「すんません。俺、余所見してました」
「せやろがい! どこ見て走っとんじゃボケ。どないしてくれんねん、これ」
「あ、とりあえず警察呼びます」
 
 運転席を開けて助手席の足元に落ちたカバンを手繰り寄せ、中から携帯を取り出した。
 119、いや110か? どっちや。泥棒は110番、119番は……救急やったか? ヤクザ相手に事故った場合はどっちにかけたらええねん――。
 混乱した頭でボタンを押そうとすると、横から手が伸びてきて携帯を奪い取っていく。
「こっちにも事情があってな。警察は呼ばんでええから、俺に付いて来てくれ。あの車、実は俺のと違うねん」
 そう言って男は、親指で後方を指す。
「ああ、一応これも与っとくわな。逃げられたらかなわんし」
 男は運転席に置いてあった鳴砂のカバンをかっさらって、レクサスに乗り込み早々とエンジンをかける。『逃げる』その手があったかと思った時にはもう、フロントが潰れた黒光りの高級車がバックを始めていた。
  
 無傷の愛車で、片目が潰れたレクサスのすぐ後ろを走行する。
 男の運転はひどいものだった。エンジンブレーキとか惰走(だそう)とか、そいういうものが全く無い。恐らく常にアクセルかブレーキを踏んでいる。
 フロントに加えて後ろのバンパーも凹ましたろかと思っていたら車は街中を抜け、小さな工場が並ぶ車幅の狭い道に入っていった。じきにアスファルトが砂利道に変わり、広い駐車場を構える二階建ての小さな事務所に着いた。
 エンジンを切る前にデジタル時計に眼をやる。
 やばい……。もうこんな時間や。どんどん予定が狂てく。早く大阪を離れんと――。
 
 レクサスの隣に車を止めて降りると、男はしばらく車内で俯いている。イラつきながら近付いて窓から覗き込むと、鳴砂がカバンに入れていたゲームの攻略本をしげしげと閲覧していた。助手席のシートには、見覚えのある財布とその中身、携帯や音楽プレーヤーまでが散乱していた。

「歩(あゆむ)はモンハンやるんか?」
 何故か下の名前で呼ばれている事はともかく、二十三にもなってモンスターを狩る異次元のゲームに夢中な自分がオタクのようで恥ずかしかった。
 やっと車から降りてきた男に適当に頷くと、男は「俺もやねん」と少年のように笑った。
 
 男は車に凭れ掛かり内ポケットから煙草を出して吸い付ける。「ええか――」と改まって話し始めた。

「今から会うんは、この車の持ち主で俺の叔父貴。九鬼(くき)っちゅう、名前も性格も怖いオッサンや。
 そいつの前で、ちゃんと怯(ひる)まんと、わたくし鳴砂 歩(なりさ あゆむ)めが信号無視をしたせいで、タツノさんの乗っていた車をボコボコにしてしまいました。申し訳ありませんと、こう言えよ。間違おても、タツノさんが一般道で98キロ走行しておりましたなんて事、言うたらあかんのやぞ。後々大阪湾のお魚と仲良うなりたないやろ? 
 オッサンに何言われても、すみませんでしたと頭を下げろ。喋るのが面倒臭あて、先に手が出るような男やから用心せなあかん。
 まあそんな不安そうな顔せんでも、俺が最大限、歩のことフォローしたるわ」
 男はタツノという名前らしい。免許証を見たのか、鳴砂のフルネームを知っている。
 タツノは衝撃的な事実を、涼しい顔して煙と一緒にポンポンと吐く。
「98キロ……。高速でも捕まりますね」
「やかましい。三桁の大台には乗っとらへん」
 
 ビルの入り口には小さなシルバーのプレートに『墨元興業』と彫られている。
 暴力団墨元組とはっきり彫ったらええねん――。諦めにも似た苦笑いが込上げる。
 重たいガラスの扉を開けて中に入り、靴を脱いでスリッパに履き替えると、タツノが「こっちや」と手招きした。
 タツノに続いて一番手前の部屋に入る。
 中は事務所のようになっていて、デスクの前に座っていた電話番らしい若い男が勢いよく立ち上がり「おかえりなさい」と浅く頭を下げた。アロハシャツにジャージの下、スキンヘッドで便所サンダルを履いている。絵に描いた様なヤクザの下っ端だ。
「おお」と返したタツノは、肩で空気を切りながらパーテーションの向こうへ歩く。

「叔父貴。ただいま」
 大層な黒革の応接セット。50インチはあろうかという大きな薄型テレビの正面を陣取り、背凭れに両肘をかけて煙草を吸っていた男が、ゆっくりとこちらを見上げる。
「なんやタツノ。取立て行ったんと違うんか……えらい早いやないか」
 大理石で出来た灰皿で煙草をねじ消しながら、目を細める。どうやらこいつが九鬼という男だ。
 オッサンと言うからには四五十代の中年男を想像していたが、見る限り三十代前半。同じスーツでもタツノの既製品の雰囲気ではない、おそらくオーダースーツ。ダークグレーのピンストライプの上下に、黒のYシャツ、シルバーに品良く光るネクタイ。身体はタツノよりもひと回り大きく、煙草を持つ右手の甲に袖口の中まで続く大きな傷跡が這っている。

「実はな、叔父貴の車が事故におおてしもてん」
「なんやと?」
 九鬼の顔が歪む。そのへんのチンピラとは違う、プロの威圧感を含んだ視線に鳴砂の気持ちは怯んだ。
「あっ、今回は俺のせいと違うで!
 はい、こいつ。ちゃんと現行犯逮捕してきた。鳴砂歩(なりさあゆむ)君。歳は俺と同じで、趣味も同じ。さっき友達になったところや、優しいしたってや」
 タツノに背中を押され、ヤクザの前に歩み出る。
 九鬼は上半身を引いて、眉間に深く皺を刻んだまま鳴砂を上から下まで一往復睨んだ。

「す、すみません。あの、修理代はもちろん、そちらの言い値で全額払わしてもらいます」
 幸い今の鳴砂には、それぐらいの金はある。
 深く頭を下げると、九鬼は鼻で笑う。
「ほお。若いのにえらい太っ腹やないか。まあ座れや」
 煙草を吸いつけながら、顎でソファーを指す。
 四人掛けの黒革のソファーに腰を下ろした。
 タツノが鳴砂の隣に座ろうとすると九鬼が低く言う。「おいタツノ。何お前まで座っとんねん。さっさと茶でも入れて来いや」
 
「兄ちゃん、どの辺に住んどるんや?」
 タツノが入れた白湯のような茶を一口すすって九鬼が鳴砂に聞く。

「あの……今俺、こっちには家無いんです。連休明けから東京の支社に転勤で、明日には東京に出て社宅に入る予定なんです」
 その人生の門出を祝した素晴しい一日が、近日まれに見る厄日と重なってしまい、あろう事かこんなところでヤクザと顔をつき合わされている。
「なんや、ほんで車にでっかいスーツケースなんか積んどったんかいな」と、盆を回しながらタツノが隣に座った。
「だから、出来れば支払いは振込みとかにしてくれませんかね? 出来るだけ早く向こうに慣れたいから、絶対今日中には大阪を出たいんです」

 九鬼は紫煙をくゆらせながら、眼を細める。
「鳴砂君いうたか。悪いけどな、それはできん相談や。
 あのレクサスが無いと、俺はどこにも行けん。それに代車があっても誰が運転するんじゃ」
「えっ?」
「そこにおる電話番の男は免許持ってへんし、そもそも今うちの若いもんは奉公に出してるから人手が足りとらへんのや。俺はあの車以外は運転しとおない。だいたい若頭補佐の俺が、代車なんか運転しとったらおかしいやろ」
 タツノがおるやろがい――。とは口に出さずに、隣を振り向く。

「あのなあ鳴砂君。そいつは今、免停中なんや。まさか君、この俺に免停中の運転手を付けさせて事故死させるつもりかい?」
 九鬼は開いた足に両手を垂らし、鳴砂を静かに睨み上げた。
「免停……?」
 驚くような事実を突きつけられ、九鬼からのきつい目線をそのまま隣のタツノに横流しする。
「いや、ちゃうんねん……免取りにならんかったんが奇跡やで。そら大きな事故やったからなあ、俺自分が生きてることが不思議やねん。ってか……俺ようあるんや、そういう奇跡みたいなん。ほんまに神様がおるような気が――」
 何がどう違うのか、タツノは何故か誇らしげに鳴砂の肩をポンポンと叩く。
「じゃかぁしい! 人の車を廃車にしといて何言うてくさるんじゃボケ。神の野郎がおるんやったらこの世のためや思て、一番にお前みたいなんが生まれるんを阻止せんかい」
 九鬼の怒声が飛ぶ。神に野郎と付けた男をはじめて見た。

「……ほんなら俺、どうしたらええんですかね」
「せやな……」と、九鬼は足を組んでしばらく思案する。

「とりあえず俺の車を修理に出して見積もり取って、話はそれからや。今日はもう馴染みの車屋も閉まっとるし、明日修理に出すわ。だから今晩は大阪に居てもらわな困る。
 せや、タツノ。チヒロの部屋は空いとるんとちがうんか? お前、今一緒に住んでんねやろ? あの部屋使わせたれや」
「あの。俺、東京で仕事が……」
「ああ、それええなあ。チヒロに連絡してみよ」
 
 門出を祝した夜。第一日目。
 本人の意志に反して、鳴砂はめでたくヤクザの恋人の元住まいで、一晩を過ごす事に決定した。
 



 【後書】
 こんな土曜日に更新できるとは……。今日は夫が仕事です。┏O)) アザ━━━━━━━ス!

 一応始めてみました新連載。と言っても、10月中に終わらせますので短いです。最初は全五話の予定でしたが、いつものごとく長くなって初めから二話に割る作業に打って出ましたので、全何話になるかは未定です(ωV_vω)ペコ
 予告どおり息抜きの連載ですので、私の楽な設定=大阪弁(汚い方寄り)で書かせて頂きます。これでも出来るだけ分かりにくい言葉は省いたつもりなのですが、何しろ毎日使っているのでどれが他府県の方から見て分かり難いのか想像がつきません(つд⊂)エーン 「え? これどういう意味?」ってな言葉があれば、遠慮なく聞いて下さい。ただの誤字だったりします(笑)
 本当は「金持ち」を「かねも」と普段使っている通りに書きたかったのですが、迷った挙句前者に席を譲りました。「金持ち」は「かねも」、「かしこい人」は「かしこ」と言うたりします。
 どうも、自分が大阪弁を書くと野暮ったくなっていけません。ただ書くのはいつになく楽チンでした。
 あと初めて一人称以外に挑戦しますので、抽象的な書き回しや、心理描写もあえて少なくなります。時折、優しい読者様に褒めて頂ける、私の小説の数少ないプラス要素な気がしますが、今回はこれを削って頑張ってみます。

 関西弁苦手な方、読み辛くて無理な方、申し訳ありませんm(_ _)m 短い連載なのでスルーして下さって構いません。次の連載でお会いできることを心から願っております†ア━━(´・Д・`)━━メン†

 ここで一つ雑談。
 人様のブログにお邪魔するようになってから「ショタ」とか「ショタコン」なんて言葉をよく眼にします。
 皆さん、これの意味ご存知でしたか?
 私、知ってましたよ♪「ショタ」=「ショタイモチ(所帯持ち)」Σ(;゚Д゚ノ)!!
 んっ? なぬ? え、違うの!!??
 本当は「ショタ」=「正太郎コンプレックス(少年を対象に抱く愛情・執着)」だそうです。
 今年下半期一番の驚き……。せやったら「ショウタ」にせんかい。(=Д=;)
 どうりで。この世は所帯持ちが好きな人々で溢れかえってるんやなぁと思おておりました。畜生。
 
 次の更新はまだちょっと未定。二話に割ったので、うまく息子の昼寝が長引けば週末(ってか今日)出来ますが、無理なら月曜です。
 ではではm(_ _)m
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