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転じて吉 [第十話]

『罪作り!』


「邪魔だなあ……」

 級友が放った悪態を背中で弾き返し、狭いカウンターに突っ伏したまま成宮冬馬は顔を背けた。

 酒と煙草で飽和した酸欠状態の両腕の中、目的も無く呼吸だけを繰り返す。
 何が楽しくて息なんぞをしているのかと考えるのも億劫で、汗ばんだ額を腕に強く押し付けた。

「じゃあ、五万出すよ。だめ?」

 カウンターの反対側で声を潜ませていた男同士のカップル。どうやら交渉が成立したらしく、静かな店内に椅子を引く音が響いた。

 真っ当な平日の夕べ。
 ぶれることなくいかがわしい、悪名高いこのバーの奥底では、当たり前の一般人を見つける事の方が難しく思える。

 こんな汚れた場所だというのに、眼を閉じれば成宮の瞼の裏には、濃紺の袴に純白を纏った眩しい姿が未だに浮かび上がる。
 眼を背けたくなるほど眩しくて、そして清い。
 あまりにも浄化力が強すぎて、見ているだけでこちらが焼き切れそうになる。
 消毒液を直に浴びたように心臓がずくずくと痛み、火傷のように脳裏に焼き付いてしまった。

 今日、放課後の部活中。
 ボールを取りに踏み入った体育館の裏手で、薄汚れた外壁に大きく開いたドアが眼にとまり、ふらりと足が勝手に動いた。
 弓道部が練習をしていると確証があった訳では無い。もしかしたらと思ったのだ。

 不規則にタンッと軽い音を立てて床に弾き落とされる矢。
 張り詰めた静けさの中、弓矢を構える弓道着の一番奥が祐だった。
 
 そうと気付いた成宮は自然と呼吸を浅く抑え、獲物を視界に捕らえた獣の足取りで体育館の外壁に忍び寄った。

 少し顎を上げ、勇ましく、そしてどこかひんやりとした浄瑠璃人形の面持ちで、的を射抜く。
 パンっと弦から弾かれる右手。
 揺れる短い前髪。

 名のある人形師にでも作られた弓射りのからくり人形のようだと思う。
 弾かれた弦にふわりとはずむ袖口。そこから覗く白い右腕はからからと音がしそうな程だ。

 気配を消していた肉食獣の意識はたやすくに吸い込まれ、ボールを落として見入った。

 いつの間にか胸が真空のようになっていて、また、渇き飢え始めている。
 いっそ自分の心臓を一打ちにしてくれたらどんなに本望かと、あの光景を目の当たりにしてから数時間がたった今でも思う。

 そしてまた、あの夜の出来事を後悔するのだ。
 
 違う、違うんだ――。
 あれは成り行き上、どうしても仕方なかった。

 ぎこちないながらも、あの日までは確かに恋人同士だったはずなのに、あの日をさかいに祐との関係は途切れた。
 互いの部活動が忙しくなってきた事や中間テストを挟んだ事はあくまでも言い訳に過ぎず、付き合い始めてからもこちらからメールをしないと連絡がとれない恋人に、二週間もメールをしないでいる。
 ただそれだけなのだ。

 関係を絶っているのは自分の方だと分かりながらも発信できないでいる。

 素直に言えば、怖い。
 話があると言われたら。別れたいと言われれたら。
 怖いのは別れ話などではない。
 別れなど到底受け入れられようもない愚かな自分が、次に引き起こす行動だ。

 恐らくそれは抑制のきかないものになってしまうだろうと、成宮にはわかる。
 怖いことに、祐を無理矢理自分だけのものにすることなど成宮にとっては簡単なのだ。

 だから連絡もせず、二人で会うことも避けている。
 学校ではあくまで友達を装う。




「お客さぁん。そろそろうち、閉店なんすけど」
 溜息まじりの声に頭をむくりともたげると、バーテン姿のクラスメイトがカウンターの向こうで目を細めてグラスを拭いている。

「呼んだのはそっちだろ……」
 低く掠れた声で言うと、その拍子に動いた手がた灰皿をひっくり返して吸い殻と灰を巻き上げる。
 営業妨害だと言わんばかりに野木は顔をしかめた。
「お前、禁酒禁煙はどこいったんだよ」と文句をいいながらテーブルにぽいと、布巾を放った。

「話って……。何だよ」
 また突っ伏して背を向けると、野木はひと呼吸置いてから言いづらそうに口を開いた。

「ああ、話って。あの……、貴崎のこと、だけどさあ……」

 上擦った声に、背中がぞくりと反応した。
 駄目だ、その話は――。
 今、一番避けたい話だ。

「俺もお前に話があるんだよ!」
 野木の言葉を遮って勢いよく顔を上げると、驚いた級友は間抜け面で「な、なんだよ……」と答えた。

「何って。お前……、今日部活中に祐に触れただろ! どういうつもりなんだよ!」
 自分でも、言い掛かり以外のなにものでもないと分かって言っている。

「触った? ああ……。あれは貴崎の姿勢を直しただけだ。あいつさあ、もっとこう……腕を上げて、半身を引かなきゃいけないんだよなぁ。だからいっつも矢が――」
 野木が布巾を持ったまま、胸を張って弓を持つ手振りをした。

「ふざけんな! 職権乱用だ、それ。祐は俺の恋人だぞ? お前は俺がシノと寝ても平気なのか?」

 突っ掛かると、野木は呆れたような表情で、どうしてそうなるんだよと手を止めた。




 そう。今日の部活中、この悪友――野木は、こともあろうに成宮の目の前で、弓道部の副主将という立場を利用して、唇に後ろ髪が触れる距離で祐の背後近づき、背中から包み込むように祐の肘や肩、挙げ句腰にまでいやらしく触れたのだ。

 その後、体育館を覗く成宮の存在に気が付いた女子部員達が黄色く沸き立ち始めたせいで、異変に気付いた祐と一瞬目が合い、盗み見ていたことがばれてしまった。

 それまで順調に的をかすめていた祐の矢が急に安定感を無くす。
 のぞき見されていたことが余程嫌だったのか、俯き加減で顔を真っ赤にして、すぐ後ろにいる野木にもごもごと口を尖らせ何かを話している。
 雰囲気からして、きっと自分の話題に違いないと成宮は察し、不安にかられた。

 実は成宮と付き合ってるんだ、とか。
 でも、もう好きじゃないとか――。
 もう別れたい――とか?

 泣き出しそうな顔をして弓矢を構える祐とは対照的に、野木はいたって冷静に的を見つめる。祐の肘に触れては位置を正しながら二人は会話をする。

 次の瞬間、祐の弓から不意に外れた矢が、体育館の舞台袖の幕に当たって力無く落ちた。

「どこ打ってんだあぁ!!」

 顧問教師の怒号が飛ぶのと同時に、成宮の不安はピークに達し、怖くなってその場から立ち去ってしまった。

 そんな事があったせいで、話があるから今晩店に来いと野木からメールが来た時、成宮はピンときたのだ。
 祐の話に違い、と。




「お前の方こそ、何のぞき見してたんだよ。お前が来ると女子が騒いで練習が進まねえから来んな!」
 開き直ってボトルに手をやる野木を成宮は睨みつけた。

 じっと押し黙る成宮の前に、水の入ったグラスがコトリと置かれた。
 野木は自分だけ琥珀色の液体が入ったグラスを持って店の入口の方を眺める。

「こんな事、俺から言うのもなんだけどさ……」
 野木の静かな言葉に、成宮は身体を硬直させる。




「成宮、おまえ……。もうちょっと貴崎のこと気にかけてやれよな」

「はぁ?」

 成宮はここ最近で一番力の抜けた声を発した。

 馬鹿馬鹿しい。この世で祐のことを一番気にかけているのは自分だ。

 心外だと口を開きかけると、野木はそれを遮って早口で言った。

「あいつはただの高校生なんだよ。お前が思ってるようなお子様でも、聖なる存在でも無くてだなぁ。何て言ったらいいか……、えぇと、恋愛に悩む、ただ高校生だ」

 成宮が意図を読み取ろうと無表情で黙り込むのもお構いなしに、野木はさらりと言い放った。

「お前とのこと、すごく不安がってるみたいだったぞ。全然連絡が無いし、どうしたらいいかわからないって……」

「祐、が……?」

「成宮とはもうやったんだろって聞いたら、あいつむちゃくちゃ動揺してたし……。見ただろ? あの時のうろたえぶり……あんな所に矢打ちやがって。
 お前、さては何も手ぇ出してねえんだろ?」
 冷ややかに笑う野木の挑発に腹を立てるのも忘れて、成宮は考え込んだ。
 
「祐が? 祐がそんな事言ったの?」

「どうなってんだよ、お前ら。すんげえすれ違ってんじゃん」

「それって、さぁ……。もしかしたら、祐が、俺の事、好きってこと?」

「え、お前ら付き合ってんじゃねえの?」
 野木は真顔で動きを止めた。

「それって……、祐は、俺のこと。好きで好きでしょうがないって……こと? ねぇ、えっ、そうだよねえ。どう考えても」

「両想いだって自慢してたの、お前じゃなかったっけ?」

 ジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま背を反らせ、煤汚れた天井を見上げる。

 それから、キョトンとした悪友の間抜け面をしばらく真剣に眺めた後、成宮は勢いよく立ち上がった。

「野木。帰るよ、ごちそうさま。
 これ以上飲むと祐にキスしてもらえなくなっちゃうからね。今日のはつけといて」

 立ち上がってジャケットのボタンをとめる成宮を野木は凝視している。

「なに。なんなの、お前……。酔ってる?」

「いや今醒めたとこだよ。
 要するに、祐は少なからず俺に溺れてるってことだ……。見つめられると平常心じゃいられないなんてさ。
 あっ、俺達もちろん両想いだよ。ずっと前から。お前なんかが邪魔になるような浅い関係じゃないから心配するな」

「なんか、お前のそういうところ尊敬するよ、俺」
「それは素直に喜んどくよ」

「あっ。それともう一つ。貴崎が言ってた、お前の誕生日プレゼントは何にすればいいかって」

「祐がっ!?」
 カウンター越しに身を乗り出すと、野木は「小学生かよ」と成宮の浮かれっぷりに冷笑する。

「成宮みたいな変態は、どういう物を欲しがるのかって悩んでた」

「馬鹿だろお前。可愛い祐がそんなこと言うわけない」
「いや、言ってたよ」
「そういうの何て言ったかな……日本語で。あ、ひがみ?」

「何でお前みたいな奴にファンクラブが出来んのかねぇ」
「カッコイイからだろ」
 ごく当然のようにさらりと言うと、野木は鼻で笑った。

「否定出来ないのが悔しいんだよな……」

 氷山の形をした琥珀色の氷が、グラスの中でごろりと転がる。





【後書】続けて次話投稿となりますので、そちらで。
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テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

コメント

No title

何でしょ、この浮いて沈んで浮きっぷりの成宮は!

貴崎を お子様扱いしている 成宮もお子様ですよね~(笑´∀`)ヶラヶラ

気分ルンルンの成宮、貴崎の許へ~GO~GO~
ピューッ!!Σ≡=-ヘ(*゚∇゚)ノ

16様、お帰り~!!ヽ(*≧ω≦)ノ嬉しいよ~♪....コメは続く~

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