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転じて吉 [第九話]


『ヤバい奴』


「へえ――、あいつとねえ」
 きょろきょろと路地の暗がりに首を伸ばしながら男は大して興味もないように呟き、そして冷ややかに言い放った。

「やめときなよ、すげえ遊び人だぜ? 裏に怪しいパトロンが付いてるって噂だし。ヤバいよ、あいつ」




 通り全体が酒と桃色の蒸気にどっぷりと漬かりこんだような、妖しくきらびやかな 、それでいて大変賑わいのある場所だった。

 どうも好きになれないのは臭いのせいか。
 人混みが苦手なの理由は、背が低いせいで貴崎祐を取り巻く空気が、通常人のそれよりも一段階地面に近くて濁っているように思うからである。
 
 酒気を帯びた煙草の臭い。
 湿ったアスファルトから立ち上る埃と土の臭い。
 人間の臭い。汗と上気した肌の臭い。

 そして前を歩く男の、甘ったるい香水の臭いだ。

「でもあいつが高校生だったとはなぁ」
 ポケットに手をつっこみ、呑気にふらふらと人をよけ歩いて行く。
 貴崎は何も答えず、人にぶつかりそうになりながらも、その男の黒いレザーブルゾンを見失わぬように後を追っていく。
 
 夏目と名乗るその男に出会ったのは少し前。

 冬馬の行方を追ってこのいかがわしい街に足を踏み入れたはいいが、通行人が多いせいで早々に恋人の後姿を見失ってしまった。
 幸い冬馬を見失った場所――突き当たりの角に面する店の数は少なく、手当たり次第に店内を覗き込んだ。
 一軒目に入った店は、どうやら由緒正しき風俗店であったらしく、黄色い声をあげて集まって来た半裸の女達に取り囲まれるだけ取り囲まれて、結局成宮を知る者はおらずハズレに終わった。
 手応えがあったのは二軒目に入った怪しいバー。
 制服姿はまずかったと通りを歩いていた時から人目で感じていたが、この店に入った時に浴びた視線は異様なものであった。
 品評会に出品されて品定めでもされているような不快感だった。

 たまたま目が合った男に冬馬の事を聞くと、「ああ、そいつならきっと……」と外に連れ出された。
 
 男は夏目という名前らしい。
 歳は貴崎の兄より少し下くらいか。
 前髪を上げ、肩まである髪を後ろで一つに束ねて、四六時中ズボンのポケットに手を突っ込み怠そうな歩き方をしている。

 風貌と軽い喋りからしてお世辞にも真面目そうには見えないが、一度この手の出来事で痛い目を見ている貴崎が、それでも夏目の背中にのこのこと付いて来たのは、この男に殺人や誘拐拉致などという大それた犯罪が犯せそうにはないと思えたから。
 要するに馬鹿そうに見えたからだ。

 大通りを抜けると、艶かしい静けさを湛えるホテル街が広がる。
 ホテル街の手前にあるキャバクラの裏を覗き込み、いねえなあと小さく吐いてから、夏目ははたりと足を止めた。

「しゃーねえ、今日はあきらめれば? ってか、祐ちゃんそれ絶対遊ばれてるよ。あいつ……、成宮、だっけ? 何も、あんなヤバい奴と付き合うことねえじゃん」

 来た方向に身体を返し、夏目はさらりと言い放った。

「なんだよそれ」と貴崎は口ごもる。
 冬馬を知っていると言うから付いては来てみたが、僅かながらでもこんな奴に期待したのが馬鹿だった。

「いっつもさあ、だいたいこれくらいの時間なら通りの陰とかで女とイチャついてんだよ。これみよがしにさ……。今の時間だとまだラブホ入るの早いじゃん? だからいるとしたらこの辺だと思ったんだけどなあ――」
 大通りを見つめる夏目につられ、貴崎は辺りの暗がりにもう一度目をやった。

「俺も喋ったことは無いんだよ。成宮って言ったっけ、あのハーフの奴。でもさっきの店の常連なら大抵知ってるよ。まああんな外見だからさ、よく目立つし、実際よくモテんのよな。女にも男にも。あいつに恋人取られたって話もよく聞くし、あいつに捨てられたって話もよく聞く」

開き直ったようなさっぱりとした物言いをして、夏目は少年のように屈託のない笑顔で貴崎を見た。

「多分今もどっかで誰かとイチャ付いてんじゃね? ってか普通恋人いたら、こんな所うろついてるとかありえねえだろ。祐ちゃんみたいな可愛い恋人放っといてさ」
 
 貴崎は深く息を吐きだし、がっくりと俯いた。
 悔しいことにその通り。
 このちゃらちゃらした如何にも阿呆そうな男の言う通りなのだ。

 貴崎という恋人がありがらこんな色町で姿を消すなんて。いったいどういう神経をしているのか。
 如何わしい関係は全て切ると約束したではないか。 

 発端は冬馬の表情を曇らせた、あの日の携帯の通話。
 毎日のように貴崎の放課後の予定を気にかける冬馬が、今日だけは何も聞いてこない。
 貴崎が部活の自主練に行くからと言っても、残念そうな顔ひとつしない。
 今晩、絶対に何かある。
 予想通り部活を休み帰宅する冬馬の後をつけ、暗くなってから出掛ける後ろ姿を追ったのだ。
  
 貴崎の勘が当たっていることを証明するかのように、恋人の後ろ姿はこの妖しいネオンの中に紛れ消えてしまった。
 一瞬目を離した隙に見失ってしまった悔しさを思い出し、貴崎は下唇を噛んだ。
 
「ほんと悪い奴だよな、祐ちゃんみたいな何も知らない素人捕まえてさ。あ、でもそういやあいつ、いつも清純そうな子連れてっか……」 
 夏目はごにょごにょと独り言を言って来た方向へ進んでいく。

「まっ、だからさっ! 今夜は成宮君とやらのことは忘れて、俺と朝までパアッと遊ぼう。」

「もういいよ。一人で探すから」
 馬鹿らしい提案を無視して踵を返そうとすると、夏目が軽いステップで貴崎の正面に回り込む。

「ねえ祐ちゃんさ。率直に聞くけど、お金欲しくない? 高校生にとったらかなりの大金だと思うんだよねえ。これが結構簡単に手に入んだな――」

「嫌だよ、どうせ変なことさせんだろ」
 間をおかずに貴崎が答えると、いやそれは違うね祐ちゃんと夏目はきっぱりと断言した。

「祐ちゃんは何もしなくていいんだよ、ただ個室に入って一人でビデオ観賞してりゃいいだけ。どおこれ? 祐ちゃんなら一晩でかなりいい額貰えるよ」
 
 貴崎は目を細めた。
「ビデオ観賞? なにそれ……どうせ裸で、とかだろ?」
「……なにそれ、裸がいいの? まあ祐ちゃんがそうしたいなら裸でいいよ」
 
 そんな手には乗らないと、貴崎は目を細めた。
 そう上手い話があるはずがない。
 ただ――、恋人の誕生日を控えて、金の工面に苦労しているのは事実だ。
 しばらくだまったまま軽蔑の眼差しで真相を探っていると、夏目が気まずそうに首を掻く。

「いや、まあさ。ただの個室ってのは嘘で、マジックミラーの覗き窓があったりちょっと仕掛けがあるには、ある。でもあれだぜ? 変な奴が入って来たり、体触られたりとかは絶対無い! これは保証する!」

 貴崎は口を尖らせ地面を睨んだ。
「ビデオって……どんな?」

「どんなって言われると困るけど……、まあ男なら嫌いな奴はいねえよ。祐ちゃんにはちょっと刺激的かもしんねえけど。とくかく部屋で見ててくれればいいだけ。見てりゃあ自然と、一人でいろいろとしたくなるからさ」
 そういうことかと呆れて貴崎が歩き始めると、夏目がすがるように隣をついて来る。
 
「嫌ならさ。薬で一時間眠ってくれるだけで金貰えるってのもあるけど、どお?」
 
 貴崎は何も答えず足を早めた。
 すると夏目は慌てて貴崎の二の腕を掴む。

「ウソ、嘘、嘘っ!! ねえ待ってよ! 案外頑固だな祐ちゃん……。わかったよ、白状する――」
 そう言ってまた貴崎の正面に回りこみ、今度はばつの悪そうな表情をした。

「実はさ、俺、祐ちゃんが店入って来た時、一瞬で心持ってかれたってか、もう目離せなくなってさ。いやマジ! これホントなんだって! 一目惚れっていうのかな――」
 独り言だと判断してまた歩き出す。

「いや待て待て! 分かる、分かるよ。俺みたいなのにいきなり口説かれても困るってのは分かる。
 確かに、見ての通りまともな職についてる訳じゃねえけどさ……。正直言うと売春の仲介業? みたいな感じかな。でもこれでも客からはかなり信用得てて、結構いい仕事してんだぜ? 俺。
 最近じゃVIPな客ばっか相手にしてるしさ」

 あまりの必死さが哀れに思えて貴崎が足を止めると、夏目はほっとした様子で表情を緩めた。

「いやだから上手く言えないけど……俺結構金持ってるし、一緒にいて退屈はしねえと思う。
 だからさ、さっきの話は抜きにして今から俺んち来ない? 一緒に飯食ってDVDでも見よ? ね?」
 
「DVDって……、どんな?」

「そりゃまあ、男と女がいろいろしてるやつ……。あ、男と男でもいいし」

「帰る」

「じゃあ車で送るよ」
 それ絶対飲酒運転だろと突っ込むと、タクシーで送ると言うから丁重に断った。 

「ほんと頑固だなあ祐ちゃん。ねえ、じゃあファミレス行こうよ。ファミレスならいいだろ? 祐ちゃんさっきから腹鳴ってんじゃん」

 ホテル街を目の前にして貴崎は足を止めた。

「こんな時間だし、成宮だっけ? もうホテルに入ってると思うよ? お――い、祐ちゃん――聞いてる?」
 
 貴崎はがっくりと地面を見つめた。 




 結局近くのファミレスまで二人で歩く。

「きっとさ、祐ちゃんからかわれてんだよ。向こうは付き合ってるって意識も無いかもよ? 遊びだよ、あ・そ・び。あんな奴が真剣交際とかマジありえねえもん。まあ運が悪かったと思って――って、あれ……、もしかして、泣いてる……?」
 沈み込んだ貴崎を慰めているつもりなのだろうが、まったく逆効果だ。

「泣いてない」
「ごめん……、俺そんなつもりじゃ……。ったく、よりによって何であんなヤバい奴に惚れちまうんだよ」
 
 目が眩むほど明るいファミレスの駐車場に入ると、夏目は貴崎の顔を間近から覗き込んで明るく笑った。 
「おっ、泣きやんだ」と茶化すと、立ち止まって貴崎の顔を真顔でぼんやりと眺めた。

「祐ちゃん。明るい所で見たらマジ可愛いじゃん……。やべ……、俺もしかしたら本気で――」




「祐ッ!?」

 思いがけず背後から呼ばれて振り返る。
 するとそこには息を切らせた想い人が立っていた。

「とぅッ、ま……!」
 
 嬉しくなって声が弾む。が、本能が歓喜したのもつかの間、恋人を取り巻く暗雲のような不穏な空気に貴崎は萎縮した。
 いつもの優しく穏やかな雰囲気は微塵も無い。

 貴崎が置かれた状況を認識したのか、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
 
 細身なグレーのジャケットに、更に濃いグレーのストライプシャツ。僅かに開いた襟元からシルバーの鎖が鈍く光る。
 ホストのような下品さは無いが、それ以上に近寄りがたい冷酷な気配に満ちていた。
 
 毎日自分と同じ制服を着て近くにいるから、それが普通だと思い込んでいた。
 いつもの姿の方が、実は普通では無かったのかもしれない。そう思うほど、温かみの無い大人びた雰囲気に違和感が感じられない。  

 目の前にいるのは紛れも無い、夏目が言っていた、ヤバい奴、だ。

 恐怖さえ匂わす冷たい視線を貴崎の背後へ向け、冬馬は立ち止まった。
 自然と身体が硬直し、貴崎は一歩後ずさる。
 
 さすがと言うべきなのか、冬馬に睨まれても夏目は動じず挑戦的な表情で首を傾げた。

「よお、遊び人。探してたんだぜ。今日はどこの女とヤッてたんだ?」

 夏目の言葉に反応を示さぬまま、冬馬は据わった視線を貴崎に向けた。 

「悪いな。今夜の祐ちゃんは売約済みだ。遊び人のお前より、俺とデートする方がいいってさ」
 
 けらけらと笑う夏目に腰を抱き寄せられ貴崎の足元がぐらりとふら付くと、冬馬は感情が読み取れないの茶褐色の瞳を細めた。




「ゆ……に、――る、な」

 抑揚が無い。ただ深く、憎悪がこもっているという事だけが分かった。
 まるで人を呪い殺す呪文を唱えているような声。
 
「あぁ?」

「祐に、触るな……」

「ぅあッッ!」
 冬馬の手が夏目の襟元を掴んだと思った次の瞬間、夏目の身体は勢いよく背後に吹っ飛んでいた。

 並んでいた自転車が派手に倒れる。

 ガシャガシャと金属が擦れる音に混じって、嗚咽のようにせき込む声が聞こえた。 

 冬馬は無表情のまま気だるそうな足取りで倒れた自転車歩み寄る。
 よろめき立ち上がろうとした夏目の襟を捕まえ、そして肩ひざを付いて拳を振り上げた。
  
 二度、三度。
 耳をふさぎたくなる様なくぐもった音が響き続ける暗がり。
 貴崎はただ突っ立って見ていることしか出来なかった。

 突如、背後で女の小さな悲鳴があがる。
 振り返ると、ファミレスから出てきた女性客数人が身を引きながらこちらを見つめている。
 一人が店員を呼びに店内に走り戻ったのを見て、冬馬は大きなため息をついて立ち上がった。

 無表情のままの冬馬は、倒れた自転車の隙間で動かない夏目に見向きもせず、貴崎の腕を強引につかんで足早に歩き始めた。
 
 


「あんな所で――。……何してたの?」

 しばらく歩き、人気の無い路地裏に貴崎を引っ張り込むと、冬馬は真正面から貴崎を見据えて、搾り出すような低い声で言った。
 表情はまだ凍りついたままだ。

「別に。何も……」
 
 恐怖なのか悔しさなのか、恋人を探しに来たと正直に言える心境ではなかった。 

「どうして。あんな奴と一緒に……」

「それは……。……夕飯おごってくれるって言うから――」

「それで、付いて行ったのっ?」
 冬馬が信じられないといった顔で声を荒げた。

「悪いかよ! そんなの、俺の勝手だろ……」

「何考えてんだよッ! よりによってあんなヤバい奴に――」
 
 誰のせいで――。
 一気に血が頭に立ち上る。
 
「ヤバいのはお前だろ、冬馬! あんな街うろついて、今日はどこの女と会ってたんだよ!! それともまたあの変な男か!?」

 貴崎が白熱して叫ぶと、冬馬は吐き出しかけた言葉を飲み下して苦しそうな顔をした。
 それから途切れ途切れに小さな言葉を紡いだ。

「祐……。あいつが……、あいつが、そんな事言ったの?」

「どうせ俺とのことだって遊びなんだろ? 有名な遊び人だもんな、冬馬は」

「祐とのことが遊びだなんて、そんな訳……。どうしてそんなこと……」
 
 最後が聞き取れない。悲しそうな戸惑った声。
 痛む心とは逆に、口からは勝手に言葉が飛び出す。
 
「どうだか。冬馬は大嘘つきだからな」

「あんな奴の言う事は信じて、俺のことは、信じてくれないの……?」

 何も答えられなかった。
 冬馬の白い首と襟元にドス黒い小さな血痕が飛散している事に気付き、それをじっと見つめていた。

 一息おいて、冬馬はゆっくりと言葉を選びながら落ち着いた声で話し始めた。
「俺があそこで祐を見つけなかったら、どうなってたと思う? 今頃大変なことになってるよ?
 逃げれない場所に連れて行かれて……。仲間がいるんだよ、ああいう奴には……。祐には分からないだろうけど……、薬とか道具とか使って、無理やり苦しいことされて……。
 嫌がってる姿を見るのが大好きな奴等がいっぱいいるんだ。それを売り物にしてる組織だっていくらでもある。祐は何も知らないから……、男だからって何もされないと――」

「なんだよ、それ! 分かってるよ俺だってそんな事くらい! いいよ別に何されても! 冬馬に遊ばれるのとどこが違うんだよ!!」

「祐、どうしてそんな事言うんだよ! 分かってないんだよ祐は! 無理矢理変なことされて、痛くて泣き叫んでも、暴れても、やめてくれないんだよ? それで入院した子だって――」

「だからいいって言ってんだろ! 俺の身体をどう使おうと俺の勝手だろ! それで金もらえるなら何されてもいいよ!」

「いいわけないだろっッッ!!!」

 怒声と共に一筋の風が頬をかすめる。
 背にした外壁に激震が走り、ぱらりとコンクリートの細かな欠片が散った。
 頬の真横でずくりと疼く冬馬の拳。
 貴崎は目を見開き、言葉を失った。  
 
  


「いいわけ、ないだろ……。どうして……どうしてそんな事言うんだよ……」
 
 また、だ――。
 どうしてこうやって辛そうな表情にばかりさせてしまうのだろうと、どこかぼんやりと遠くで考える。
 悲しくて、苦しくて、痛みを絶えてばかりの歪んだ表情。
 自分になら出来ると思い込んでいた。ずっと笑顔にさせてやれると。
 
 突然、強く唇が塞がれ強引なキスが始まった。
 付き合い始めてからの優しい触れるだけのキスとは比べ物にならない、無理やりで一方的なもの。

 力任せに背中が壁に押し付けられる。
 抗うことも出来ずにいると、半開きだった口の隙間に我慢が限界に達したような勢いで冬馬の舌が滑り込む。
 
 熱い舌が犯すように口内をまさぐる。
 粘膜が擦れあう小さな水音に、背筋がぞくりと反応する。  

「教えてあげるよ。どんな風に犯されるか。誰にやられても一緒なんだろ?」

 冬馬の身体を押し返そうと出した手首が掴まれ、壁に押し付けられる。
 口角から溢れた唾液をすくい取るように熱い舌が首筋を上へと伝い、耳元をなぶるように犬歯で甘噛みする。悪魔のように甘美な声で頭の奥に直接囁く。

「祐の身体の感じる場所、全部知ってるよ。毎日見てるからね」 
 
 性急な手付きでシャツの裾がたくし上げられる。
 冬馬の長い指が肌を直接なぞって脇腹を伝う。 

「ここ、あいつに触らせたよねえ」

「……んん、やめッ……」
 自由を取り戻した片手でシャツの裾を握り締め、弱弱しい声を出す。
 冬馬の手を押さえこもうとするが腕に力が入らない。

「祐の体はお子様だからね、すぐおかしくなっちゃうかも。でもやめてあげない。めちゃくちゃにしてやるよ」
  
 冬馬の喉の奥からくくと歓喜が漏れ、視界に入る形の良い口元が不気味に微笑する。
 
 ヤバい奴――。
 
 夏目の言葉が脳内でこだまする。
 
「祐はお金が欲しいの? お金ならいっぱいあげるよ? 欲しい物何でも買ってあげる。だからさ、ずっと俺の――」
 
 既に荒くなり始めた呼吸を抑えながら冬馬が言う。
 布一枚隔てた上から内腿を性急に撫で上げられ、身体がどんどんと上気していく。
 
 ヤバい奴――。
 
 ヤバい奴――。

 ヤバい奴……にしてしまったのは――。
 冬馬をそんな奴にしてしまったのは――。
  
 悲しくて、悔しくて、熱いものが溢れ出して頬を伝った。
 下唇を噛む。
 
 冬馬の声も聞こえない。
 冬馬の指先も感じない。

 深く深く沈みこもうとしていた。
 



「出来るわけ、なぃだろ……」
 
 かすれ、消え入る小さな独り言。
 幻聴かもしれない。
 でもそれは、小さい頃からずっと大好きだった幼馴染の声だった。
 
 どれくらい経ったのか、気が付けば貴崎は放心状態で、苦しいくらいにきつく冬馬にただ抱きしめられていた。
 いつのまにか頬が乾いている。




 しばらくすると、お決まりのように冬馬のジャケットのポケットが揺れた。
 鳴り止まないそれを静かに取り出し、画面を覗き込むと、冬馬は少し躊躇した様子で通話ボタンを押す。
  
「もしもし……はい。……それは、その……誰から連絡が? はあ……。まあそれは……本当です。……はい、今、一緒に――。……ごめんなさい。全部、俺のせいです。」
 暗い声で話し終わると、携帯を顔から離しこちらへ差し出す。

「祐。お兄さんだよ」

 


 そろそろ門限を過ぎる頃だろうと嫌な予感はしていた。
 予め携帯の電源を切っておいたのに、まさか冬馬の携帯にかかってくるとは。

 電話に出ると、兄の声は異様に低く、ずいぶんご立腹のようである。
 弟が門限を過ぎたからと言ってこんなに腹を立てるとは、やはり自分の兄は頭がおかしい。
 挙句の果てに、もう車でこちらに迎えに向かっているという。

「なんだよ! 分かってるよ時間なんて! いいよ来なくて! はあ? はいはい! 分かった分かった。もう切るからな!」
 
 通話を切って携帯を冬馬に返した。
  
「駅前のロータリーで待ってるってさ」




 無言のまま二人で駅前まで歩くと、当然のように兄の車が停まっている。

「祐……」

 背後で冬馬の靴音が途切れたので振り向いた。

「祐。今日は……本当に、ごめん。俺……。俺、本当に、祐のこと……」
 
 それ以上言葉が続かないようで、冬馬は思いつめたようにまた苦しそうな顔をした。
 その表情を見ているのが辛くて貴崎は背を向け再び歩き始めた。
 
 待ちかねたように運転席から兄の秀直が降りて来る。
 腕を組み、遠くから見ても、久しく見なかった怖い顔をしているのが分かる。

 罵声を覚悟して兄の前で立ち止まったが、「乗れよ」と一言吐き捨てるだけだった。

 貴崎が助手席に乗りこんだ後、兄と冬馬が短く言葉を交わすのが見えた。
 いきなり兄が冬馬の首根っこを掴み言いがかりでも付けるかのように食って掛かる様子に、貴崎は一瞬焦ったが、兄はすぐに手を離し、冬馬もふらりとよろめいただけだった。

「帰るぞ」と運転席に兄が乗り込み、エンジンが唸りをあげる。
 
 きっと窓の外から冬馬がこちらを見つめている。
 
 顔を上げる事が出来ずに俯くと、訳も無く涙があふれ出る。
 
 立ち入るべきではなかった夜。
 ゆっくり動き出す車体に、連れ去られる。







【後書き】 
 大変更新が遅れてしまいまして申し訳ございません。
 いやはや……ほんとにご心配おかけ致しました。
 こんな時間ですので改めてコメレスと一緒に後書き(近況等)を後日別枠で更新させて頂きます☆
 気が向いた時に覗いてやって下さいませ♪
 
 えっと、えっと……いろいろと書こうと思ってたのに~眠たい。
 えーと、とりあえず文章が長くなってスミマセン(汗)

 今回いろいろと私生活でしんどい事がありまして(まあそれは後書きで書くとして……)何とか執筆・復活できたのは、温かいコメントを下さった方々のおかげです(泣)
 もう本当にありがとうございます。直接ご挨拶に行きたいくらいです。
 本当はコメ下さった方全員に今お返事を書きたいのですが、明日の仕事なので寝させて頂きます。ほんとスミマセン……。火曜日にでも改めてお返事させて頂きます♪♪

 どうか少しでも楽しんで頂けると幸いです♪ とか言いつつ、ラブラブな内容じゃなくてごめんよ~!!
 ではおやすみなさいませ☆☆
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テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

コメント

けいったん様お返事♪

いえいえ~(笑)

全然気になりませんでしたよ~?(≧∀≦*)

丁寧にありがとうございます♪♪

UNKNOWN様お返事♪

UNKNOWN様♪

第九話、お待たせ致しました~♪♪

( *´艸`)ふふふ……冬馬想像以上にヤバい奴でした??
祐もなかなか頑固だしね☆

いや~UNKNOWNさん。読みが深い!!
そして読解力素晴らしいです!!

ご指摘の通り、冬馬が「父さん」と呼ぶ男と、祐を殺した殺人犯(祐の義理の父親=ユウコの元夫)は別人です。
これはひとえに私の文章力の無さが原因で、沢山の方に勘違いをさせてしまっています。
どちらの男も、文中で「男」という表記にしてしまったのが大きな要因で、読者さんが勘違いなさって当然なんです! 
どちらかの男に名前をつければ良かった……そんな反省を活かすつもりで、今回初登場した男には名前を付けてみました。
ただそうすると、どんどん名前が付いた登場人物が増えて、誰が誰だが分からなくなりそうなんだよな……(@´*v*`):;*.':; 出来るだけ登場人物は最低限におさえたいと思っています。

登場人物の顔イメージをはじめ、全ては読まれた方の受け取り方・想像にお任せしたいという気持ちがあったので、分かりにくい文章を書いてしまったにも関わらず、手放した(UPした)以上は、作者の都合を押し付けたくないと言う気持ちで、あまり修正せずにここまで来ました・・ ウン(-ω-`;。)

というか、まあ楽しんでもらえてるならいいかという甘えですね♪ヽ(`Д´)ノコラー!!

こんなふやふやな突っ込み所満載のお話ですが、楽しんでもらえますと幸いです(u_u*)ポッ
次回も楽しんでもらえると嬉しいな(p*・ω・`*q) きゃぁッ♪

またお待ちしていますね~ヾ(*゚ω゚)人(*゚ω゚)ノシ バイバイィン



limeさんお返事♪

limeさんお久しぶりです~♪♪

長く更新あけてたのに訪問して下さってありがとうございます(´;ω;`)ウゥゥ
そうなんです……いろいろありましたっす……詳しくは次の記事で。

limeさんは執筆もリアルも私以上にご多忙なのに、ほんと恥ずかしいです(ノω・、)

ちょっとネットから遠い退いてた間に、limeさん! すごい事になってるじゃないですか!?
なんか沢山ランキングとか入ってる~!!ヽ(゚Д゚;)ノ!!
いやいや! limeさんなら当然です!! 
ああ……ヘボ16から見ると、なんかちょっとlimeさんが遠くに感じるよ……ョョヨヨョョヨヨョョ。+゚(うω`)゚+。ョョヨヨョョヨヨョョ
こんな私ですが、いつまでも仲良くしてやって下さい<(_ _)>(←なんなんだ、お前は……笑)

全然素直になれない主人公達ですが、今後どうしたものか……|ω・`)
そうなの♪そうなの♪ ラブラブにもしたいけど……危なくもしちゃいたい(。-∀-)ニヒ♪

今はまだ訪問させて頂く余裕もないのですが、(他の人の文章読むとすぐ凹みそうで怖いρ(・ω・、)イジイジ)、落ち着いたらゆっくりお邪魔させて頂きたいです♪♪

コメントありがとうございました~+。:.゚ヽ(*´∀)ノ゚.:。+゚ァリガトゥ

A様お返事♪

A様~|*・ω・)ノ シュッ≡≡≡≡≡[愛]゚+.

本当にこのたびはご心配をおかけ致しましたr(≧ω≦*)

A様には一番お礼を言わなくてはいけませんね(u_u*)ポッ
本当に心のこもったコメントをたくさん頂きまして……(´;ω;`)ウゥゥ
全然迷惑なんかじゃありませんでしたよ~!!

海外に住むA様に、海を越えて心配をかけてしまうなんて。なんて罪作りなんだ……私ヽ(`Д´)ノ

こんなに私の文章を待ってくださっている読者様がいるなんて、A様がこんなに気持ちのこもったコメントを下さるのに、馬鹿な16はなかなか実感がないんですよね……(ノω・、)

温かいメッセージを頂き、本当に無理することなく楽しんで書けたと思います。
本当にA様の言うとおり、書き手の心が穏やかである事が要ですね。今回とても実感しました。

祐と冬馬、二人とも素直じゃないし、曲者の兄。
どうなることやら……( *´艸`)
続き楽しんでもらえると嬉しいな♪♪

あ! ご帰国なさっていたのですね! お盆かな?
神社行かれました~?♪
そうそう(笑)実際、袴姿でお守り売ってるのはオッサンですΣ(´□` ) ハゥ それも袴が水色……なにそれ、紺の方がよくね? って毎回私も思ってます(`Д´)
実は私、中学生の時に巫女さんのバイトしてたんですが、やっぱり若い子がバイトで入るのは元旦が多いので、行くなら年始がおススメです♪(何のアドバイス……)

またお待ちしていますね~☆
次帰国なさるのは、年末年始!?
ぜひその時も神社訪ねてみて下さい(*・ω・*)ポッ


けいったん様お返事♪

けいったん様♪♪
いつもいち早くコメントありがとうございます~+。:.゚ヽ(*´∀)ノ゚.:。+゚ァリガトゥ

この度は本当にご心配おかけ致しました……と、この話は後ほど(汗)
こんなに更新があいてしまっても忘れず訪問して頂き本当に感激です(´;ω;`)ウゥゥ

いえいえ、私としましては、休筆中であろうと休筆明けであろうと、そんな風にお心遣いして頂けるってだけで本当に恐縮です。
思ってみれば、リアルでは道で会っても知らずにすれ違うだけの、文章で繋がっているだけ縁ですが、その細い縁に辛うじて救われ、そこに居場所を感じながら生きている私のような者もいます。
顔も知らない誰かが、遠くで一瞬でも私なんかのことを心配してくれたというだけで、生きる力や書く力をもらえます!
本当にありがとうございます☆アリ*:・(*-ω人)・:*ガト


一度はいい方向へ行きかけたのですが、前途多難な彼ら……(ノω・、)
ほんと冬馬、自業自得……反省しろって感じですよね(笑)

すぐにでもラブラブにさせてあげたいのですが、そうもいかないのが作者心(u_u*)ポッ

今までの反動で、祐に押されまくりって焦る冬馬がなんか好き。
もうちょっといじめちゃいたい気持ちもあります( *´艸`)

次回をお楽しみに!!……って自信満々で言えるようになりたいです(笑)
またお待ちしておりますね♪♪
see you again!(*ゝェ・)/~☆Bye-Bye♪

No title

コメの最後の文章「反省しろって事で」は、

コメの冒頭文の「冬馬~身も蓋もないですが。。。」の後に書いたつもりだったのに!∑└(*゚ロ゚*)┘ギクッ

すみません、変なコメになって~~【心底】ョ>д<。)ゴ!メ!ン!ネ!

No title

お、お帰りなさいーーー!!!!!。・゚゚ '゜(*/□\*) '゜゚゚・。 ウワァーン!!
待っていました!作者様の復活嬉しいです♪
冬馬が!アンタ、こんな悪だったのってぐらいに・・・。ヤバイ奴とは夏目の事も含め、冬馬の事に対しても使われた言葉だったんですね・・・。でも、そんな乱暴な冬馬君も大好きです♪祐ちゃんったら、また可愛いことばかり言って・・・。読者を萌え死にさせる気かッ!個人的には、「いいよ別に何されても! 冬馬に遊ばれるのとどこが違うんだよ!!」←が一番好きです。しかし、冬馬君は祐がまだまだオコサマだと思ってるのね・・・。いや、事実であるにしても、夢の中でもう経験済みで、しかもご奉仕の仕方も知っているのなると・・・ねぇ//・・・いやぁ、続きが気になって気になってしかたありません。次に会うときはどうなるのかな??あ、でもその前にオニーチャンをどうにかしないと・・。果たして、秀直の夕に対する思いは兄弟会いなのか、それとも兄弟会いを超えた愛なのか気になります!だって、祐を引き取ることに決めたのは兄貴だもんね♪
 続きが気になります!これからも、ずーっとずと応援しています!!
 
 お・・・一つ気になる事が・・・。他の読者様に、冬馬の’お父さん’と殺人犯であるあの男とが同一人物なることを描いたコメントがありましたが・・・。私の勘違いでなければ、お父さんはただの変態オヤジで、殺人鬼=祐の血のつながりの無い義理の父親・・・で、なかったでしょうか・・・??あれれ??
 おお、それで思い出しました!と言うことは、これで行くと祐には義理の父親が二人も居ると言う事に・・・!と、言うと本当に父親は何処に??ユウコの行方は??気になる事がたくさんあります!これからも、じっくりとお話を進めてください!超長編大希望です!

No title

更新されてて、うれしかったですよ~。
なんか、大変なことがあったかなと心配してたんですが。
きっといろいろあったんですよね。
でも、戻って来てくれてうれしいです。

今回、ラブラブからはちょっと遠のいてしまったけど、
程よいドキドキ感がいっぱいでした。
そ、・・・そうか。夏目について行っちゃいけなかったんですね。
おもしろそうだかや、ついていっちゃえ~とか、一瞬でもおもった私はなんてひどい奴。
(いやでも、そう言う展開もアリかも・・・ふ)

お互い、素直になれないですね~。
でも、・・・本当に素直に、想いのままに行動出来たら、冬馬はどんな顔を見せるんでしょう。
やっぱり、危ない奴なのかな??
見てみたいなあ~~。

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【゚+。オカエリ。+゚ 】uωu)ノマッテマシタ♪

冬馬の自業自得!と、言っては あまりにも身も蓋もないですが。。。

祐に内緒で行動したのは、良くなかったのでは?
まぁ バレたくはなかったでしょうけどね!
でも 祐にモロバレって(。ノω<。)ァチャ-
いつもの冬馬らしからぬ行動が 今の冬馬の焦ってる気持ちを表していますね+゚。(苦´・艸・)(・艸・`笑)。゚+

祐と冬馬の関係も ブラコンな祐兄や冬馬のパトロン親父の存在で 前途多難って感じですね~(。-`ω´-)ンー
祐兄が 冬馬に吐いた言葉も気になるし...

16さま、色々と大変でしょうが、くれぐれも 無理をなさらない様にね♪
(@^0^@)ノ彡☆°・bye・°★・bye・。☆


反省しろって事で 

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