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転じて吉 [第八話]

『不純な君』


「その、しばらく会えないと言うは――、別れたい、ということなのかな」

 男は穏やかな声でゆっくりと言いながらロックグラスを硝子テーブルに置き、真正面に座った成宮の顔を優しく覗き込んだ。

「まあ、なんていうか……。そういう事に、なると、思います」

 成宮が俯いたまま言いづらそうに答えると、男は「そうか」とため息混じりに、 それでいて大して動じることもなく返事をした。

 場所は駅から程近い風俗街の一番奥に位置する、隠れたバーの一室。
 カラオケ店を改装したのがバレバレで部屋の造りは至って甘い。
 限られた人間しか入れないので、いかがわしい交際事の多い成宮はよくここを利用した。

 しかしそれは祐と付き合う前までの話。

 求めつづけていた無二の原石が思いがけず手中に転がりこんだ今となっては、さっさと縁を切りたい下司な場所である。
 こんな場所に高校生が出入りしていいはずはないが、この店の経営者は恐れ多いことに成宮が通う高校の、隣のクラスの副担任を受け持つ男だ。
 教育者ともあろうものがという考えは浅はかで、成宮が知る限り、あれは裏社会を牛耳る狂者が興味本位で教壇にたったような男だ。批判すべきはあんな男に教員資格をあたえてしまった社会全体だと成宮は思っている。

「今日は、誕生日の旅行の話をしようと思って来たんだ。もうすぐだろう? 冬馬の誕生日。……ずっと楽しみにしていたじゃないか。冬馬が行きたがっていた場所の近くにいい別荘を見つけてね。今年はそこにしようかと思っていたんだ。きっと冬馬も気に入ると思ってね……」
 何かを言いかけたが、男は少し困ったような表情をつくって言葉を切った。
 
 ローテーブルに手を伸ばし、安っぽいシャンデリアの光が溜まるロックグラスに再び口をつけた。

 男がグラスを置いてもう一度こちらをゆっくりと覗き込んだので、成宮は一呼吸おいて、静かに「ごめんなさい」と言った。

 数多の不純な関係は、相手を着信拒否に設定するだけで終わらせた。少なくとも成宮はそう思っている。
 相手がいくら本気だろうと、結婚前提だろうと、成宮からしてみれば元々嘘に嘘を重ねた関係。それは向こうの事情だ。
 ただ、携帯の設定をいじるだけでは断ち切れない根深い病変のような縁がここにひとつある。

「よかったら理由を聞かせてくれないか」

 この流れは予想していた。
 コースターに滲む水滴を見つめる。 

「……好きな、人が」

「それは、私の代わりが現れた。という事かな?」
 
「そうじゃなくって、あの……。ずっと好きだった幼馴染がいて……その子が、やっと――。やっと振り向いてくれたっていうか……」

 純愛ドラマの台詞のようで、どうも自分には不似合いな気がして語尾を濁すと、それを聞いた男は、驚いたことに、屈託のない笑顔でそうかそうかと笑った。

「そうか――そうだな。冬馬もそういう年頃だからな……。高校生だという事をすっかり忘れていたよ。いつも大人びた色っぽい表情ばかり見ているからかな。いや……、決して茶化すつもりは無いんだ。そういう純粋な面も、とても魅力的だと言いたいだけなんだ」

 男は考えるように両手の指を顎の前で組んでからたっぷりと間をおき、諭すように切り出した。

「どうだろう。父さんに待つ時間をくれないか。冬馬は思う存分やりたい事をすればいい。誰しも若い頃はそんなものだ。純愛でも遊びでも、目一杯やりたい事を自由にやる事は、全て冬馬の経験と魅力に繋がる。反対する気はない。ただ……心配なんだ。まだ未成年の冬馬には支えになる人間が必要だ。この間のような事にならないとも限らない――」

 ちらりと男の視線が成宮を刺す。

「冬馬が好きだと言うくらいだから、きっと素敵な子なのだろうが……。冬馬。君は――他の子達とは違う。辛い経験をして来た分、特別デリケートなんだ。それは私が一番よく知ってる。その、冬馬が好きだという幼なじみの子は、当然、若い。何の苦労もせずに幸せに育ってきた子かもしれない。そうすると、冬馬を理解し、満足に支えられるのかと思ってね。経済的にも、精神的にも、もちろん肉体的にもだ」

「それは――」
 言いかけて、口を閉ざした。
 男はにやりと目を細めて、ソファーに背を預けた。
 それはとても悪意に満ちているように成宮には思えた。

「冬馬。世の中は冬馬が思う程、甘くない。住む世界が違う人間だっていくらでもいる。――いつか父さんの助けが必要になる。必ずね。その時が来るまで、待たせてくれないか」

 逃がさない。
 低い余韻がそのようにも聞こえたが、男が成宮を支配しようと思う何倍も、自分は祐を逃がさないつもりでいるから怯えることは無い。
 裕を手放すくらいなら、自分ごとこの世界が無くなればいいと思うし、恐らくその時はそうなるだろうから、やはりこの男の存在は必要ない。
 男に精神的救いを求めるずっと以前から、既に成宮の心と身体は祐への想いに支配されているのだ。

 現に今だって、俯いて湿っぽい振りをしているが、頭の中は祐のことでいっぱいだ。
 若さのせいだと言うなら、言っていればいい。

 今はまだ奴隷のようにひざまずいて、美しい神聖なつま先にキスする事を許されただけのような関係だが、いつかあの美術品のような小さな身体を成宮なしでは生きていけない身体にするのだ。

 そう考えるだけで喉の渇きを覚え、成宮は置いてあった烏龍茶を手に取り一気に飲み干した。
 酒も煙草も、祐と約束したその日に止めた。
 早朝キスの澄んだ味の中毒性に比べれば、酒も煙草も依存性は極めて低い。




 ガラスコップの中で氷がからりと回るのを見つめ、成宮が上の空で何も答えずにいると、突如、廊下を駆ける忙しない靴音が近づいて来た。

 ドアの前でぴたりと止まり、強いノックが三度。

 扉が開き、顔を覗かせたのはバーテン姿のクラスメイト、野木だった。
 この悪名高き店は高校生の出入りを許すだけでなく、働き口まで与えて弓道部副主将の生活を養っている。

「失礼しま――す! あの、お客様……!」

 この店の店員が呼びもしないのに安易に客室に入り、客に声をかける事は、ラブホテルと同じ事情で、あまり無い。 
 よほどの理由があるのだと、野木の引きつった表情を見て成宮は思った。

 不思議そうな表情の男をよそに、野木は成宮を手招きして廊下へ呼んだ。

「な、なんだよ……」

「お前っ!! どういうつもりなんだよ」
 成宮の袖を引っ張り強引に廊下へ連れ出すと、野木は声を潜めて開口一番そう言った。

「何で貴崎がこの店にいんだよ!」

「はあ?」と成宮が声を上げる。

「あいつ、さっき店に入って来たんだ! それも制服のまま」 
「祐が!?」

 成宮は唖然とした。

 今日は確か弓道の自主練をするとかで、帰りは遅いと言っていた。
 慌てて携帯の画面を確認すると、夜の九時を回っている。祐はとっくに家に帰っているはずの時間だ。
 
「あの……スミマセン。この話はまた…っ」
 部屋に戻って、せく気持ちを抑えて言いうと、男は余裕の微笑を湛えてグラスを手に取り静かに言った。
「是非会ってみたいな。冬馬が病み付きになる、その幼馴染の子。まあとにかく……上手く行くよう祈っているよ」
 
 男の真意を読み取れぬまま、成宮はジャケットを掴み取って部屋を出た。




 野木と二人で廊下を駆ける。

 もしも本当に祐が店にいたとしたら、それは一大事だ。

 ホールへ出て店内を見渡すが、祐らしき人影はない。
 死角になっている客席にも一つずつ目を凝らし、念のためにトイレやスタッフルームに通じる入り組んだ廊下も探した。 

「おかしいな……さっきまで入り口の所にいたのに」
 息を上げて野木が言う。
 嫌な予感に鼓動が速くなるのを感じながら、成宮は入り口に走り寄って扉を開けた。

 冷たい外気に顔をしかめて外を確認するが、やはり祐はいない。

 代わりに、壁にもたれて携帯をいじっている小さいのを見つけた。

「シノ……! 祐、見なかったか!?」 
 
「えっ……」とシノが驚き、壁から背を離す。
 
「おいっ!! 来るなって言っただろ!」
 成宮の後ろから出てきた野木がシノを見るなり低い声で怒鳴ると、シノは小さい身体をさらに小さく縮こませて、両手で携帯を握りしめて泣きそうな顔をした。

「だって、ヒロト……。今日は早く終われるかもって……」
「だから終わったら連絡するって言っただろ!」
「そんなこと言って、前だって……」 

 全然連絡くれなかったじゃないかとシノが野木を睨み上げる。
 野木は野木で、かなり苛立った様子で「あれは――」と責めるようにシノに突っかかる。痴話喧嘩が始まってしまった。

「そういうの後にしてくれよ! シノ。祐、見たのか?」
 
「貴崎君?」と首を傾げて考えた後、「……さあ、うちの制服着てる子は見たけど。後姿だったから、顔は見えなかった」と呟いた。

 野木はどうしようもなく大きなため息をついた。そしてシノを睨みつけたまま、吉野さんに話してくるよと店の中に消えた。
 吉野というのはバーテンのマネージャーで、野木が言うには頼れる奴らしい。
 扉が閉まる直前に「シノはそのまま客引きでもしてろよ」と捨て台詞を吐いて行ったので、シノはまたぎゅっと唇を曲げて悔しそうに目を真っ赤にした。

 トレーナーにジャージという家着のような格好からして、シノが客引きのためにここにいるのでは無い事は明らかだが、過去にシノがこの店で身体を売る客を探していた事があったのは事実で、野木はずいぶんその事を引きずっているらしい。

「後で、俺から上手く言っとくよ……」

 小さな肩を上下させてしゃくり上げるシノをしばらく眺めていた。
 恋人の帰りが待ちきれずにバイト先まで来てしまっただけなのにと、少し可哀想な気がして成宮は声をかけた。
 このカップルの喧嘩の仲裁に入るのは何度目か。
 結局最後はよく分からない内にラブラブに戻っていて、シノの惚気話を聞かされる羽目になる。
 付き合い始めたとはいえ、こちらは祐と言い合いすら出来ない間柄だと言うのに。
 
 それにしても、どうして祐がこんな場所に――。
 
「もし貴崎君なら――」
 袖で頬を拭いながら、シノがかすれた声を出した。

「もし貴崎君なら、早めに見つけた方がいいかも……。一緒にいた男、やばい奴だったから……」 
 
 言葉を聞くなり成宮は息をのんで持っていたジャケットに袖を通した。
 背後で色めき立つ週末の風俗街を振り返った。





【後書き】ご無沙汰しております。
 あっ、今日はまた顔文字を登録していないパソコンなので、文字だけで……(汗)

 随分お待たせしてしまって、すみません。
 先週なんて何の予告もせず更新お休みしちゃったしね。本当に御免なさい。

 先週火曜日は実は16の誕生日でして……あっ! 決して16歳の誕生日ではありませんよ。もっと大人の女です。ってか、ばばあです(笑)
 精神的に弱りきっていたので、心配した旦那が久しぶりにデートに連れ出してくれました(照)
 いや~、駅ビルオープン後の初梅田。
 すごいな、あれ。
 方向音痴な私には唯でさえ梅田は迷宮でしたが、もうこの先友達と待ち合わせで落ち合える自信がない。
 どこから来てもビッグマンまでは自力で来てくださいって言うと思う。(←阪急しか分からん)

 そんな話はおいといて、更新をお待ち頂いた方、何人いるか分かりませんが、本当にすみませんでした。
 いくつか心配のコメントまで頂きまして、ホント恐縮です(涙)
 と言いつつ、書けた本文の展開が面白いとは言えませんが。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

 来週の火曜はまた歯科の予約が入っているのですが、出来るだけ更新出来るように頑張ります。
 ではでは♪♪

 




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コメント

イキマイン様お返事♪

お返事大変遅れしまいまして申し訳ありません!!!
あたたかいコメありがとうございました♪

更新がかなりあいてしまいましたが、第九話読んで頂けてると嬉しいです♪

この年は波乱万丈な幕開けになりましたが、なんとか頑張って乗り切ろうと思います(。-∀-)ニヒ♪

二歳児オス、子育てホント大変ですが頑張りましょうね~!!

またお待ちしています+。:.゚ヽ(*´∀)ノ゚.:。+゚ァリガトゥ

お元気そうで良かったです。毎日、生活していたら色々やることがあってそれをこなすのに精一杯ですよね!うちも二歳のオスが走り回ってて、てんてこ舞いです。遅れましたが、お誕生日おめでとうございます(≧∀≦)素敵な一年になるよう!!9話楽しみです。

No title

お久しぶりです~♪♪O(≧▽≦)O ワーイ♪ 提出物におわれていたのも、今週で最後になりましたのでコメントを残させていただきます♪あ、でも更新されたらいつも必ず読んでいましたよ!
 えっと、UNKNOWNは学生と言うか・・・一応は社会には出ている身なのですが、色々と他に勉強したいことがありましてまた学生のような生活を送っております・・・(半涙。
 さて、祐との仲が急激に良くなった冬馬は怖いもの知らずですね!!彼の変態的妄想は読者の心をも煽るッ!祐を素っ裸にして写真撮影なんて・・・//恥らう祐が目に浮ぶ。
 それにしても、あの父親がまだ健在だとは。冬馬から手を引く代わりに祐に手を出さないかな
 新章が始って依頼、他の作品とのリンクも出てきましたね!ほほう、冬馬め、あんないかがわしい店の常連だとは・・・。しかも、この状況からして祐は・・・・かなり危ないことになってますよねo(^O^*=*^O^)o ワクワク ふふふ、清純的エロ担当の祐にここは文字道理一肌脱いでもらわねば、独占欲丸出しの本気ギレの冬馬が助けに来てくれないよ♪°゚°。。ヾ( ~▽~)ツ ワーイ♪
次回の更新も首を長くして待っております!

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No title

16さまのダーリンは 気遣いが出来て なんて優しいの~゚.+:。(´ω`*)゚.+:。ポッ
私の ターリン(不足ばかりなので こう呼んでみた!)に 爪の垢でも飲ませて欲しいものだわ!

Σ(゚Д゚ノ)ノ おおぉぉぉぉ~”あの男”の登場だ! 
冬馬に 優しく諭す こいつの ひと言 一言が 何か裏を含んでいて 不気味ッス!ガクブル((ノ)゚Д゚(ヽ))ガクブル
それにしても この男は いけしゃぁしゃぁと、
「いつか 父さんの助けが必要」 ・・・って、オメェは 父さんかよ!このド変態で殺人魔ヤロー!ヽ(`Д´)ノ
「助けが必要な その時が来る」 ・・・って そんな時なんて 永遠に来ねぇんだよっヽ(`Д´)ノムキー!
来ても ゼッテェ オメェなんか 頼るかってんだよーー!(*`3´))ペッ、ペッ、ペッ、
ちっとばかり 興奮し過ぎました(*´д`*)ハァハァ・・

そんなド変態殺人魔ヤローが 近くに居るのに 祐が 店に入ったーーΣ(OωO)ビク
冬馬!祐が ”あの男”に会う前に 見つけなきゃ~~(´;ω;`)ウゥゥ

祐ったら 何所へ行ったのーー!二度目の あの世は 無しだからね~。。。
ドコ(T-T ))(( T-T)ドコ...byebye☆


No title

ああ、いっしょ!
私も、ビッグマンまで、自力で来てください!と、ぬけぬけという奴w(東京から来た友達にも)
じゃあ、もし16さんと待ち合わせるなら、迷わずビッグマンですね・爆
ごめんなさい、後書きに食いついてしまいました。

さてさて、何やら、新しい不穏な展開が・・・。
このお店はDEEP BLUEですね?
別のお話との融合にも、ドキドキ。
なかなかすっきり父さんと別れられない成宮も気になるけど、
貴崎はいったい、ここで何をしてたんでしょう。
続き、楽しみにまってますね^^

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