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転じて吉 [第六話]

※成宮視点に戻ります。

 
 『吉』


 その日。
 朝は、やっと明けた。

 玄関の鏡に顔を寄せ、そわそわと落ち着かない手つきで髪を整える。

 スプレーワックスをもう少しきつめに付けた方が良かったかもしれないと思い始め、時計を確認してから一度洗面所に戻り、また鏡に向かう。

 もう一度玄関へ戻ると、いつもの待ち合わせ時間の三十分前。
 はやる気持ちを抑え、鏡で全身を最終チェックして玄関を飛び出した。

 昨夜眠れなかったせいか、緊張しているせいか、肌が痛む程の寒さもあまり気にはならない。
 鳥居の前まで十分。

 朝霧の中に立ち上る石階段を見上げて、成宮は深呼吸をした。

 角が丸くなった石製の鳥居は、明らかに異世界への入口である。
 昔から成宮はここをくぐる瞬間がどうも苦手だ。

 貴崎神社の境内。
 厳粛なる聖域の入口。
 成宮のような汚れた人間は歓迎されていないのが目に見えていて、どこか気が引ける。

 深海のように重圧で怖いくらいに静かな領域の延長線上、まるで鎮守の森の一部分のように、貴崎祐は存在している。
 ここは貴崎祐のテリトリーなのだ。

 水墨世界の階段を一段ずつ踏み締めながら考える。
 まず第一声の挨拶。どんなふうに近付いて、どうキスの話を切り出そうか。
 腕や肩に軽く触れるくらいなら許してくれるだろう。だが服の上からとは言え調子に乗ってむやみやたらに触れて、気持ち悪がられるようなことは絶対に駄目だ。
 この間のように理性を失うようなことがあってはいけない。

 少なからず恋愛の場数を踏んでいるはずなのに、まるで中学生のように浮かれ落ち着きを無くしている自分が情けない。生まれて初めてのデートの時でさえ、こんなに緊張はしなかった。

 階段を上がると共に空気が薄れていくような気がして、鼓動が高鳴り息が上がる。

 携帯で確認すると、待ち合わせ時間の二十分前。
 祐はまだ来ていないだろうから、良い景色でも眺め座って心を落ち着けようと最上段を踏み切り、顔を上げた瞬間、成宮は抗う暇も無く、一瞬にして目の前の風景に吸い込まれた。

 ああ――。

 声を漏らして、呑み込まれる。

 あの時と、同じだ――。

 濃い朝霧の空白の中に、濃墨の針葉樹が浮かび上がる。
 昨晩の雨のせいか、真冬だというのにたっぷりと水気を含んだ重たい冷気が辺りを沈静する。
 色素が少ない、なのに真空のような奥行きと静けさに引き寄せられる。
 薄墨が流れ描いた小さな社。

 その前に貴崎祐が立っていた。

 ここはやはり、この世ではないと、成宮は思う。
 あの時も、そうだった。

 どこへ続くのだろうという興味本位で、小さな靴を鳴らし石階段を駆け上がった。
 小学校へ入学する前の話である。
 頂上へ付くと、そこは成宮が生まれた国には無い、重たい冷気の漂う澄んだ場所だった。
 きっと足を踏み入れてはいけない場所だったのだと、すぐに後悔し怖くなった。
 こんな場所への入り口が、道路の脇道にいくらでもぽっかりと口を開けている。なんて恐ろしい国なんだろうと怯えたのを覚えている。

 その聖域のような静寂の中にあまりにも溶け込んでいたので、成宮は社の前に少年が立ってこちらを見ていることに気がつかなかった。
 警戒する強い視線に気付いた時、その少年は自分にしか見えない類のものだと何故か思った。
 以前、日本には日本特有のおばけや神様が沢山いると聞いたことがある。小さい頃祖母に話してもらった妖精や森の精霊といった明るく生易しいものではない。
 祟りや呪いといった力を持つ、触れてはならない神々しい存在――そう感じる程、成宮にとってその小さな少年は異質で近寄りがたい存在だった。

「お前、外国人か?」

 少年は音も無く成宮に近づき、怪しんだ表情で邪険に言った。
 成宮より随分年下に見える。
 日本人形の幽霊かもしれないと思ったのは、間近で見るとあまりにも肌が滑らかで、小さな顔の作りが誰かの手によるもとしか思えないくらい美しかったからだ。
 とにかく、この世のものではない。
 そうでなければ、この少年の怖いくらいの魅力に説明がつかない。

「僕は……、ハーフだけど……。日本語も、喋れるし……外国人じゃないよ」
 恐る恐る言うと、少年はわかったようなわからないような、全く納得しない様子で「ふぅん」と言った。

 それから、ここは自分の秘密基地だから勝手に入るなというようなことを少年は早口で言ったが、その時はまだ少年の話す言葉の半分も、成宮には理解出来なかった。
 成宮がおどおどして動かずにいると、一緒に遊びたいなら秘密基地の中を案内してやってもいいと言うので、よく分からないまま首を縦に振った。

 成宮の腕をつかんだ少年の手の感触は今でも忘れられない。




 あの時の少年が――、成長した姿で、今また成宮を見つめている。
 何も変わらず時だけが経過した。

 待ちくだびれたような、どこか寂しげな表情をして成宮の前まで歩いてくると、立ち止まって俯いた。

「お、おはよう……ゆぅッッ!」
 成宮の第一声を遮り、祐がいきなり至近距離から抱きついて来た。
 思わずカバンを地面に落として、小さな身体を全身で受け止める。

 最初に何を話そうと考えていたのだったか、全て吹き飛んでしまった。
 祐は成宮の背中にきつく両腕を回して離れようとしない。

 胸元に埋まった祐の顔を覗き込もうとすると、祐は目を閉じたまま顔を離した。
 
 そして静かに、わずかだが顎をもたげた。

 成宮の呼吸が止まる。

 何の前触れも無く訪れたタイミング。
 一瞬戸惑う。
 それでも躊躇する理由が見つからず、身体は自然と、何かに促されるように動いた。

 少し顔を傾け、小さな背中に手を回す。

 祐の薄い小さな唇に、そっと顔を近づけ、触れた。

 強く押し付けると溶け出しそうな、ひんやりとした柔らかさ。
 やはり全てが浮世離れしていて、現実味が無い。

 とても穏やかな時間だった。
 風が強くふいて、木々を揺らす。
 枯葉が舞い、社の格子戸がかたかたと音を立てる。

 今、祐と――祐の世界と、繋がった。

 触れているだけの僅かな時間。
 その瞬間にだけ、祐に、祐の世界に受け入れられたのだ。

 やはりこの場所には、何か目には見えない力が働いている。
 祐と口付けを交わす自分が、とても綺麗に思えた。
 愚かしい穢れた身が浄化されていく。

 ゆっくりと顔を離し瞳を開けると、きらきらと朝露を含んだ、いつもとは違う世界がある。

 祐は一言も発さず目を瞑ったまま、また成宮の胸元に顔を埋めて強く抱きついてきた。




「おはよう……祐」

 静かに声を出し、自分が発した名前の響きに聞き惚れる。
 華奢な身体の感触は、小さかった頃と変わっていない。

 艶のある繊細な髪の毛に頬を寄せて、瞳を閉じる。

「髪、切ったんだね。すごくよく似合うよ」

 祐の長かった前髪が、初めて出会った頃のように短くなっていた。
 祐は返事をする代わりに、またぎゅっと顔を強く胸元に押し付けてきた。

 やっと戻って来てくれた――。




 学校に遅刻するくらいの長い時間、二人はそのまま抱き合い、それから手を繋いで階段を下りた。
 余程キスにのぼせたのか、学校につく寸前まで祐は首筋を真っ赤にしていた。
 あの目の縁を染めた恥ずかしそうな、困ったような顔。何度思い出しても顔が緩む。

 最初のキスから二週間。
 
 毎日のように学校では会えるのに、嫌がらせのように再開された部活の朝練と、弓道部の強化練習のせいで、登下校のすれ違いが続き、あれから祐の身体に触れられたのは五回、キスを出来たのはたったの三回。

 二週間が過ぎても、祐の初々しさは変わらず、成宮を悩ましい気持ちにさせる。
 いっそ部活なんか辞めてしまえばいいのだが、それはそれで祐に嫌われそうな気もする。

 教室で二列離れて斜め前に座る祐の後姿を、肘をついて眺める。

 いまやあの貴崎祐が、成宮のものなのだ。
 付き合っているなんて自分でも信じられない。
 授業中にもかかわらず、立ち上がって大声で叫びだしたい。
 あんなに可愛い祐と恋人同士なのだと、みんなに自慢したい。

 もちろん、まだ手を繋いで触れるだけのキスをしたに過ぎないが。
 きっとこれからは――。




「成宮くん。学校で変態的な妄想行為は良くないよ。仮にも風紀委員だよね?」

 じろりと声の方に目をやると、三十センチも離れていない顔の真横で、見慣れた小ぶりな顔が同じように机に肘をついて、軽蔑した冷ややかな視線をこちらに向けている。
 がらがらと椅子の動く音が教室内に響く。
 気がつかないうちに昼休みになっていた。

「何だよ、シノか」
 剣呑に言うと、シノは祐の方をじっと見つめた。

「最近変わったよね、貴崎君。髪切ったからかなぁ。佐藤さんと別れてから、明るくなったって言うかさ……。それにしても、まさか佐藤さんと別れるとはね。あの二人上手くいくと思ったのになあ、なにか邪魔でも入ったのかな……」

 意味ありげに成宮を横目で見るので、さあねと答えておく。

 確かに祐は変わった。
 それはもちろん成宮と付き合い始めたからだと、成宮自身は思うことにしている。
 
 それにしても――。
 恋に落ちると能力を失うかのように、成宮と付き合い始めて以来、クラスメイトを寄せ付けなかった祐の近付き難いオーラは薄れた。
 今まで成宮だけが知っていた祐の魅力は人目に触れ、そして何の警戒心も無く美しく開花してしまったのだ。

 チャイムを聞き逃して出遅れた成宮は、少年にたかり始めた不穏な影に目を細める。



 

【後書き】うぎゃああああ!
もうこんな時間に!! 
そしてこんな中途半端な所で……。

いや、しかしもう夕飯の準備をしなければ……。

改めて後書き&コメレス書かせていただきます。
すみません。
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コメント

limeさんお返事♪♪

limeさん♪いつもありがとうございます♪♪

おお!なんという格言!!
『BLはキスに始まり、キスに終わる』
そうだな……( -Д-) ゚Д゚)フムフム
確かに、その通りだ!!Σ(゚Д゚ノ)ノオオォッ
limeさんすごい!

そしてそして……ご子息の行く末が気になりますなぁ(@´゚艸`)ウフウフ
あ、いかんいかん! またいけない妄想に……ヾ(=д= ;)ォィォィ
また何かありましたら、教えて下さい。Σ(・ω・ノ)ノえっ!

そうなんですよ~!
旦那にバレていそうな……。
性格からして口には出さないタイプですが、何か弱みを握られているようで、ビクビクしております(´-∀-`;)
こちらもまた進行状況をお知らせします。何だそれ……(´゚∀゚`;)

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Unknown様お返事♪

Unknown様♪ いつもありがとうございます♪♪

いえいえ! もう時間の空いた時にお寄り頂ければ十分です!!
と言いつつ、やはりいつも来て下さっている方が不在だとちょっと心配な私……欲張りになったもんです(汗)

どうか気にせず、ちょっと現実逃避したくなった時にお役に立てれば幸いでございます♪♪

それにしても論文や課題とな!!
Unknown様、学生さんなのでしょうか??

学生時代って、社会の中で生きていくのとはまた違った苦労があって大変ですよね。(私だけか?)
よく「社会に出たらもっと大変なんだぞ!」って言いますけど、嘘付け!てめえ、学生んときの方が大変だったじゃねえか! って社会に出て思ったり、思わなかったり……(私だけだな、きっと)

いや、そんなお忙しい環境の中で訪問頂いて、更にコメまで頂きまして、ほんと恐縮です!!

本編の方は、なんとかキスまでこじつけました(汗)
あの「父さん」や、他の女達は……どうなったのか。そのうち分かるかもしれません♪

またお待ちしていますね♪♪
ありがとうございました☆☆

A様お返事♪

A様♪ いつも遠くから駆けつけて下さり、ありがとうございます♪

ふふふ……そうなのです。
ついに初キス、してしまいました!!

貴崎視点と成宮視点のギャップは、私も意識して書いていた……気がする(←書き溜めていた訳でもないのに忘れてる)ので、楽しんでいただければ嬉しいです。

お互い今まで通りにはいかない展開ですねえ。

ああっ!!
さすがA様!! 結構するどい!!! とだけ独り言でつぶやいておきます(笑)

本当は教室での会話をもう少し今回に入れるつもりだったので、次回も教室での画面が少し続きます♪
二度瞬くに比べると、随分展開の浅い流れですが……(汗)

楽しんでいただければ幸いです♪♪
またお待ちしていますね♪♪

けいったん様お返事♪

いつもいち早いコメントありがとうございます♪けいったんさん♪

おお! お夕飯8時過ぎなのですね~♪ そんな余裕のある生活がうらやましい!
8時過ぎといえば、16は既に息子の夕食・入浴と続けざまの戦場に疲れきって、膝をついて挫折しているころですな……。

本編はついに、やっとここまで来ました。
二度瞬くの開始から考えると長かった……。

一つ通過点です♪
一山超えるとまた一つ山が見えてきたような……(汗)

今回はなんだかへんな所で終わってしまって申し訳無いです。
この教室での会話、もうちょっと続きます。

(いつもと違うパソコンからなので、絵文字が使えない……)

またお待ちしておりますね~♪♪
ありがとうございました♪
次回はちょっと短い……かも☆

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No title

我が家の晩ご飯は 8時過ぎ それ以降は バタバタと忙しいんで この時間なら 余裕で読めて 嬉しいです♪ ヽ(・ω・´)ノワーイ♪ヽ(´・ω・`)ノワーイ♪ヽ( `・ω・)ノ

裕と 両思いで 念願の恋人になった成宮 ┣‶━━✦ฺε=ε=ε=ヘ(*♡∇♡)ノ"━━ヽノ♥
背後に ピンク&紫のオーラを漂わせ、 脳内は 咲き誇る花畑、お目目は キラキラ、鼻の下は いつもより 数cmは 伸びきって、口元は 半開きで 時々 涎を垂らし、足取りは 間違いなく スキップ!
これで 決まりだ~い♪ イエ━━(*´∀`)ノヽ(´∀`*)━━イ♪

この ポヨヨ~~ンな腑抜けの冬馬を クラスメイトは どう見ているんでしょうね!
コワ━━━((;゚Д゚))━━━!!って感じでしょうか(笑)

髪の毛も切って 明るくなり  ”俺に近寄るな”オーラも薄くなった裕には 虫が たかるぅー集るぅーー!
裕に対しては 嫉妬&独占欲が ハンパない冬馬、お邪魔な虫たちを 退治できるかなぁ~♪

ブプシュプシュー(*`ω´)r鹵~<巛巛巛愛情スプレー攻撃!ブーン~・~・ (´▽`)・~・~ ブーン...byebye☆



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