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二度瞬く [第十八話]

 『災難』


「さいっっ――てぇッ……」

 車から降りてくるなり、女は低くそう呟いた。

 しばらく見ないうちに少し老けたように感じるのは、目を細めて顔を引きつらせているからか。極上のストレートだった長い黒髪も、パサついてうねり、掻き乱れて疲れを感じさせる。

 黒いスーツに黒いコート。決して安価ではないなのだろうが一見葬式帰りのような品があって、いかにも死神らしい服装だと言ったら、この女はきっとまた激怒するに違いない。
 
 息も絶え絶えな貴崎から見ても、女はすでに怒り心頭であることが分かる。
 こちらに背を向けて携帯でタクシーを呼んでいる成宮にちらりと目をやり、それからゆっくりと女は小さな幽霊を見下ろした。
 
「あ……ユウコ……」
 お久しぶりですと言うのもおかしいが、かと言ってこの状況でどう第一声を発したものか。
 
 動きを止めて悩む貴崎の前で、ユウコは急に姿勢を正し、力をためこむように腰骨の位置で拳をぐっと握り込んだ。
 精神を集中させた真剣な眼差しで貴崎の頭のてっぺんを見つめ、静かに息を吸う。
 
 例えるなら空手の達人が踵落としで板を割る前の精神統一によく似ているとぼんやり思っていたら、それはこの上なく正確な例えだったのだとすぐに知ることとなった。
 
 避けるという思考にすら辿り着けなかった。
 なにしろほんの一瞬である。

 浅い曲線を描く唇が呼吸をやめて、ユウコの動きがぴたりと止まった。
 瞬きをして、次目を開けた時に見たのは、太ももの内側と引き裂けそうなタイトスカートのスリット。
 見上げれば、形の良いふくらはぎとピンヒールが頭上を舞う。

 直後、米神に大打撃を受け、意識が遠退く。
 ふらりと背中から倒れかけると鳥居に近づきすぎたのか、首の後ろからじゅっと直火に炙られたように焦げる音がしたので、薄れゆく意識の中で貴崎は仕方なく身体を横に倒した。




「ちょっ、なっ! なんてことっ……!!  一之瀬ッ!! 一之瀬っッ!?」

 白む視界。
 石階段でぐったりと仰向けに倒れて意識を失った一之瀬を、成宮が抱き起こそうとしている。なるほど、よく見れば一之瀬の首から上は、確かに鳥居の中だ。

 貴崎は元の薄ぼやけた身体に戻っていた。

「おいっ! あんた誰だ!? どうしてこんなこと――ただでさえ具合が悪かったのにっ! 一之瀬……? わかるか?」

「何が? 何もしてないけど、私」 

 その勇気を逆に尊敬したくなるほどの晴れ晴れとした嘘を残し、ユウコは置いていたバッグをつかみ取るように貴崎の襟元を乱暴につかみ、車の助手席に投げ入れた。
 貴崎のゆるゆると浮いた身体を、メッシュ地の赤いシートがふわりと受け止める。

 一之瀬の手を握って必死で名前を呼びかける幼馴染の様子を車の窓から眺めていたら、すぐさま車体は唸りをあげ、滑るように動き始めた。

 


「ほんとっ……あんたって最低ね! 身体スケスケじゃないのよ」

「……一之瀬、あいつ……大丈夫かな」

「何言ってんのよぉ、自分のせいでしょうが!」
 貴崎が一之瀬を心配しているのは、自分が乗り移ったからではなく、ユウコに踵落としをくらったからだ。言うなればユウコのせいと言える。

「生きてる魂と身体ってのはねえ、放っておいても、ちゃぁんとお互い引き寄せられるようになってんの。死んでるあんたとは違ってね」 
 ユウコは落ち着かない様子で口走り、するどい眼光をフロントミラーに反射させて車の後方を注視している。
 運転はいつも以上に荒い。

「あんたっ! 聞いたわよ! この前神社の境内に入ったんだって!? ほんと、何考えてんの? いくら自分の家があるからって――」
「え、境内? 入ってねえよ……だって入れねえじゃん、あんなの」
 貴崎は思い出す。
 成宮の夢の中では何度も境内に踏み入ったが、あれは夢だ。
 あんな口の悪い犬が住む神社が現実に存在されては大迷惑だし、それにああ近づくだけで黒焦げになるようでは入りたくても入れない。

「挙句の果てに人の身体を乗っ取るなんて――っ! 自分がどれだけ大変な事したか分かってんの?」
「まあ、それは……分かってる、つもりだけどさぁ。……そんなにマズかった?」
 おどけて見せると、年増女の怒りは倍増する。
「マズいに決まってんでしょうが! 私がどれだけ怒られると思ってんのよっッ!! トップにバレたら減給もんよ!? 下手しりゃ停職なんだから!」
 乗り移られた人体が生命の危機とか、あの世とこの世のバランスが崩れるとか、そういう事ではないらしい。

「あんたねぇ、ちゃんとそこの案内読んだわけ?」
「うん……読んだ」
「だったら大罰則の三か条って大きく書いてあったっしょ!? 『現世の流れに大きな影響を与えない』『無闇に生物の身体に乗り移らない』『重点監視区域への立ち入り禁止』  あんたこの中のどれか一つでも守れてんの? どうしてこんなことになる訳よ!? 言ってみ!? 」

 重い罰則が科される三つの違反事項。
 それなら完璧に暗記している。覚えているからこそ、今のこの状況がある。
 なにも無闇やたらに一之瀬に乗り移った訳ではない。確たる理由と強い意志があった。
 おかげで成宮が殺人犯の男と接触するのを防ぐことが出来たのだから、死人が一人減ったと褒めてもらってもおかしくない筈だ。

「だってさ……マジでやばかったんだ。いたんだよ! あの男! 俺を殺したアイツ!」
 貴崎の話など聞こえていないらしいユウコは、はっとリアガラスを振り返り、その直後にひどい摩擦音をあげて車が急加速する。
 ユウコの斜め上に吊るされた、御守りの束がじゃらりとゆれる。
「ねえ聞いてんの? だからさぁ、あの男をこっそり見つけ出して後をつければ見つかるかもよ? 俺の死体」
 しばらくユウコは無言のまま危険運転を続けたあと、暗いトンネル内に車を急停車させた。
 
 貴崎の家からさほど遠くない地下トンネルで、上には線路が通っている。
 国道直結の踏み切りが設置されてからは人通りが極端に少なく、コンクリートむき出しの内壁には出所の知れない雫が滴り、それがトンネル内の流れの止まった空気を余計に重たくしている。

 エンジンを切って辺りの気配を確認した後、ユウコは驚くべき言葉をさらりと口にした。

「ああ、あんたの死体なら――見つけたわよ。結構前に」

「嘘……」
「嘘じゃないわよ失礼ね」

 ユウコはふうと背もたれに背中をあずけ、煙草に火をつけ携帯を取り出した。
 
 時折通過する電車がトンネル内の重々しい空気を叩くように揺する。
 僅か数秒で、けたたましい騒音と対比する静けさがまた訪れる。

「見つかったって……どこで? やっ、やっぱ、あの山の中? 俺の身体……ぐ、ぐちゃぐちゃだった……?」
 自然と声が震えた。

「そうでもないわよ。思ってたより簡単に見つかったし。
 死んでから動かされなかったのね、ずっと同じ場所にあったみたい。それにほら、こんな季節じゃなぁい? 保存状態がすごく良かったから新鮮なままで臭みも無かったし、透明感があって綺麗っちゃぁ綺麗に残ってた。良かったわね、これで堂々とあんたの言う成仏ってやつが出来んじゃない」
 携帯を操作しながら、さも他人事のように言う。
 人の死体を冷凍イカのように言われても困るが、貴崎は幾分か安心した。

「ちゃんと、服、着てた?」
「さあ、どうっだったかしらぁ――……見てみる?」
 ユウコは携帯をかざしてニヤリと笑った。
 どうせこの死神のことだから写メでも撮っているのだろうと、貴崎は血の気の引いた表情で首を横に振る。
「や、やっぱさぁ、解剖とかしたら、死んだ後でもレイプされたとかバレんのかな……? あ……でもいっそ白骨化とかしちゃえば……」
 今さらになってそんなことが気になり始めた。
 やはり残される成宮の気持ちを思うと不安が絶えない。

「あら、死体なら今晩、警察に見つかる手筈になってるわよ? 言わなかった?」
「マジ!?」
「マジ。詳しくききたい? 私の元彼がね、すごく馬鹿な男だったんだけど――そいつの従兄弟が警視庁に勤めててねえ。ほんと、連絡先控えておいて良かったわぁ。まさか現世の警察官にお世話になるだなんて……前代未聞もいいとこよ」
 感謝してよねと独り言のように呟きながら携帯を覗き込んでいる。

「今晩警察に見つかるって……まさか時間指定して警察署に宅配されるってわけじゃないだろ? 俺の死体」
「ああ、そうすりゃよかったわね。クール便とかしとけば鮮度も落ちないし? でも梱包がね……。死体は元あった場所に今もあるわ。今晩そこへ警察が来て見つけてくれるってわけ」

「今晩って……それ、ちょっと早くね?」
 まだ心の準備がと言いかけると、ぱたりと小さな音をたてて携帯を閉じた死神は、軽蔑した顔でこちら見下げた。

「少年。聞くけど、あんたが死んで今日で何日目か分かる?」
「え……」
 日々の大半を過ごした夢の中は時間の感覚が曖昧だ。だから、死んでから一ヶ月のようにも感じるし、実は三日しか経っていないようにも感じる。
 確か貴崎が殺されてからすぐに終業式があったような気がする。そうすると、今日は大晦日だから――。
 
「あのねえ、今日で六日目よ、六日目!」
「え、六日目?」
「そうよ、そう! 明日の元日で七日目なの! あんたこの一週間何してたわけ?」
 正直なところ、特に何をしていませんと言えるほど暇ではなかった。むしろ幼馴染の変質的な夢に付き合うのは骨が折れた。
「充分時間はあったでしょう? 普通の人間の倍は、死んでから暇があったんだから、とにかく――」

 ユウコはぎくりとサイドミラーに見入る。

 直後、後方から自転車が一台。
 仕事帰りと思しきスーツ姿の若い男が、車の横を速やかに通過した。

 男はすれ違いざまに車内をちらりと振り返った程度で、ごく自然に思えたのだが、ユウコはすぐさまエンジンをかけて逃げるように車を走らせた。

「ねえ、もしかして……俺達って誰かに追われてる? なんかヤバイの?」
 貴崎が控えめに聞くと女はまた怒り始めた。

「言ったでしょ!? 年末は忙しいって。いろいろと大変なのよ、年が明けるって。あんたみたいなガキには分からないでしょうけど、年が終わって新しく始まるってのはねえ、古い年のずれを清算して、リセットボタンを押すってことで――それでも、うるう年がいるくらい、この世は不安定でずれまくるんだから。その上あんたみたいなバカが現れて、前代未聞の不祥事を引き起こしてくれちゃうもんだから――」

 また始まったと貴崎は口をつぐむ。
 車内は冷房が入っているように寒い。
 貴崎は透けた両腕を抱き溜息をついた。


 一通り不満を述べ終わったらしいユウコは、寄る所があるからとカーナビをいじり始める。 
 既に日は落ち、町は大晦日を迎える静かな興奮に満ちていた。

 どうやら今晩にも成仏してこの世ともおさらばするらしい。
 その先にどんな世界が待ち構えているのか。ユウコが口にすることは無かったし、貴崎もあえて聞かずにいた。
 そんなことよりもずっと心配で心残りなことがある。
 もちろんあの、しっかりしているようで全然駄目な幼馴染のことだ。

 貴崎がどうしても最後に会いたい人がいると訴えると、ユウコは興味なさ気に、じゃあと言って待ち合わせ場所と時間を決め始めた。

「場所は、そうね……さっき車を停めたトンネルの中はどう? 人に見つかりにくいからちょうどいいわ。 時間は……今夜の十一時四十分。二十分もあれば着くでしょ」
「着くって、どこへ? なんかお迎えとか来ねえの? 成仏ってさぁ、具体的にはどういう感じの――」

「詳しい話は今晩会った時に。
 さっき教えた通り、人通りの少ない道を選んでね。人に話かけられても全員敵だって思いなさい。あんたの味方なんて一人もいないから」
「なにそれ、どういうこと?」
 だいたい身体が透けて見えないのに、いったい誰がどう話しかけてくるのだ。
 
 車を停めてハンドブレーキをひくと、ユウコは改めて貴崎を見据えた。

「とにかく! 時間には絶対遅れないで。あまり早く来すぎて待つってのも危険だけど……」
 
 そんなことを言われても、登校の待ち合わせにだってよく遅れるのに。
「んん、まあ頑張る」と言葉を濁すと、ユウコは貴崎の頬を両手でぎゅっと挟んで運転席を向かせた。そしえて説き伏せるように静かに言った。

「頑張る、じゃ駄目なの。ねえ、わかる? すっごく大切なことなのよ? 一秒二秒を争う大事なこと。いい? 死ぬのはいつでも死ねるけど、――」

 死神はまたはっと言葉を止め、通りの向こうから賑やかに歩いてくる女子高生の群れを警戒するように見つめた。

「分かったらさっさと降りて! 寄り道しないで向かいなさいよ」
 急かすようにそれだけ言うとドアロックを解除し、貴崎が車から降りなりドアを内側から乱暴に閉める。
 暗い中でも鋭く光る純白のボディは急発進して去って行った。






【後書】(。uωu)<こんばんゎ
 なんかスミマセン……変な展開で( ̄Д ̄;;
 
 長くなりそうなのと展開が多いのとで、結局二話に割りました(ついさっきまでどうしようか悩んでいたのですが……)
 なので今回分と次回分、合わせて本当は一話だったのです(^^;)
 次回はそんなに長くありませんが、あと手直しだけなので数日中にアップ予定です♪♪

 後書&コメレスは次話更新後にゆっくりさせて頂きますね~+。:.゚ヽ(*´∀)ノ゚.:。+゚ァリガトゥ
 本当に皆様、このようなブログをご贔屓にして頂いて感謝です(人-)謝謝
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