二度瞬く [第十六話]

『大晦日』



「ほんと……どこ行っちゃったんだろうね、貴崎君」

「去年の年末は、福井のおばあちゃん家だったんだ……。貴崎が家出してからすぐに、福井から連絡があってね。結局、大晦日には帰ってきたけど、今年は……」

 貴崎よりも一回り小柄な少年の隣で、成宮は宙を見つめて不安げな表情を見せたが、すぐに少年の方へ向き直った。

「今晩あたりひょっこり帰って来るかもしれないな、大晦日だし。
 俺達がこんなに心配してるのも知らないでさ、きっと涼しい顔して帰ってくるんだよ。もしかしたら、もう家に帰って来てるかも」
 そう言って力なく笑い、先ほどから閉じたり開いたりしている携帯電話の画面をもう一度覗き込んだ。

「成宮君は優しいんだね。貴崎君ってさ、あんまりクラスに馴染もうとしてないって言うか……、成宮君にも冷たい顔するのに……、そんなに仲良いとは思わなかった」

「仲良いのかな……どうなんだろ。まあ幼馴染だしね。それに……、ああ見えて本当はすごく臆病で、寂しがりやなんだ。俺より真面目なとこあるし」
「貴崎君が?」
「うん。小さい時はよく泣いてたよ。感受性が強いっていうのかな……今でもたまに、すごく不安そうな顔してる時があるから心配になる」

「ふぅん。よく見てるんだね、貴崎君のこと」
 
 当然だろ、と透けた背中をコンクリートの壁にあずけ、貴崎は小さな元クラスメイトをにらみ付けた。

 幽霊のくせに悪夢にうなされ、汗だくで目覚めてからしばらく、貴崎は成宮の帰りが待ちきれずに数日ぶりに冷たい外気の中に踏み出した。
 部活中に違いないと一度は高校の体育館へ向かったものの、校門は閉まっていて、校内に人の気配はない。
 逆に、平日の昼間だというのに街中は人で溢れていて、なんとも騒がしい。

 そうか、今日は大晦日か――。
  
 気がつけばもう年の瀬を迎えている。
 年末年始、年越しなどとは縁遠い幽霊を置いてけぼりにして、知らないうちに世俗はしっかりと時間を進めていた。
 今頃、実家の貴崎神社は猫の手もかりたい程大忙しだろう。

「あ、そういえば一之瀬。話って何? メールで言ってたよね、何か話があるって」

 貴崎が成宮を発見したのは、高校からの帰り道。良い思い出があまり無い、あの繁華街だ。
 一之瀬という、やたらと成宮に馴れ馴れしく付きまとう小さな元クラスメイトのオマケ付きだった。
 二人でコンビニやゲームセンターに入っては、どうやら店員に貴崎の顔写真を見せて、捜索活動をしているらしい。
 自分を心配してもらっている風景に嫌な気はしないのだが、成宮の隣にぴたりと身体を寄せて、頬を赤らめ上目遣いで話す小さいオマケが、非常に幽霊の気分を害している。
 
 今のように、路地で二人肩を並べて仲良く話している光景を目にすると、その場所は本来自分の居場所なのだと一之瀬を押し退けたい気持ちになる。
 ホットミルクティーなんかを飲んで、可愛さをアピールしたって駄目だ。
 視線を細めて一之瀬を睨みつける。

「あ、あの……話っていうか……、その、相談……みたいな……」
 言い辛そうに一之瀬は、ちらちらと横目でこちらを気にした。
 
 霊感が強いのだろう。
 一之瀬には貴崎の存在が、なんとなく分かるらしい。
 死んだ次の日に学校で会った日もそうだったが、あの日のように視線ががっちりと噛みあうことは無い。
 数歩離れて嫉妬心むき出しで鋭い眼光を突き刺している幽霊の周囲に、びくびくと浮ついた視線を泳がせている。

「相談? 俺に?」
「う、うん。大したことじゃないんだけど……」
「何?」
「あのさ、その前に一つ質問なんだけど……。成宮君って、今付き合ってる人っている?」
「付き合ってる人? いないけど……どうして?」
 嘘つけ。
 年上女が一人に、同じく年上の男が一人。
 そして貴崎と同じ日に同じ犯人に殺された女が一人。
 更に最近では毎晩夢の中で同い年の少年――つまり貴崎と身体をつなげている。
 あの世もこの世も男も女も関係なく、とにかくモテモテで、選び放題やりたい放題なんだ、こいつは。

 まあでも――本気で好きな相手は一人だけどな、そう自分に言い聞かせて、ようやく気持ちを落ち着けた。

「ねえ、不思議なんだけど……どうして誰とも付き合わないの? 成宮君って、よく女子から告られてるよねえ? 女の子選び放題なのにさ。もしかして何か理由があるのかなって……、例えば……」
 一之瀬は顔を伏せて、靴先をじっと見つめた。
「例えば……?」

「例えば……、例えばだけど……、ほら、同性が好き、とかさっ……」

 同姓が好きなんじゃない、貴崎のことが好きなんだ。
 むっとした幽霊は、壁から背中を離す。
 成宮は一瞬気まずそうに眉をひそめたが、すぐに笑顔を取り戻し、軽く噴出すように言った。
「どうして、そう思うの? それって一之瀬の相談に関係あるの?」

「えっ、あ、まあ……あるかな。その……成宮君はどう思う? 男同士で付き合ったりとか、そういうの……やっぱり気持ち悪い、よね?」
 声を振り絞る俯いたままの一之瀬を、成宮はきょとんと見つめた。

「さあ……あんまり考えたこと無いけど。別にいいんじゃないかな……男同士でも、お互い好きなら」
 それを聞いた一之瀬は、ぱっと表情を明るくして、まるで告白で良い返事をもらったかのように頬を赤く染め、嬉しさに満ちた顔を上げた。
 
「あ、あのね。僕、実は今、好きな人がいるんだ。……で、でもその人……」

 急に成宮の正面に立ち、小さな少年は思い切った面持ちでゆっくりと口をひらいた。

「そ、その人……男の人なんだ……。あ、男の人っていっても、僕と同級生。同じ学校で、同じクラスで……で、その人、すぐ近くに……」

 思いつめたように目を潤ませて、一之瀬は両手をぎゅっと握り込む。

 貴崎はうろたえた。
 まずい。
 これはまずい展開じゃないか。
 いくら鈍感な貴崎にだってこの先は読める。
 どう見たってこれは――。 

「い、今その人……、僕の好きな人……。僕の、目の前に、いるん、だよね……」
 
 やっぱり――。
 ついに言ってしまったと一之瀬がぎゅっと目つむる。

 その瞬間、貴崎の脳裏に思い浮かんだのは、成宮と一之瀬が校舎裏の暗がりで抱き合い、口付けを交わしている光景だった。
 
 嫌だ――そんなの。
 でも、成宮は貴崎に似た人間を求めている。ならば、貴崎と同い年で同じ制服を着た、貴崎に似て小柄な少年はどうだろう。

 ひゅっと浅く息を吸い込み、即座に成宮の反応を確認する。
 
 すると、驚いたことに成宮は一之瀬のことなど見てはいなかった。
 それどころか、見えないはずの貴崎を見つめている。

 信じられない光景を目にしたかのように両目を見開き、凍りついた表情の成宮。
 夢の中で貴崎が殺されるのを見ていた時と同じだ。

 その視線が貴崎自身にではなく、貴崎の頭上わずか数センチをかすめて、広い表通りに向けられているのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
 貴崎は不審に一二歩後ずさり、コンビニに面した賑やかな表通りを振り返った。




 信じられない。
 あの男だ――。

 数時間前に夢の中で出会った。
 夢の中で貴崎を絞殺し、そして現実でも――貴崎を殺した。
 
「悪いっ! 一之瀬……話、後で聞くよっ!」

 目線を離さぬまま小さな肩をそっと押し、成宮が駆け出す。

 コンビニの前の灰皿に吸殻を落とし、男は一瞬ちらりとこちらを見た。

 路地裏にいる二人ではなく、貴崎を見た。
 そして笑った――そう貴崎には思えた。
 
 バスケ部仕込みのしなやかな成宮の両足が本格的に加速を始める前に、男は不適な笑みをうかべたまま、持っていた携帯を耳にあて、すぐさま立ち去った。
 
「冬馬――っっ!!」

「な、成宮くんっ……!?」

 貴崎と一之瀬は同時に声を発した。
 ただしコンクリート壁に反響して成宮の背中まで届いたのは一之瀬の声だけで、当然幽霊の呼び声などは貴崎自身の耳にしか届いていないようだった。

「冬馬ぁっっ! だめだ! 行くなっ!」

 慌てて成宮を追って走り出すと、こんな時に限って、透けているはずの膝が、路地裏に置かれていた人ひとり入るほどの大きなゴミ箱にぶつかる。
 背中を意識しないと壁にさえもたれられない、とうに玄関の扉など簡単に通り抜け可能な透明人間のはずが、どうも感情が高ぶると思いがけずいろいろな物にぶち当たる。

 アスファルトに顔から倒れ込み、両手をつく。
「痛っ……!」
 案外不便な透明人間のもう一つの体質。それはちゃんと痛みを感じるところだ。

 全身で派手に転び、腕をついて起き上がった時には、既に成宮の背中は路地裏から抜け出し、表通りの人盛りに消えて行くところだった。

「とぉまぁァァ――!!」
 
 生きていた時には考えられない程の、ありったけの大声も、水中にいるかのように発したそばから消滅してしまう。

 確かにずっと捜し求めていた男の姿だった。
 当初成宮の夢の中に入った頃には、成宮があの男を――自分を殺した犯人を探し出してくれればと、正直言うと、そんな下心があったことに間違いはない。
 
 だが、今の貴崎にはそんな事はどうでもいい。

 男を追いかけたのが警察官なら応援したくもなるが、多少大人びているとは言え高校生だ。
 成宮が男を捕まえたところで、貴崎の死体の在りかをあの男が素直に吐く訳がないし、なによりも一番心配なのは、貴崎と同じように成宮があの男に殺されてしまうこと。

 男と成宮が接触すれば、男にとって成宮は口封じしたい相手になるに違いない。
 なにしろ成宮はあの男が貴崎の行方を知っていると感づいている。
 男が、貴崎の元へ案内するからついて来いと言えば、成宮は必ずついて行く。
 
 それは最悪のパターンだ。
 
 自分の死体なんてどうでもいい。
 自分を殺した男なんて、さらにどうでもいい。

 大切なのは、本当に大切なのは――。




 がぅん、ごぅん、ごろぅん。
 貴崎がつまずいた大きな空のゴミ箱が、背後で二三度激しく空転したのち、元のようにどっしりと安定を取り戻した。
 つまずいた拍子に外れたゴミ箱の蓋が、地面の上でからりからりと回ってから裏返しになり止まった。

「だ、誰っ……? そこに……い、いるの……」

 成宮を追ったところで、幽霊の自分に出来ることなど一つも無い。
 そう途方に暮れた貴崎の背後から、怯えた小さな声が聞こえた。  
 
「も、もしかして……き、貴崎く、ん? 貴崎君なの……?」

 幽霊はすくりと立ち上がった。

 そうだ、もしかしたら――。

 振り返ると、さっきまで憎らしかった少年が、今では救いの天使に見える。

 窮地を救うひらめき、直感の素早さには子供の頃から自信がある。
 ただし思い浮かぶ解決策は、いつでも漏れなく、絶対に使ってはいけない手段の上位三位以内に必ずランクインしてしまう。
 貴崎に言わせれば、それだけ確実で、人気があるのだ。

 悪霊にでも出くわしたかのように恐怖の表情を浮かべる天使のもとに、貴崎はさっそく歩み寄った。






【後書】気がつけば、もう十二月に……(;´Д`A ```
 年明け同時完結を目差していたのに、どうしりゃええんじゃ~!!??
 その上、今回はこんな所で切ったった……本当は次話を入れて一回分の予定でしたが、また長くなる上に、シーンが二転三転するので、途中で切りました。

 最近寒いから、夜息子と一緒に布団に入ると、パソコン開く前に爆睡してしまうんですよネ(-_-;)
 お陰で、何週間ぶりかに今日パソコンを開けました。全然ブロ友さんのページにも行けてないし……(limeさんごめんよ~一番好きなあのお話が、まだ読めてない……悲しい(≧≦))

 仕事が始まってから私生活は充実しているのですが、ネットから少し遠退いてしまって、良性の日記ブログも止まってますしね……。
 でも心と身体が元気になったので、次の連載内容とか、新しく始める良性ブログでの連載内容とかばかり考えてしまって、すごく一人で大盛り上がりしてます、私(^^;) この連載のゴールが見えて、考えなければいけない部分が減ったから余計でしょうね。
 そして……ついにAdobeのCS5買っちゃった!!

 まあ、とにかく今からでも年始完結目差します!(めちゃくちゃ無謀……)

 今から洗濯物片付けて、夕飯作って、六時に息子を保育園に迎えに行きます。
 コメレスは今晩ゆっくりさせて頂きます。(起きれるのか!?)
 遅くなってすみません(;^^)\( ̄ ̄)/ヾ(TT;) ごめんよっ!
    




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コメント

Re: あぁ 成宮がーー!

いつもありがとうございます♪♪
別枠のコメレス欄でお返事させて頂きました☆

あぁ 成宮がーー!

"あの"男を 追いかけて行っちゃたよ~。貴崎だけでなく 読者の私達も 心配!
ここ数話 貴崎が 死んだのも忘れるくらいに ラブな関係を見てたのが、いっきに 現実に戻ってしまった。
貴崎は 霊を 見える?感じる? 一之瀬を どう使うのかな。だけど 一之瀬、ビビッて 使い物になるの! でも 何とかしないと!!
後数話なんですね。 すっごく 面白いから 終わって欲しくな~い...でも 最後は どうなるかも 知りた~い...複雑に揺れる読者心ですぅ(^^)ゞbyebye☆

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