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二度瞬く [第十二話]

『夢のつづき』


 後悔というのだろうか。

 とにかく胸の内が苦しくて、いてもたってもいられない。
 これが後悔というのであれば、貴崎は死んで初めて後悔したことになる。




「なあ。俺の話聞いてん? おいっ! 祐よ」
 
 格子戸を乱暴に開けて、外に走り出る。

 噛まれながらも、やっとのことで手に入れた南京錠の鍵をポケットにしまい、後を追ってくる言葉遣いの悪い犬は振り返らずに、とにかく姿を消した幼馴染を探す。
 とは言っても、前方一メートルがやっと見えるという程の濃い霧だった。

 どうする事も出来ず自然に歩みが止まり、気だけが急いていく。
 足元にまとわり付いたマルチーズが、貴崎の足首につぶれた鼻をすり寄せたと思った途端、跳ねるように小型犬は仰け反った。

「嘘ぉ! うせやんっ! おまえ死んでんちゃぅん!」

 悪いかと低くつぶやくと、犬は冷めきった様子で速やかに貴崎から身を離した。
 元が不細工なのでよく分からないが、どうやらこれが犬のドン引きした顔なのだろうと、なんとなく貴崎は納得した。

「無いっ。無いわぁ……死んでるとか。お前、これからどないするねん……俺のシャンプー」

 なるほど、さすがに夢の中だ。犬が溜息をつかないとは限らない。

「ほんで、死んでもた上に、誰ぞの夢からこんな所に出てきやがって。お前ほんまむちゃくちゃやな。ここ境内やぞ……。あの社は俺の住処やぁ、勝手にホテル『ラブ神社』にせんとってえや。げえ出るか思たやん」

 この犬、見た目の悪さは、言葉遣いと性格を反映したものであったらしい。

「成宮っ……?」
 背後に微かな気配を感じて、はっと振り返る。
 腕を伸ばして霧の中をさぐると、手に触れたのは木の葉だった。

「成宮――っ。 成宮!」
 何度も呼んでも返事は無い。

「成宮って……、さっきの、あの茶髪のガキか?」
「知ってるのか……!?」 
「さあな」
「教えろよ! マル」
「お前、それが人にものを頼む態度か」
「人じゃねえだろ」
「おっ。そのつっこみ八十点」 

 マルは笑うと目がなくなる。

「まあええ、お前とは長い付き合いや。教えたらんこともない」 
 マルはぺろりと鼻をひとなめし、小さな前足をそろえて座り直した。
 貴崎はおずおずと犬の正面にしゃがみ込む。

「ええか……よう聞けよ。大事なことや」
 貴崎はこくりとうなづく。

「実はな……。ずっと言お言お思ててんけどな――俺、マルチーズと違うねん。
 どう見てもパグやん? どうやったら、あんな白いモップみたいな種類と間違うねん。だから名前もマル言うのはおかしい。そういうことやから、今日からは俺のことをゴッドと呼んでくれ」

 犬の話が終わる前に貴崎は立ち上がった。
 クソ犬のせいで、危うく時間を無駄にするところであった。いや、もう幾分かは無駄にした。

 何もなかったかのように歩き始め、また幼馴染を探す。

「おいっ祐、待て! お前がショックなんもわかる! 俺だって先月気ぃ付いてん。お前も一緒に見てたやろ、金曜夜九時からのワンニャン特集」
 深刻に落ち込んでいるらしい小型犬が早足で隣を歩く。
 どうりで犬種名の響きに対して、顔の印象が違いすぎるとは思っていたのだ。正直なところ、マルチーズではないのではないかという疑念を、数年前から抱いていた。

「あっ! お前今ちょっと笑たやろ!?」
 答えずにいると、マルは貴崎の靴に噛みつく。
「ふざけんなや! 言うとくけどなぁ、俺の親父は純血犬やねんぞ!」
「それって自分は雑種ってことだろ。パグじゃねえじゃん」
 ただの雑種。ただの駄犬だ。
 信じられないと青ざめ立ち尽くす雑種犬をよけて、濃霧をかき分けていく。
 
「あっ、おいっ! そっち階段やから――」
 あぶないぞ、という声と同時に踏み出した右足は地面をとらえきれず、一瞬で身体のバランスを崩した。
 ひゅぅっと喉が鳴る。




 石階段で身体を打つのはさぞかし痛かろうと一瞬よぎり、ぎゅっと背中を丸めたが、着地した場所は意外にも柔らかかった。
 仰向けのまま薄っすらと目を開ける。
 
 薄日が射す天井。豆電球のオレンジ。クローゼットの扉。
 ゆっくり首を横に回すと、顔のすぐ隣にベッドの足がある。
 
 どうやら成宮の夢から脱出し、絨毯の上に転がり落ちたらしい。
 上半身を起こしたところで我に返った貴崎は、慌ててベッドの上の膨らみに身を寄せた。 

 身体を少し折り曲げ、掛け布団にくるまった幼馴染はまだ寝息を立てていた。
 「成宮っ……?」
 静かに呼びかけるが、もちろん反応はない。
 探し求めていた姿を見つけて一旦は落ち着いたものの、眉間を寄せてひどく苦しそうな幼馴染の寝顔を見つめ、また不安が募った。

 勉強机の上の置時計を見ると、もう朝の九時をまわっている。
 驚いたことに貴崎が成宮の夢に入ってから半日以上も経っていた。
 ほの暗いと思い込んでいた射光カーテンの向こうは、充分に冬の朝日が昇り始めていて、いつもならとっくに学校にいる時間だ。
 そして貴崎の記憶が確かなら、今日は終業式。なのに成宮は全く起きる気配がない。

 しばらくすると学校に来ない成宮を心配してか、枕元の携帯にクラスメイトからの着信が相次ぐ。
 日常茶飯事に授業を欠席し、半年に一度は二三日行方をくらますのが通例の貴崎には、こんな電話は一度もかかってきたことがない。
 耳障りな携帯を床に投げ、かわりに幼馴染の枕元を陣取った。 
 床で震える携帯の画面表示に、数日前まで自分の彼女だと思っていた女子の名前を見つけて、はっと目をそらした。

 


 結局成宮は目覚めることなく、昼が過ぎた。
 貴崎はずっと枕元に寄り添い、何度も成宮を起こそうと試みたが、成宮は起きるどころか、息苦しそうな寝息をさらに張り詰め、深く眠る。
 
 このまま目覚めないのではないか――。
 そんな懸念を抱き始めたのは、午後三時をまわった頃だった。
 
 貴崎の行動は、あまりにも成宮の夢を乱し過ぎてしまったのではないだろうか。
 夢に侵入する者、侵入される者、どちらにとっても非常に危険な行為だと案内冊子には書かれていた。
 
 日が傾いた午後四時。家の外でユウコの車のクラクションが鳴ったが、貴崎は頑なに枕元から顔を離さなかった。

 しんどそうな寝顔を眺めているうちに、熱があるのかもしれないと考え、一階におりて濡らしてきたタオルを成宮の首筋にあて、そして祈るような小さな声で何度も名前を呼んだ。
 柔らかそうな前髪に触れると、一瞬ふわりと風がかすめたように揺れて、透き通った貴崎の指先に留まる。
 どんな夢を見ているのか、時折顔をしかめて小さなうめき声を上げ、寝返りをうつ。
 その度に貴崎は呼吸を忘れて成宮の様子に見入った。

 そうやってどれくらいの時間をやり過ごしたのか。
 疲れ果てた貴崎が、ただぼんやりと宙を見つめ、幼い頃の思い出を繰り返したどっていると、眠ったままの幼馴染が、貴崎の名前をうわ言のように何度も囁いた。

 部屋に満ち始めた薄闇の中で、わずかな残光をたっぷりと吸い込んだ雫が、成宮のこめかみを伝う。

 もう一度成宮の夢に入る事を決心した。午後五時半だった。




「交通安全の御守りと――あと、おみくじ一回」
  
 千円札を握った男の腕がにゅっとこちらに伸び出る。
 続いて砂利を踏みしめる無数の靴音と、賑やかな笑い声。
 参道に沿って大蛇のようにうねる人の列。
 
 初めて成宮の夢枕に立った時と同じ夢――元旦の夢だ。 

 催促するような男の腕など無視して、貴崎は社務所を飛び出した。
 背後から兄がおいと呼び止めるのが聞こえる。
 
 砂利の上に走り出て見慣れた幼馴染の顔を捜すが、あまりの人の多さに、参道の向こうを見渡すのがやっとだった。鮮やかな振袖の帯や、分厚いダウンジャケットをかき分けて、しばらく境内を歩き回ったが、成宮はいない。

 もしかしたら――。
 貴崎は表門に向かっていた踵を返して、足早に本殿を横切り、自宅の奥の森へ向かった。

 薄暗い鎮守の森にはいつもにも増して冷気が立ち込め、圧迫的な静けさが空気をおしとどめていた。
 袴(はかま)のすそと襟元から、射すような冷たさが入り込む。
 貴崎はぎゅっと身体を縮めた。
 
 森深くにある細い山道を、息を切らしながら駆け上がって頂上を目差す。
 一番好きな場所――、いつのも所――。
 そこに幼馴染は、いつものように待っているかもしれない。

「成宮――っ!」
 てっぺんを踏みしめる二三歩前から、自然と呼び声を発してしまう。
 思えば、小さい頃はいつもそうだった。
 この道を駆け上がる時は、いつでも同じ顔を思い浮かべていた。同じ名を呼んでいた。
 そして、山肌が途切れて視界が開ける。
 駆けて行くと、古びた社の向こう、遠くに望む町並みの手前にはいつも――。

 欲していた後姿が石段に座っていた。
 
「成宮……!」

「祐……?」
 息を切らしながら近づくと、涼しい表情が振りむき立ち上がる。
 
 何かを言おうと口を開きかけたが、それより前に鼻の奥が急につんと痛み、視界がにじんで急速に水没していく。
 幼馴染の顔が、あまりにも懐かしいと感じた。
 
 頬を伝う熱いものを拭わないまま、うつむいてゆっくりと歩み寄り、成宮の腰に両手をぎゅっとまわし、胸元に顔をうずめると、成宮は一瞬驚いたように身を固めたが、それでも貴崎の背中にそっと手をまわした。

「どうしたの……? 祐」
 落ち着いた声を聞くと、さらに目頭が熱くなる。
 顔を離してまた口を開きかけたが、何を言っていいのかわからない。それに、目元をぬぐってよく見てみると、成宮はひどく疲れた面持ちをしている。白人に近い肌質が更に青白く、血の気がない。
 あの時と同じ顔だ。
 父さんと呼ばれる男とホテルに消えた次の日、自宅に帰ってきた時の顔。

「どうして泣くの?」
 貴崎をのぞきこむ優しい微笑の首元に、痛々しい青痣を見つけて息を詰まらせた。
 ボタンが外れた襟元からのぞく形の良い鎖骨に、得体の知れない形の内出血がいくつか点在している。
 気をつけて見てみれば、首元だけではない。貴崎の髪を撫でる手首にも縛られたような擦過傷がある。

「祐、また誰かにいじめられた?」
 貴崎の視線に気付いた成宮は、さりげない手付きで隠すように襟のボタンをとめ、もう一度貴崎の髪をなでて抱き寄せた。
 幼馴染の香りに瞼を閉じると、また熱い水滴が溢れ出す。
 背中にまわした両腕にぎゅっと力を込めて、広い胸板に頬をすりよせ首を横に振る。

「あ、わかった。祐、また怖い夢みたんだね。だから泣いてるんだ」
 小さい頃、貴崎が泣くと成宮はいつもこう言った。




「もう……帰ってこないかと、思ってた」
 しばらく無言のままでいると、独り言のように成宮がつぶやいた。

 ぼやける視界にうつる格子戸全開の社は、鳥が飛び立った後に残された鳥篭のように、空虚で寂しく見える。
 自分を力なく包み込む均整のとれた肉体や、背中に添えられた温かい手が、何故か古びた社と同じように空っぽなものに思えた。
 存在の意味を失い、強い虚無感をまとう。
 吸い込まれそうなほど中身は空っぽで飢えているのに、それでいて静かで悲しい。そして苦しいくらいに切ない。

 満たしてあげたい。

 貴崎は顔を上げて、ゆっくりと息を吸い込んだ。
 成宮の耳元に口を寄せようと少し踵を上げると、それに気付いた幼馴染は、わずかに首を傾けて顔を寄せてくれた。

 落ち着いて目を閉じ、肌に触れる距離で、密やかにささやく。

「成宮。俺――」
  
 


 張っていた糸がたゆむように、束の間何かが重力を失い、ふわりと軽くなった気がした。
 
 貴崎の言葉を聞いて少し不思議そうな表情の成宮が、何かを言おうと開きかけたその口に、貴崎は唇を重ねた。

 また踵を浮かせ、背伸びをして、いつか見たキスシーンよりもずっと不器用で、ぎこちない。
 それでも、それはとても自然に思えた。

 やはり、知らぬ間にかかってしまっていたのだ。
 魔法か呪いか不治の病か――。
 とにかくそれは、一度かかると簡単にはとけないだろうと貴崎は思う。

 太陽が海に沈むように。
 その日が赤いように。
 鎮守の森が影になるように、古い神社が静かなように。
 町を見下ろす誰もいない場所で、こっそりと口付けをかわす袴姿の自分が、何故か自然で綺麗に思える魔法。

 満たされない者の全部を受け入れようと、静かに瞳を閉じる呪い。

 残った僅かな時間を、全てささげたいと切に願う宿病を、負ってしまったらしい。




【後書】
 予告よりもずいぶんと遅れました(。-人-。) スミマセン!!

 前回ですかね、ちょっと落ち込んでスランプ中(←ほんとつまらん理由です(^^;;))なので……ってこと書きましたら、沢山の方から励ましのコメントを頂きまして。゚(゚*ω⊂ グスン  本当にありがとうございます+。:.゚ヽ(*´∀)ノ゚.:。+゚(←後日別枠でゆっくりお返事させて頂きます♪♪)


 ほんと……書き手失格だなぁとしみじみ痛感いたしました(-_-;)
 作者の都合を押し付けない事と、最後まで完結させるってのは、書き手にとっては最低限の約束事だなぁと、自分も人様のブログにお邪魔していた時代に感じていたのを思い出しました。
 文が下手とか、誤字脱字とか、内容がつまらないとか、そういう事よりも上の条件の方が、読む方にとってはずっと大切で、これが出来てないと致命的なんですよね……(・_・; これはあくまで、私の読者としての意見ですが……。
 ここまで言っといて、これからもいろいろ言い訳しながら書いてくんだろうな……(゜Д゜) ハア??
 
 あ、皆様お盆はどうお過ごしでしょうか??
 うちは昨日、旦那の実家へ日帰りで行ってきました♪ 案外台風がマシだったので良かったε=Σ( ̄ )ホッ
 最近ホームベーカリーと、低周波治療器にややハマリでして♪♪ いや~良いですな♪ 焼きたてのパンと足の裏モミモミ( ̄▽ ̄)うへへへぇ~
 こういうどうでもいい話を書き連ねるホームページ(ブログになるかも……)を何とか八月中には完成させたいと思います( ̄д ̄)ドウダロソレ…
 ではでは♪
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