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二度瞬く [第八話]

『くだらぬこと』


『だ、誰じゃ!? あんたは』

『初めまして。私はあの世(正しくは生死管理監視庁)から派遣されてやって来た者です。本日はAさんに死亡通告および死後申請の流れを説明しに参りました』

『あ、あの世だと? まさか……死んだなんてとんでもない。わしはまだ、ほれ。このようにぴんぴんしておる』
『そう見えるのは、Aさんの魂が死後、自己の精神的安定を保つために見せている幻覚の一種です。残念ながらAさんは、昨日の夜十一時過ぎに脳梗塞で確かに亡くなられています』

『そ、そんなバカな……! 信じられん』
『はい。すぐには信じられないかもしれません。しかし実際にA,さんは亡くなられているのです。その証拠に、生きている殆どの人間にはAさんの姿は見えていません』

『でも……ちゃんといつも通りに生活は出来るし……物にだって触れられるぞ?』
『死んでしばらくは、生前のように物に触れる事が出来ます。ただし生きた人間や動物、水や土などにはうまく触れることは出来ませんよ(詳しくは別冊子「魂のしくみ」をご覧下さい)。また物に触れられるからといって、現実世界に大きな影響を与える行動は強く禁じられていますのでご注意下さい』

『そんな……じゃあ、わしはいったい。いったい、これからどうすれば……』
『心配はいりません。あの世側でのAさんの死亡手続き(3ページ「死亡登録システムと死後申請の流れ」参照)は既に完了しています。安心して死をお受け入れ下さい』

『そうは言われても……いろいろと心残りが……。死ぬ前に会っておきたい人もいるし……』
『はい。そのような方のために、会いたい人の夢に入って会話ができる夢枕システムがございます。死後三日間(特別な事例と当局が認めた場合は最大七日間)の猶予が与えられ、その間に夢枕システムがご利用頂けます』

『おお! それは便利だ。是非利用しよう! 妻に財産分与の話をせねばならん』
『それは無理です。人の夢に入るという事は、入る方・入られる方お互いにとって非常に危険な行為です。夢の進行を邪魔しない、現実世界に大きな影響を与える言動は控える等の規制が多くあり、この決まりを守らなければ、最悪の場合、夢のから帰ってこられない場合があります』

『なんと……。夢に入って話すだけなのに……。そんなに危険なのか?』
『はい。宇宙や深海に入るようなものだと想像して下さい。夢は生きた人間の欲望そのもので、未だ解明されていない部分も多く、非常に危険です。決まりを守って安全なシステムの利用を心掛けましょう。また規則違反があった場合は、重い罰則が科せられる場合がありますので注意して下さい(別冊子「安全な夢枕システムの手引き」を熟読して下さい)。
 また上手く夢で会話が出来たとしても、夢から覚めた時には死者と会話したことを覚えていない場合もありますので、ご了承下さい』

 


 ゆるい漫画絵の欄外に、これはAさんの場合であり全ての方に当てはまる事例ではございませんと赤文字で注意書きがされている。

 ぱしゃりと薄い冊子を閉じて、貴崎は隣の運転席を睨みつけた。

「これ。どうしてもっと早く渡してくんねえんだよ!」

 これ――すなわちユウコの車のダッシュボードから見つけた、あの世ウォーカーなる案内冊子である。
 最初のページには、読者――この場合、死者ということになるのだろうか――に分かりやすいよう、漫画での説明がなされている。
 そこに登場する馬鹿丁寧なあの世の職員とは似ても似つかない、がさつな女が、今も死者である貴崎の死体捜しを差し置いて、また不健康な夕食にあり付こうとしている。

 貴崎の抗議にユウコが顔を上げる。
 紙袋の中をがさごそとやりながら、心底訳が分からぬといった表情だ。
「ぁん? 何が? 今渡したじゃない」
 
「今じゃ遅いだろうがよ! どうして昨日の夜、俺が夢に入る前に渡してくんなかったかって言ってんの!」
 日頃あまり出すことの無い大声を張上げて喧嘩腰で言うと、ユウコは紙袋の中を覗き込んでハッとする。
「嘘っ! 信じらんなぁい!」
「俺が成宮の夢から帰って来られなかったら、どうするつもりだったんだよ!」

「嘘。嘘よ、嘘……! ナゲットにソースが付いてないなんて、ありえないんだから!」
 必死な形相でユウコが紙袋を逆さに振ると、はらりと一枚レシートが舞った。

「危うくあいつの夢から、本当に出られなくなるところだったじゃねえかよ!」
「ちゃんと言ったもぉん。ソースはマスタードとバーベキューどっちも付けてってえ。ソースが無けりゃ、ナゲットなんて買った意味ないじゃない! もぉ最悪。ドライブスルーなんてしなきゃよかった――」
「おい! 聞いてんのかよっ」
「ナゲットだけじゃないのぉ。ポテトにも付けるのよ、あのソース。ソースあってこそのチキンナゲットじゃないの?」
「ど―ゆ―つもりなんだよ」
「……っんと。信じらんない! あの店員。電話して持って来させようかしら」
「うっせえよ! おかげでこっちは、ひどい目にあったんだからな!」

「ひどい目って?」
 急に会話が噛み合ったと思ったら、痛いところをつかれた。
 言えるわけがないだろう。幼馴染に組み敷かれ、精神肉体共にむちゃくちゃにされましたなどと。

 おかげで目が覚めた頃には、一度上がった太陽が沈みかけていたのだ。
 明け方に成宮と言葉を交わしてから、次に貴崎が幼馴染のベッドで覚醒したのはその日の夕方。成宮はとっくに登校していて、家に人の気配は無かった。
 幼馴染の残り香に包まれて結局夕暮れ時までうとうととしていたら、外で聞き覚えのある排気音がして、クラクションが鳴った。

「……ナゲットのソースが入ってなかったくらいで、一々うるせえなあ……。ケチャップでも買って付けとけよ」
 さっきまでの勢いを急減速させた小声で言い、貴崎は話を変えた。
 ケチャップなんて話になんないとユウコはまだ怒っている。

 成宮の家に迎えに来たユウコの車で、まず数キロ先のファーストフード店へ向かった。
 そこでユウコの夕飯を買い、それからコンビニでユウコの煙草と雑誌を買い、ガソスタでハイオクを満タンに補給したあと最後に向かったのがここ。殺害者である男に、貴崎が声をかけられた繁華街だ。
 
 貴崎の死体捜索は三日目にして早くも、地道な山中捜索から、繁華街で殺人犯を直接見つけ出すという週末サスペンスまがいの作戦へと捜査方針の転換を余儀無くされたようである。

「とにかく! こういうのはもっと早く渡してくれよ。うまくは言えないけどさ……とにかくこっちは大変だったんだ」
 小冊子を丸めて開き直る。
「いいじゃないのよぉ、ちゃんと帰ってこれてんだから。しっかり謝って、未練もスッキリ落としてきたんでしょうに」
 
 貴崎が口を尖らしぐっと黙り込むのを見て、ユウコは信じられないと深く息を吸い込む。
「嘘でしょ……。信じらんなぁい、ばっかじゃないのぉ!? 一言すみませんでしたって、頭下げりゃあ済むことでしょうがよ!」
「だから……それが出来ないくらい……大変ってか……すごい夢だったんだって……」
「しょうもない男よねぇ、あんた……。まあだから死んじゃったんでしょうけど」
 ナゲットにソース付け忘れる店員といい勝負だわと首を振る。

「うっせ……」
 そのしょうもない男がこの世の全てだと言い切る奴がいるのだと教えてやりたい。
 それも、そいつは貴崎のようにしょうもない人間ではない。クラスの誰もが羨むような容姿と実力を持った、アイドル的な優等生で――そして男で――幼馴染である。
 同性なのは残念だったが、何故か優越感に似た淡い感情が、抑えても抑えても染み出すのを感じる。
 形はどうあれ――あんな風に強く求められたのは初めてだったのだ。
 寂しそうで悲しそうで、切実で優しい。あの声を思い出すだけで、気管支が窮屈になって息苦しい。
 
「もういいや……別に謝んなくて。謝っても、たぶん……あんま意味ねえし」
 成宮が望んでいるのはそんな事じゃない。
 それに正直、もう一度あの夢に入って謝れる自信など微塵も無い。
「どこまでもくっだらない男ね」
 
 投げやりな手付きでハンバーガーの包み紙をむき、窓の外を眺めながらユウコが言う。
 金曜の夜。居酒屋が多い繁華街は本格的に賑わい始めた。
 行き交う人ごみの中に例の男の姿はない。いや、ないように思う。どこか怖くて探すのを恐れている。

「未練なんて――残すもんじゃあ、ないわよ――」
 めずらしく静かな話し方だ。
 むこうを向いているので表情は読み取れない。

「未練、未練ってさあ……もうどうでもいいよ。未練たらしく、すがり付くほど、生きてて楽しかった訳じゃねえし。くっだらねえ奴ばっかだったしさ……。つまんねえ世界だったよ。ほんと、もう……どうでもいい」
 正直そう思わなければ立ち行かない。
 この未練は落としようがないと知ってしまった今となっては。
 
「俺さ。さっさと身体見つけて、早く成仏してえよ。未練なんて成仏してあの世に行ったら、すぐ忘れられるに決まってる……」
 貴崎がぼそぼそと言うと、ユウコはジンジャーエールを音をたてて飲み干してから、気だるそうに炭酸香る溜め息を吐いた。
「忘れられないから未練なんでしょうが」
「そんなの……あの世に行ってみなきゃ分かんねえじゃん。ドラゴンボールに出てきたさ、天国みたいな場所だったら、俺一瞬で忘れられる自信あんもん」
 
「無理よ、無理ぃ。あんたには絶対無理」
「いや、俺これで結構忘れっぽいし――」

「私が無理なんだもん。あんなになんて――絶対出来っこないわ……」  
 正面を見たまま眉をしかめ、張り詰めた声でユウコは言った。
 そしてこちらを振り向きニコリと死神は笑う。 

「子供をね――おいてきたのよ」
 
 その寂しそうな笑顔は一瞬、誰かに似ているよな気がした。




「子供? って……誰の……?」

私のよと軽く言う。
「二日間も陣痛に耐えてやっと生まれた自分の子をね。あの時、てっきり一緒だと思っていたのに……。あの子をおいて私は死んでしまったわ」
 表情を隠すためなのか、殺人犯を探すためなのか、また窓の方に向き直ってから話し出す。
 ユウコが膝の上で手に掴んでいでいたハンバーガが、ぱかりとゆるく口を開けた。
 
 ユウコには子供がいた。そしてその子をおいてユウコは死んだ。
 貴崎からすれば死神としか言いようが無い、そんな仕事をしているからには、この世の者ではないのだろうとは思っていたが、まさかユウコも貴崎同様死んでいたとは考えつかなかった。
 それも人生経験が未熟な高校二年から見ても、ユウコに子供がいるとは信じ難い。それくらいユウコの性格は貴崎の思う母親像から、かなりのずれ幅をもってはずれている。

 小学校に入る前に姿を消した母親の顔が一瞬よぎった。
 海外の平和協力活動に参加するからという意味不明な理由で家を出た母だったが、今でも誕生日やクリスマスには、どこの国の物か定かではないプレゼントが山のように送られてくる。
 優しい母親だった。
 離婚した父も、未だに母のことが忘れられないでいるような気配がある。当然貴崎自身も、自分が捨てられたなどと思ったことはない。
 それくらい強くたくましい、母親らしい母親だった。
 
「その子、今、どうしてんの……?」
「わからないのよ。どこにいるのか。ずっと一緒にいれるとばかり……」
 うわ言のように語尾は消えていった。 
 
「じゃあさ! 俺、あんたの子供捜すの手伝ってやるよ。子供が見つかったら未練も消えて、こんな仕事続けなくていいんだろ?」
 わざと明るく言うと、ガキの手借りなきゃいけない程困ってないわよと、いつもの調子に戻ったユウコが不機嫌そうに振り返った。

「いや勿論、俺の身体は見つけるけどさ。なおかつ、ユウコの子供も見っける!」
「欲張りな子ねえ……。勝手に名前呼び捨てにすんじゃないわよ」
 どこが無口で内気な性格よ、あの報告書は嘘ばっかりねと目を細めて貴崎を睨む。その視線をかわして賑わう大通りに視線を向ける。

「あっ」
 思わず声が出た。

 ユウコの車から数メートルしか離れていない居酒屋から、見覚えのある顔が出てきたのだ。
 



 のれんをくぐり出てから通りに軽く目をやり、入り口の戸を閉めた男。
 
 まぎれも無い。
 昨晩卑猥な夢で、自分を真正面から見下ろしていた顔だ。

「誰? あれ」
 貴崎の視線を追って成宮の姿をとらえたユウコが興味無さ気に聞く。
「あれ……言ってた幼馴染。昨日、夢の中で、俺にひどい事した奴……」
 思い出して頬を熱くし、口を尖らせる。
「へぇ―― あれが成宮君? いい男じゃなぁい。ホントにあんたと同い年?」 
 ユウコがそう思うのも無理はない。
 元々すらりと背が高く、ハーフだからか雰囲気も大人びている。その上あんなジャケットなどを着られては、貴崎でさえも本当に同じ学年かを疑ってしまう。

「いいのぉ? 高校生がこんな時間に居酒屋なんかに出入りしてさあ。まあバレちゃいないでしょうけどねえ。へえぇ……あれが例の二度瞬いて、の彼ねえ……」
 何が楽しいのか、ユウコは急ににやにやと興味深げに成宮を眺め始めた。
「何してんだよ……あいつ。こんなとこで……」
 貴崎が生きていればこの時間、自宅のベッドの中でパジャマ代わりの中学時代の体育ジャージを身にまとい、口を開けて寝ていること間違いなし。

「いかにも頭良さそうようねぇ。ナンパされた友達を助けるために、一芝居うってくれようとするなんて、優しいんだぁ。何であんたなんかと友達なんだろね」
 ナゲットを頬張りながらユウコが言う。
 どうやらナゲットはフィレオフィッシュバーガーのソースをつけるという形で決着がついたらしい。

「ほら、よく映画でFBIとかがさ、犯人が立てこもる家を訪ねた時に、子供を人質に取られた母親にメモで見せるやつでしょう? 口で助けが求められないなら、犯人にばれないように二度瞬いて下さいって――。
 何で二度瞬いてやんなかったのよ。せっかく助けようとしてくれたのにぃ。私だったら高速で瞬き連発しちゃうもんねえ」
 誰がおまえなんかを助けるかという言葉が喉までせり上がる。
 成宮は、貴崎のことが好きだから――貴崎のことがすべてだから――だから――。
 駄目だ。また目の下が火照ってくる。
 
「いいわねえ。二度瞬いたら嘘の合図……私も今度使ってみようかしらん。
 あんた、私が喋ってる時は何回瞬いてるかちゃんと見ときなさいよ!」
 くだらねえ――。
 本当に子供がいるのかと疑うほど、ユウコの発想は子供じみている。

「あ! へえ……年上好きなんだぁ、成宮君」
「は?」
 もう一度成宮の方を振り向くと、店の外で携帯をいじっていた成宮を追うように居酒屋から女が一人現れた。
 白いワンピースにロングコートを羽織った女だ。
 食事代を払ったらしく、財布を片手にもっている。
 馴れ馴れしく、もたれ掛るように成宮の腕に手を回し、酔払っているらしいとろけた笑顔で成宮に話しかけている。成宮もいつもの爽やかな笑顔で何かを答えている。
 実に――実に、お似合いのカップルに見えた。

「よさそうな子じゃなぁい、成宮君。……ちゃんと夢に入って謝ってあげなさいよ」
 ハンドルの中央部に肘をついてユウコは言った。

「いいよ……もう、どうでも。……忘れるって、決めた、から」
 しぼりだした声は擦れていて、たっぷりと水気を含んでいた。

 宝物だとか言ってなかったか――?
 貴崎のことが好きで好きで、この世の全てだと言ったのは――嘘だった、のか――?

 なんてくだらない思考なのだと気付いて、そこで考えるのをやめた。
 何を真に受けているんだ。
 成宮はただの幼馴染だ。それに男だ。
 そして何より、貴崎はもう死んでいる。

「あんたまだそんな事言ってんのぉ? いいかげんにしなさいよ! 自分の事だけじゃなくて、暴言吐かれた成宮君の気持ちも考えてあげたら? 彼はあんたを、助けようとしてくれたのよ?」
 死神も、たまにはまともな事を言う。
「どうせ夢で謝ったって覚えてないんだろ。そんなことしたって……無駄だ」
「無駄じゃないわよ。覚えてる場合もあるって……あんたさぁ、さっきの案内ちゃんと読んだの? どこまでバカなのよ、このガキ!」
 どうやら本気で怒らせたらしく、ユウコの口調が荒れてきた。
 
「だから……だから、もう本当に、どうでもいいんだって! 未練なんて天国行ったら忘れちまうよ」
 
 死神はそれを聞いてわずかに顔をしかめる。天国なんてとつぶやいて、一瞬言葉を止めた。
 
「天国なんて……。あの世なんて……無かったら、どうするのよ……」
 言うか言うまいか迷ったらしい言葉は、貴崎を多いに惑わせる。

 天国なんて――なかったら?
 あの世なんて――なかったら?
 じゃあ俺は、いったい死んで何処へ行くんだよ――。

「あんたは……あんたを殺した殺人犯が、いつか死んで地獄に落ちるとでも思ってるんでしょうね」
 開き直ったように、ユウコは早口で淡々と話し出した。
「でも実際はそうじゃない。詳しくは言えないけど……。殺した男も殺されたあんたも、ただの魂一つってことで、死んじまったら同じ扱いされんのよ」
「そ……そんな……っ! そんなの、不平等じゃねえかよ! もしこのまま俺の殺人事件が明るみに出なかったら、あいつが得して、俺損してんじゃん。ひと一人殺しといて、何もおとがめ無しってことないだろ!?」

「殺したのは一人じゃないわ。男はあんたを殺す前、同じ日にこの辺りで会社員を一人殺してる」
 そういえば男自身もそう言っていた。
 男が貴崎を車に乗せたのは警察の包囲網を抜けるためだったのだ。

「はっきり言っとくわよ。
 二人殺しても、そいつは地獄になんて落ちない。それを私達の世界ではね、平等と呼ぶの。
 死ぬってのはさ、全てを分け隔てなく無に返してゼロにリセットするって機構、システムのことよ。
 殺人を犯したから地獄に落ちる? 良い事したから人生苦しくても死んで天国にいける? 忘れられなかった未練も死んだら忘れられる? 笑わせんじゃないわよ。
 生きてるうちに得られなかったエンディングを、死後に期待してんじゃないっつうの」
 ユウコはそこで大きく息を吸った。

「この世は確かに矛盾だらけで不平等で、どうしようもなくくだらないけど。
 あんたの人生がつまんなかったのは――全部あんたのせいよ!
 自分で勝手に作った未練の処理くらい自分でしなさい!
 死んで忘れられるほど――あの世は甘かあないわよ」
  
 

 まるで母親のような怒り方だ。
 ああやはり、この女には子供がいたのだと、ふと思った。
 
 生きた人間には貴崎の姿が見えていない。それに対してユウコの姿やこの車は、通行人からは普通に見えている。
 女が一人、洒落たスポーツカーの車内で怒鳴り散らしている。
 どうなんだろう、この光景。
 成宮が先程の女と手をつないで遠ざかっていく、この状況でなければ、そんな冷静な考えも巡ったかもしれない。

 ユウコの怒声が終わるか終わらないかというところ、気がつけば貴崎は車外に飛び出していた。

 女の白いワンピースの残像を追って夜の街を駆け抜ける。
 絶え間なく迫って来る人々の群れは貴崎を避けようともしない。人の間を縫うようにすり抜けた。
 
 見失ったと一度足を止めたビルの脇、その路地裏に二人はいた。
 暗い中で二人は抱き合い、深く唇を繋げている。

 あの日と同じだ。
 生と死に分岐したレールを、貴崎の人生に、強引に敷いた魔の6秒間。
 
 あの時よりもずっと苦しいのは何故だろう。 
 見なかったことにして、また歩き出せないのは何故なのか。





「ねえ、来週は会えそう?」
「さあ……どうだろう。時間が空けば」
「待ってる」
「うん。出来るだけ早く連絡するよ」
 キスのあとも、しばらく抱き合ったままだった二人はゆっくりと身体を離した。
 
「じゃあ私……帰るね」
 引き止めてくれないのかとでも言うように寂しげな声だった。
「うん。ごめん……送って行けなくて」
「いいよ。明日早いんじゃ仕方ないもん」
「ごめん……」
「謝らないで。冬馬からの連絡、ずっと待ってるから、私」
「寂しいよ……俺も。必ず連絡するから」
 吹っ切れたような明るい笑顔で女は大きくうなずく。
 女は恐らく成宮よりも年上だろう。暗い路地裏、遠目でも分かるほどに美人だ。
 
 女が小さく手を振って大通りへ消えて行くと、成宮は踵を返して路地裏の奥へ歩いていく。
 何も考えられないままの貴崎が、その数メートル後を追う。
 当然成宮は、目には見えない貴崎の存在などに全く気付いてはいない。
 しばらく歩いたところで立ち止まって携帯を取り出し、誰かと話始めた。

「もしもし、父さん? ……うん、さっき店出たところだよ」
 嬉しそうでも嫌そうでもない単調な声音だった。
「うん……ごめん……。うん……わかってる、ただの遊びだよ……。今、どこ? ……部屋っていつもの? ……わかった。五分くらいで着くよ、待ってて」
 携帯を切ってジャケットのポケットに突っ込む。
 そして当然のように煙草を取り出し、慣れた手付きで吸い始めたのだ。
 ひどく疲れたような溜息と一緒に紫煙を吐き、また歩き出す。
 その無表情な顔に、優等生で幼馴染の爽やかな面影はどこにもない。

 五分ほど歩いた場所で、成宮を待っていたらしい人影がこちらを振り返った。
 街頭が殆どないうえ、人影の向こうにそびえる建物のネオンが逆光になるため見えずらい。  
 シルエットから、人影はどうやらスーツを着た男のように思える。
 成宮の父親は海外出張が多くて、一年を通しほぼ家にはいないはずだ。
 貴崎は数回しか会ったことがないし、その記憶も相当古いのだが、それでも何となく、目の前の人影は成宮の父親ではない気がした。

「冬馬。煙草は吸わない約束じゃなかったのか?」
 成宮が近く寄ると、男は開口一番、静かにそう言った。
「さっきまで一緒にいた女だよ。居酒屋で吸ってたから臭いがついたのかも」
 嘘だ。
 煙草吸ったのはお前だろ――?
 あんな清楚な女が煙草を吸うわけがない。

「まあいい。上がったら先に風呂に入りなさい」
「うん。そうするよ、父さん」
 成宮の声が少し緩んだ気がして背筋がぞくりとする。
 
 父さんと呼ばれる男がそっと成宮の腰に腕をまわすと、成宮は左右を軽く見回して人影がないことを確認し、男に身を寄せる。

 二人が静かに入り口をくぐった建物がどういう意味合いの宿泊施設なのか。
 経験浅い貴崎にも、さすがにそれくらいは理解できる。
 
 安っぽい装飾を、いかにも夜だけそれらしく、雰囲気のいい照明で照らし出している。
 昨日の夢よりもずっと悪夢なのだろう。
 見なければよかった、知らなければとよかったと後から後悔するのだろう。

 今はただ、身体が芯から冷えきり寒くて仕方ない。
 吐き気がするほど頭痛はするし、両足が重たくて上がらない。
 何一つ理解出来る要素を含まない現実に、死んでなお立ちつくす。

 誰なのかも、何故なのかも。
 何もわからない。
 ただし一つだけ――ユウコの言うとおり、この世はやっぱり矛盾だらけで不平等。
 
 そしてどうしようもなく、くだらないのだ。






【後書】
 ここまで読んで下さった方! もう直接電話でお礼が言いたいくらいです。
 自分でも驚きました……九千字。
 あれ、ここって元々ブログに見せかけた、ただの長文掲載サイトだった気がする……(しねえよ)。

 更新が少し早めだったのはですね……前回予想以上に『続きが気になる~!』という嬉しいコメントを頂きましたので♪ ほんと続けるもんだな~(*´・д・)*´。_。)ゥミュ
 おお、まかせとかんかい!っと頑張ってみたところ、ダラダラ長くなってしまいました。
 情景を見せるというよりは、ストーリーを進めるっていう方に傾きすぎたかなと……更新回数が少ない分、どうしても早足になちゃうんですよね(;^ω^)
 
 余談ですが、今無線ルーターの調子が悪くて、モバイルパソコンでネットが出来ないのです。
 リビングのパソコンでしかネットが繋がりません。
 なので今日は旦那が寝るのをずっと心待ちにしていた訳ですが……。
 
 てめえが起きてるからスペインが負けんだろうがよ――――!!!!!!!
 
 と、まあ。何度もテレビの南アフリカ越しに叫びそうになりました。

 彼は何故か、好きなものがことごとく世の中から姿を消していくという可哀想な体質の人でして。
 好きになったお菓子とかパンとかは、ことごとく店頭から姿を消します。
 ホント可哀想……と隣で指差して笑っていたら、最近私の好きな飴ちゃんの種類が一つ、店頭から姿を消したりします……畜生。やだな……夫婦って似てくるのかな(-´ω`-)シュン

 とにかく旦那よ、お前が寝てもFIFAはサッカーやめないから安心して寝なさられ。
 ハイライトとか見なくていいから( ゚д゚)ノアンシンセエ!!
 今は息子と二人で夢の中ですが……(;´・ω・)
 私もそろそろ、それに加わるとしますかな♪♪
 
 後日、別枠でコメレス入れさせて頂きます(ノ∀\*)
 ではでは♪
 £(。・"・)o†゚*。Good★night。*゚†o(・"・。)β 
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