二度瞬く [第五話]

『夢にとける』



「ねえ、その木の根元は――? 違う違う! 後ろの――そう。少し盛り上がってるでしょう? いかにも埋まってそうじゃなぁい? 死体が」

 言われて、泥にまみれた靴先でこんもりと膨らむぬかるんだ落ち葉を取り払うと、硬い地面が現れる。どうも数日以内に掘り返された跡はないと、遠くのユウコに首を振る。

 夜景スポットと呼ばれそうな場所をユウコの車――FDといったか――で適当に回り、時折車外に出ては深い森の中を歩いて探しまわる。
 探すと言っても、足を使って捜索していたのはもっぱら貴崎で、ユウコは低いボンネットに腰を下ろして副流煙を吐き出しながら、その奥が怪しいなどと指図するだけだった。

「おかしいわねえ。その辺の木の枝にでも、引っ掛かってないかしらぁ」
 白い手首を返し、エルメスとやらの細い腕時計に視線を落としながらユウコが言う。
 人の死体を落とした鍵のように軽く言うが、隠す方の男だって自分の身の安全がかかっているのだ、死ぬ気で隠すだろう。そう簡単には見つかりそうも無い。

 ずいぶんと暗くなってしまった空を一度見上げ、絶望的な気分でまた地面に視線をはわす。
 ズボンの裾には白く乾いた泥土がこびりつき、通学用のユニーカーは泥と落ち葉にまみれて元は何色の靴であったかが定かではない。
 その汚らしい足元が視界に入るだけで貴崎の口元は自然に歪んだ。
 この臭い枯葉の下に自分の全身が埋まっているかもしれないと考えるだけで吐き気がする。
 貴崎は身体や衣服が汚れることがひどく嫌いだ。
 潔癖症に近いと自分でも思っている。
 そして身体が汚れること以上に、泥まみれになってまで必死に何かにすがり付き、執着して這いずりまわる己の姿がこの上なく格好悪くて大嫌いだ――が、その対象が自分の死体となれば、膝から下を汚すことくらいは致し方ない。
 
 殺されて魂だけになってしまった貴崎には、七日以内に自分の死体を見つけて成仏する――正しくは成仏とは言わないのだとユウコは怒鳴るが――それしか残された道はない。
 理解出来る出来ないの問題ではなく、もうそれしかないのだとユウコは何度も言った。

 もう一度後ろを振り返ると、根拠一つ無く「なんとかなる」と自信たっぷりに言い切った死神は、貴崎のことなど素知らぬ様子で、高いヒールの靴をタイヤにかけて空気圧を確かめるように踏み込む動作を繰り返している。
 こんなことで本当に自分の体は見つかるのだろうか――深呼吸のように深い、身体の隅々にまでいきわたる大きな溜息を吐いた。




 結局その日、貴崎の死体は見つからなかった。
 そもそも死んだ場所すらよく分からないのだから無理な話なのだ。
 車の通りが少ない山中であったのは確かなのだが、殺されたとうの本人が、初めて口にした酒にほどよく酔っていたせいで、それ以外の情報が極端に少ない。
 
 夜十一時過ぎ。
 死体探しを諦めて、夜景が見えそうな場所を数箇所回ってから高速に乗り、貴崎は沈んだ気分で車外の流れる景色を眺めていた。
 
「あ、そういやあんた。最後に会って話しておきたい人とか、いる?」
 不意な質問に顔を上げる。

「会って話しておきたい、人?」
「そう。ほら、お世話になった人とかにね。最後に一言感謝の気持ちを伝えたいとか、初恋の人に一目会いたいとか……生きてりゃいろいろあんでしょうよ。こちらも一応サービス業だし? あんたの場合は時間も沢山あるわけだからぁ、まあ未練無くすっきり死にたいってんなら出来る事は協力させて頂くわ」
「生きてる奴と、話せんのかよ」
 死んで魂だけの貴崎は、今のところ生きた人間には見えない。早い話が幽霊なのである。

「まあね――。死んだ人間が夢に立つってあるでしょう。あれよ、あれ」
「俺が、夢に出るってこと?」
「そう。話したい人の夢に入んのよぉ、あんたがね。で、ひゅうどろどろっと人様の夢に登場して、生前は大変お世話になりまして、あ―ざしたって頭下げてくんのよ」
「人の夢に、入れんのか……」
 それは何だか楽しそうだ。
「……マジで?」
 少し明るく声を発して隣を振り向くと、ユウコは形の良い口角をきゅっと上げる。
「まあ夢でのことだから、起きたら死者と話したことなんて忘れちゃってる場合も多いけど。でも夢の中でなら、目見てちゃんと会話できるから」

 貴崎は少し考えてから「じゃあ――」と漏らす。

「じゃあ――、やっぱ親父と兄貴には会って話したい、かな……。世話になったし、ちゃんと礼くらいは――」
 本当は一言礼をいうくらいでは済まされないほどの迷惑を家族にはかけてきた。
 我侭だったと思う。
 貴崎の死を知った時――いつになるのかも分からない、ずっと先のことかもしれないが――その時の家族の心情を思うたびに、激しい後悔と悲しみにどっぷりと沈みこむ。その嘆きに底が無いことを知って今では意識して考えないようにしている。
 せめて、ありがとうと言いたい。
 夢の中でも何でもいい。
 一番の心の支えが取れるかもしれないと気持ちが浮きかけたところで、「ああ、ごめんなさい。言い忘れてた」とユウコが遮った。

「あんたの実家――貴崎神社だっけ? だめなのよぉ。神社・仏閣・教会、その類にはあんたみたいな生きても死んでもいない不安定な状態は入れないの。
 境内の中にある住居で家族が寝起きしてんでしょ? 鳥居なんてくぐったら、魂がこげてズルむけになっちゃうんだからぁ。
 日中に顔を見るだけなら境内から出た時に会いに行けばいいけど、夜中寝ている時に夢に立つってのは難しいわねぇ。旅行でもして境内の外で夜寝る機会があるなら、チャンスは無くもないけどさ」

「なんだよそれ。じゃあ、駄目じゃん」
 ぬか喜びだった。
 また顔を背けて窓の外を眺める。
 
 確かに貴崎の実家は神社だ。
 貴崎神社という名の小さな神社だが、小さい割にはちゃんとした由緒正しい歴史があるのだと神主である父は酒に酔う度自慢げに言う。
 年中無休なくせに一年を通して貧乏だし、正月はクラスメイトが参拝に来るから恥ずかしいし、これまで実家が神社だからといって良い思いをしたためしが無い。
 死んでまで家業が問題になろうとは。

 残念だったわね――とユウコは軽く言い、加速と同時に指示器を出して前の車を追い抜いた。
「他に誰かいないの? 友達とか彼女とか――ああ、彼女には浮気されたんだっけ? そんな性格じゃあ、親友もいないのかしら」
 挑発的に微笑む死神にムッとしながらも、親友という言葉で一人思い出した奴がいる。

「あのさあ、親友ってか……幼馴染なんだけど。俺、そいつに謝り忘れたことが一つあってさ――」




 それから四時間。
 奇妙な成り行きで、今貴崎は成宮の眠るベッドの脇から、幼馴染の穏やかな寝顔を見下ろしている。
 この部屋に入るのは何年ぶりだろう。
 最後にここに来たのは小学生の時だった気がする。あのころは毎日のように成宮の部屋に遊びに来ていた。

 成宮冬馬(なるみやとうま)はハーフだ。母親がブルガリア人だったかで、半分異国の血が流れている。 
 そのせいか小さい頃から一緒にいると兄弟に間違われるほど、見た目も性格も貴崎よりずっと大人びていた。
 幼稚園が一緒だったことから親同士が仲良くなり、その頃からの付き合いである。
 貴崎を困らせてばかりいる血の繋がった兄に代わって、成宮はよく貴崎の面倒を見た。貴崎も本当の兄のように、優しい成宮を独占して頼りきっていた。

 その関係が途切れたのは中学に入った時だったか。
 突然成宮が母親の母国で暮らす事になったのだ。
 中学三年間を海外で過ごし、ちょうど高校入学の年に帰国した成宮は、もう貴崎の知っている幼馴染ではなかった。
 偶然同じ高校へ通う事にはなったものの、バスケの国際大会に出場したことがある学生が入学するという噂で帰国する前から有名だったし、入学前からファンクラブらしきものが立ち上がったと聞く。
 実際に帰国してみると噂に劣らぬ程、成宮冬馬は容姿実力共に優れていた。
 男のくせに才色兼備という言葉が良く似合い、既にその頃クラスメイトと距離をおいていた貴崎には当然近寄りがたい雰囲気があった。

 何よりも、明るくて気が利いて誰にでも好かれる成宮のような人間こそ、貴崎がもっとも遠ざけたい性格の人間だった。
 なのに成宮は貴崎の気持ちを無視して、以前のように馴れ馴れしく接してくる。頼みもしないのに兄弟のように貴崎に世話をやいて心配する。それこそ、貴崎が学校から姿を消したくらいで息を荒げて町中を探し回る程に。
 そういう性格が嫌なのだ。
 そうやって、良い人だよねと誰にでも好かれて、チヤホヤされて、いつも優しく微笑んでいる。
 そんな成宮冬馬が――貴崎は苦手なのだ。

 一緒に通学しようと言われた時、周りの目を気にせず断っておくのだったと今でも思う。今この現状を向かえて、なおさらその思いは強い。
  
 薄暗い部屋の中で、豆電球が照らし出す整った顔を腰をそっと覗き込む。
 改めて見てみるとやはり異国の血が混じっているのだと感じた。
 パーマがかった細い髪の毛や高い鼻。
 悔しいが格好良いとしか言いようがない顔立ち。
 長いまつ毛で閉じられている瞼の下では、褐色の瞳が夢を見ているのだろう。
 その夢の中に今からお邪魔しようというのだから、なかなかに緊張する。

 貴崎は枕元にうずくまり、自分の前髪を手でかき上げて額を出した。
 ユウコに教えられたとおり、深呼吸を二回して、三回目で息を全て吐ききり、目を閉じて三秒間。寝息を立てる成宮の額に顔を寄せる。
 ち、近い――。
 動いていないはずの心臓が高鳴る。
 
 ギュッと目を閉じ、熱を測るような体制で互いの額を合わせると、一瞬熱いと感じた接触点がじゅっと音をたてて煮え立ち溶けていく。
 鉄板にアイスクリームを落としたような感触。
 不快な感覚にひるみそうになるが、後ろに引くことも出来ずに息を飲んでぐっと頭に力を入れた。

 触れては溶ける面積をどんどんと増し、死人は夢にとけていく。






【後書】
 皆様おひさしぶりでございます♪
 相変わらず早朝から作業しております(^^;)
 本当はもっと早く更新出来る予定だったのですが、結局こんなに遅くなってしまいました。スミマセン≦(._.)≧
 四月に入った頃は、もう眠たくて今日は起きれん!という日があったりもしたのですが、皆様からのコメを読み返したりして何とか頑張れました:*:゜・☆ヾ(TωT。)了└|力"├♪  
 今は子供がいても宇宙に行けちゃう時代ですので(素晴らしい!!)、家事があるから子供がいるから、時間がなくてやりたい事が出来ないってのは言い訳(あくまで私の場合はですが……)にしかならんのやなあ~と気付いてしまいましたw( ̄△ ̄;)w
 そろそろ旦那が起きてくるので、洗濯物たたんでお茶でも沸かしますか……(・_・)
 明日にでも感想コメの返信(←本当に遅くなってスミマセン(´;ω;`)や、時間があればこの後書もちょこちょこ書き直したいと思います♪
 ではでは<(_ _)>

 追記:今回コメレスは、コメントを頂いた場所に返信させて頂きました♪♪
    非公開の場合でも「RE:題名」で返信できることに最近気付きました(^^;)
    メールで返信させて頂いてる方もいらっしゃいますので、よろしくお願いしますm(_ _"m)
    あ、拍手コメのけいったん様。本当に遅くなってしまって申し訳ありません!!

    返信が遅れる場合がありますが、本当にコメントや拍手には多大な執筆の原動力を頂いております☆彡
    どうかこれからも御ひいきに<(_ _)>
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Re: 額から・・・!

 コメありがとうございます~♪♪
 死んで夢に立つって……もやはBLでも何でもない気がいたします(^^;) でも楽しんで頂けると嬉しいです♪ 訳の分からない設定で読者様を悩ませてはいけないと分かってはいるんですが……<( ̄∇ ̄) 出来るだけ分かりやすく書けるよう頑張りますので、ついて来て頂けると喜びます♪私がΣ(- -ノ)ノ

 本当に時間は作るもの!! 
 私も沢山のことを全部完璧にこなすのは無理ですが、せめて小説書く・絵を描くっていう表現方法(まあストレス発散方法なんですが……)だけは続けていきたいと思います☆彡 そうしないと、家事・育児・仕事だけする機械のような味気ない日常になってしまいますので(ノω・、) ウゥ・・・
 そんなストレス発散に付き合って頂いてる読者様方に(人-)謝謝(-人)謝謝でございます♪♪

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