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キングの買い物(番外)

 ガーゼ越しに想います

「お先に失礼しま――す!」
 広い体育館内で自分の声がこだまする。
 靴箱へ向かうと、副主将が弓道着のまま突っ立って誰かと話している。
「お――、遠野。もう帰んの? なんだ、またミキティーとデートか?」
「野木先輩! その呼び方やめて下さいって! ミキさんは年上なんですから……それに言いましたよね? まだ付き合ってませんて……」
 振り返った野木先輩の向こうに、栗色のパーマがかった小さな頭が見えた。
 菅原先輩だ。
「あ、菅原先輩。どうも……」
 すると僕からわざと目をそらす様に靴箱の方を見つめたまま、頭を軽く縦に振る。
「シノ先輩って優しいし可愛いよね――」って同級生はみんな言うけど、何だか僕に対してだけ態度が違う気がする。
 何故だろう。
 夏休み中、あんなに見舞いに行ったのに。
「男女共に人気急上昇中のホープが年上女に片思いかよ、勿体無ねえ。俺がデートしてやろうか? ミキちゃん忘れさせてやるぞ――」
「や、やめて下さいよ!」
 ニヤニヤと悪戯に笑う顔を睨む。
 野木先輩、いつもは真面目なのにどうして菅原先輩の前だと、こうやってホモネタを言ったりするんだろう。
 ほらみろ。菅原先輩が殺気のこもった目で僕を睨みつけてるじゃないか。
 そういう男同士とかのネタは冗談でも嫌いなんだよ、この人は。
 気持ち悪がるのは言い出した野木先輩の方にしてくれよ。
 野木先輩もどうして菅原先輩の異変に気付かないのか不明だ。
 
 そもそも、この二人の関係性が未だもって僕には謎だ。
 夏休み中の部活終わりのしんどい時に無理やり菅原先輩の見舞いに同行させられたと思ったら、病室でも二人は殆んど話さない。
 変なホモネタで野木先輩が僕をからかってくるので、菅原先輩の機嫌がやたらと悪くなる。
 相当嫌われていると思っていたら、僕が一人で病室に寄ったりするとニコニコして好きな人の話なんか聞いてくるし、丁寧に相談にも乗ってくれる。そうかと思えば、僕が一人で見舞いに行ったと知ると、今度は野木先輩の方の機嫌が何故か悪くなる。見舞いに行っても、大して喋らないくせに。
 お互い面倒な表面上の付き合いなのかと思っていたら、今日みたいに菅原先輩が野木先輩の部活が終わるのをずっと体育館の玄関で待っていたりする。
 何なんだよ、あんた達。訳分からない。
 何でもいいから、僕を巻き込むのはやめて下さい。
 今僕はそれどころじゃないんです。
 
「じゃあ、お先で――す」
 菅原先輩の痛い視線を受けたまま、体育館から逃げるように飛び出た。

 もう夕方の六時をまわっているのに、外はまだ明るくむしむしとしている。
 一度家に帰って私服に着替えてから、また急いで蒸した空気の中に飛び出る。

 しばらく歩いて、見慣れた病院へ辿り着く。
 道路の向かいにある花屋でいつも通り小さな花束を買ってから、病院のエントランスへ入る。


 夏休み中、それほど面識の無い先輩の見舞いは面倒で仕方なかったが、そのおかげで僕はここで運命的な出会いをした。

 東棟と北棟を間違えて、個室の並ぶ廊下に迷い込んだ僕は、半分開いたドアの向こうから誰かに呼び止められた。
 声がした個室を覗くと、ベッドで寝ている患者がうなされたように誰かを呼んでいる。
 ユウキ? ユキ? よく聞き取れないが、女の名前を呼んでいる。
 中へ入って顔を覗き込むと、表面殆んどがガーゼで覆われていて分かりにくかったが、若い男だということは分かった。眠ったまま眉間に皺を寄せ、苦しそうにしている。
 人を呼ぼうとナースコールに手をやると、僕の腕を包帯でグルグルの手が掴んだ。

「……ユーキ。 ごめんな……」

 そう言って、その人は泣いていた。
 いつのまにか開いていた瞼から、溢れる透明の膜に覆われた暗色が、宝石の様に美しく、悲しそうに覗いた。

 制服姿の男子高校生なんかを、何故女と間違えるのだろうと思った。
 
 でも僕はどういう訳か、それ以来その人から離れられなくなってしまったのだ。


 ノックをしてから部屋の中へ入る。
「三木さん?」
 名前を呼んで近づくと、ガーゼが取れて露出した整った顔立ちがいつものように寝息を立てていた。
 三木 聡。どうやらこれが、僕の運命の人の名前らしい。廊下のプレートにそう書いてあるから間違い無い。
 三木さんは夕食後の薬のせいで、部活終わりに僕がここに来たときには大抵眠っている。

 起こさないように、静かに花瓶の傍へ行き、洗面所で前回僕が飾った花を捨てて、新しく買ってきた花を飾る。
 一ヶ月以上通っているが、この部屋には全くと言っていい程見舞い客がいない。
 一度だけ若い男が二人来たらしい。「ねえ、今日来てた人達って三木さんの親戚? あの格好良い金髪の人も?」と、興味深深に看護師に聞かれた。
 僕の事を知っても不信がらなかったらしいので、三木さんの身内では無いのだろう。
 だから僕が「遠い親戚で、三木さんの家族から身の回りの世話を頼まれました」と嘘を言っても誰も疑わない。
 何度か僕の前で目を覚ました三木さん自身も信じているようだ。と言っても、薬のせいでぼんやりしているので殆んど喋ってくれないが。
 せっかく目を開いても僕が制服のままだと、何故か僕の事を「ユウキ」と、見舞いにも来ない薄情な女の名前で呼ぶので、絶対家に帰って着替えてから来るようにしている。

 眠っている指先に古い新聞紙が置かれていた。
 またこれを読んでいたんだ。
 新聞を拾い上げて、気になる小さな記事に目をやる。
『三木衆議院議員の別荘が全焼』
 一ヶ月以上前の新聞で、ベッドに掛かるプレートの入院日と同じ日の火事の記事が載っている。
 三木衆議院議員……三木さんとどういう関係なんだろう。
 手の甲に残る酷い火傷の痕といい、この記事の内容と無関係とは考えにくい。
 ただ新聞には『別荘は誰も使用しておらず、人的被害は無かった』と書かれている。

「聡さん……」
 椅子に座ったまま三木さんの顔の横に頭を倒して、肩に腕を回し、上半身だけ添い寝をする。
 顔の先数センチで聞こえる吐息が心地よい。いつも通り、このまま面会時間終了までの限られた時を過ごす。
 今、三木さんの意識が戻ったら、どんな反応をするだろう。
 きっと気持ち悪がられるんだろうな。
 それでも僕は三木さんが好きだ。
 三木さんが元気になるまでの間だけでも、近くで支えてあげたい。
 
 本当はあんな風に恋人同士みたいな事したいけど。


 僕は一昨日の放課後、すごい光景を目撃した。
 忘れ物を取りに廊下を歩いていると、横目で通り過ぎようとしている教室の中に人がいるのがわかった。
 ふとそちらに目をやると、夕焼けの逆光の中で誰かが机で勉強している。
 ところが、その勉強している誰かの影と、前に立っているもう一人の背の高い影の、顔の部分が繋がっている。
 何故あんなに顔が接近しているのだろうと不思議に思って、足を止め、目を凝らした。
 
 どう見ても、キスをしていた。
 
 それも、椅子に座ってキスされている方の顔に見覚えがあった。
 眼鏡が反射して表情が読み取れないが、よく野木先輩や菅原先輩と一緒にいる人だ。
 名前は黛? だったか、とにかく頭が良いっていうのだけは知っている。
 
 机の前で屈みながら先輩の唇の感触を確かめるように何度も口付けする顔が、誰だかよく確認できない。
 スーツを着ている。教師か? 確実に男なのは確かだ。

 男同士のキスなのに全然気持ち悪いと感じず、扉から左目だけで覗いて、盗み見してしまった。
 完全に僕の方が変態だ。
 
 間もなく二人の影が離れて、なんだか僕がホッとする。
「アツキ……」
 小さな高音が響く。
「学校では先生だろ?」
 深みのある重低音。
「はい。せんせぇ……」
 甘く切ないテノールに上から溜め息を漏らし、スーツの男が先輩の眼鏡に手をやった。
 カチャリと音を立てて、眼鏡が机に置かれた。
 熱に浮かされたような表情で、ウットリとしたまま半分閉じた瞳で男を見上げている。
 黛先輩って、あんなに色っぽい顔してたっけ。

 また屈みこむ男の正体が何となく分かった。
 確か新しい数学の先生だった気がする。自分は授業を受けた事は無いが、たまに校内ですれ違う。
 生徒と教師が、それも男同士で、こういうのって有りなのだろうか。
 
 黛先輩が何かを待つように静かに瞳を閉じると、また二人の影が重なった。それも、さっきより深く。
 先生の右手が先輩の後頭部にかかり、どうどんと影の重なる面積が増す。
 先生の左手の指が、机の上の先輩の手の甲をスッと撫でる。
 
 有りだな、これは。 

 夕方の赤い陽の中で、その神聖とも思える二人の影が僕の目に焼きついてしまった。
 ドキドキしながら見入っていると、一瞬先生の薄く開いた目がこちらをギラリと睨んだ気がして、怖くなって逃げた。
 
 今日一日ずっとあの重なった影を思い出して、のぼせていた。
 職員室前の廊下であの先生と出くわして、顔を見た途端、意味不明に反対方向へ走って逃げた。
 野木先輩や菅原先輩は二人のことを知っているのだろうか。
 いや、冗談でも男同士のそういう話に嫌悪感を示している菅原先輩が、そんな事を知って黛先輩と一緒に居たりするはずがない。
  


 僕も三木さんといつかあんな風に、夕焼けの教室の二人みたいになれたら、どんなにいいだろう。
 ユウキなんて女より、ずっと支えてあげられるし、ずっと隣にいてあげられるのに。
 目を覚まして僕のことを好きになってくれないかな。

 次、三木さんが目を覚ましたら、この感情を口に出してしまいそうで怖い。
 それが怖くて、三木さんが起きている時間帯にはわざと来ないようにしている。
「キスしてもいいですか?」
 いきなりそんな事を言って病人を驚かすのは良くない。
 でもそろそろ、サラリとした硬い素肌に直接唇で触れてみたい。

「三木さん……」
 包帯越しの首筋に囁く。

 三木さん。
 僕がずっと傍にいるから。
 どれだけ時間をかけても、三木さんの傷を完治させてみせる。
 心の傷も、身体の傷も。
 きっとこれは運命なんだ。
 このために僕は生まれてきたんだから、もう離れられない。
 三木さんが僕のこと好きにならなくても、ずっと傍にいるから。
 だから
 だから、いつか
 ちゃんと僕の名前を……

 面会時間終了を伝えるアナウンスが流れる。
 目を開けると、窓の向うがいつの間にか真っ暗になっていた。

 クーラーの効き過ぎを心配して、起き上がってから布団を三木さんの肩まで上げる。

「おやすみなさい」
 
 眠る運命の人を想いながら、いつものように頬のガーゼにキスを落とした。


                       (完)



【後書】
ご無沙汰しております。16でございます。
いや――、気が付けばカウンター1000ヒット超えておりましたね(●`w´●)ニァ・・
ということで、ささやかなお礼と致しまして、番外を一本アップさせて頂きました。
時間軸は夏休み明け、シノと野木が付き合い始めた頃って事で……(←適当)
突発的に急いで書きましたので、いまいち浅いストーリーですが。
更に主人公、誰だよお前は。そう言うなかれ。初の純粋少年でござ――い。
書く人間の性格が歪みきっているせいか、純粋な人を書くのって難しい。
私だったら……私だったら、今がチャンスと寝ている人間を襲いますが、何か?

1000ヒットに加え、もう一つ嬉しい事がありまして、サイト「オリジナルBL小説リンク集」様に「キングの買い物」のリンクを加えて頂きました!!
読者の方が推薦して下さったとの事!
どこの誰かは分かりませんが、本当にありがとうございます。
感謝の気持ちが届くように、寝る前に祈っておりますが、ちゃんと届いていますでしょうか?( ´Д`)キモイッ!

ちゃんと表記しておりませんでしたリンクについては、こんな奴でもリンクしてやる!という男前な方はご一報下さいませ。
バナーなんて上等な物はございませんが。゚(●'ω'o)゚。うるうる

新連載のプロット作りを何とかお盆中に仕上げるため頑張っています。
少し間があきますが、恐らく17日か18日スタートになると思います。
 
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テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

キングの買い物(番外)

 キングな夜

「もう一本だけ、かけさせてくれ」
 そう言いながら助手席の金髪の男が、青白く光る携帯の画面を覗きこんでいる。
「あぁ、悪い」 
 自分のために何本も電話をかけている幼馴染に軽く頭を振って返事した後、窓から外を覗く。
 
 車内と同じ闇の中で、やたらと分厚い門の奥にたたずむ古そうな洋風建築の家を眺める。
 豪邸……と言えるのだろうか。
 豪邸とそうじゃない家との判定基準がよく分からない。
 少なくとも自分の実家に比べれば、遥かに小さい。
 だいたい玄関から門までの距離が無駄に長い。
 あれでは客が来たときに何メートルも歩いて出迎えに行かなければならず、自分がしんどいだけだ。金を使ってわざわざ自分が疲れる家の造りにするというのは、どういう発想なのだろう。
 教師を目指すために生まれて初めて住んだ一人暮らし用のアパートの方がずっと住みやすいはずだ。狭いという事があんなに素晴しい事だとは思ってもみなかった。
 なぜ執事や家政婦を雇わないで、あんな不便な家に住んでいられるのかが謎だし、なぜ召使的な人間を雇わないかも謎だ。
 教師になった暁には、この世の全てが理解できる様な気がしていたが、そうでも無かった。教師になって多くの事を見聞きするようになってから、余計に分からない事が増えた気がする。

 今日この家を訪れるのは二度目だ。
 夕方に教師らしく、退学届けを直接生徒に届けに来たのだ。
 黄昏の中で手紙の束に目を通している少年を見つけた。
 
 その少年の背中にあったはずの羽がもぎ取られていた。

 
 俺の前に天使が降ってきたのは、もう一年半程前になる。
 
 自分が経営を任されたバーからそれほど遠くない風俗街の裏路地のゴミ置き場で、人一人入れそうな大きな青いゴミ箱にもたれ掛り、足を投げ出して地面に座り込んでいた。
 外見も中身も絵に描いた様にボロボロだ。
 なぜ自分はこうも満たされないのだろうと、薬漬けの頭で考える。
 有り余る程の金で欲しい物も人も全てが手に入るのに、何故だ。
 
 先程手放したばかりの買い物の顔を思い出す。
 「ありがとう」そう小さく呟いた泣き顔が、自分よりもずっと幸せそうに見えた。
 好みの人間を買っては、最終的にそいつに金を投げて自由にしてやる。 金と言っても貧乏人の借金なんて、こんな金額で人生を売るのかと反吐が出る程くだらない桁数だ。
 最初はいつもそんなつもりは無いのに、何故か最後には喜んだ顔が見たいと思ってしまう。
 別れ際に礼を言われると、一瞬満たされた気がして俺は間違っていなかったと思う一方、その後の虚無感と言ったら死にたくなるほど苦痛だ。そのせいで、また薬や酒に溺れる。その繰り返しだ。

 煙草を吸おうと胸のポケットの位置を掌で確認すると、ペシャリと箱が潰れる感触で切らしている事を思い出した。

 すると奥の裏道から、天使が煙草を吸いながら歩いて来た。

 見間違いでは無く、ちゃんと背中にふわふわとした羽を生やして、身体全体が薄ぼんやりと白く発光している。今思えば薬の力ってのは大したもんだ。
 息をするのを忘れて、目をこらした。
 
「よお、そこの天使。 煙草くれよ」
 思い切って呼びかけると、大通りに出ようとしていた天使が振り返る。
 声の出所を確かめるように、眉をひそめながらこちらを覗き込む。
「ちょうど今切らしてたとこだ。俺に煙草渡すためにわざわざ天から降って来てくれたんだろ?」
 一二歩寄ってきた天使が、ゴミ置き場に座り込む俺を見つけ怪訝そうな顔をした。
 天使に自分の声が届いた事が嬉しくてニヤニヤと笑う。
 近くで見るこの世の者では無い姿は、透き通っていて本当に美しかった。
 幼い顔付の下をよく見れば、制服のようなブレザーを着ている。
 天使は大通りの方を振り返ったりして、少し悩んでからポケットから煙草を取り出し、箱ごとこちらに投げた。
「悪いな」
 膝に転がった箱から一本煙草を取り出し、投げ返そうと腕を上げた。
「あげるよ」
 初めて聴く天使の澄んだ小さな声に一瞬意識が遠退く。
「……いいのか?」
「いいよ。俺今日金持ちだし」
 そう言いながら吸っていた煙草をアスファルトに落とし、靴で踏みねじった。最近の天使はマナーが悪い。
「へ――、その割には浮かない顔だな」
 地面から視線を上げた天使の顔は、何かに落胆したかのように沈んだ無表情が張り付いていた。
「金持ってるのに幸せじゃないって事あるのか?」
 自分で言って、自分の事だと気付く。
「どうした、天国に帰れなくなったとか? 俺に相談してみろよ。煙草の礼だ」
 天使は寂しそうに少し微笑んだ。
「お兄さん教師かなんか?」
「なんだ、教師じゃないと相談できないような事なのか?」
「別に……」
 
 途切れた会話の隙間が、大通りのにぎわいのせいでやけに静かに感じた。
「沢山……大切な物、無くしたんだ……」
 うるさいざわめきの向こうで、凛とした呟くような声が微かにだが、はっきりとそう言った。
 そうか、それで天に帰れなくなって悲しんでいるのか。
「その無くしたものって何だ? 金で買えるのか?」
 自分の汚れた手で天使を救える錯覚に陥り、上半身を起こして聞いた。
 天使は儚げに微笑んだまま、今にも目の前から消えそうなほど透明度を増した。
「なあ、何なんだ? その無くした物って。俺が何とかしてやるよ」
 気が付けば言葉に力が入って、真剣になっていた。
「お兄さんホント教師みたいだね。素質あるよ。教師になれば?」
 初めて天使が鈴の音のような笑い声をあげた。

「俺が教師だったら……お前の事、助けてやれるか?」
 消えようとする白い影にすがる思いで身を乗り出した。
「さあね。でも教師だったら……また会えるかも」
 意味ありげな言葉を最後に残していこうとする。

「ちょっ、待ってくれ! 消えるな! 
 お前の事……絶対助けに行く。その無くしたって物、俺が取り戻してやるよ。で、天に帰してやる。
 だから……だから俺の事忘れないでくれ……」

「それは無理かな……。俺、精神科の薬飲んでるから、たぶん忘れる。今日は忘れたい事ばっかりだったし……明日になれば、今日の事と一緒にお兄さんの事も忘れてると思うよ?」
 天使の悲しそうな声が路地裏の汚い空気を小刻みに震わせる。

「お兄さんの事だけじゃなくて……他のいろんな事もどんどん忘れていく。沢山大切な物を失ったって事も……それでいいんだ。そうやって忘れるから、生きられるんだよ……」
 
 違う。
 それは絶対違う。
 俺がどれだけ多くの過ちを犯して、間違った生き方をしてきた最悪な人間でも、それだけは違うと言い切れる。
 畜生。天使にこんな事言わせるようなまねしたのは、どこのどいつだ。
 
 俺がこいつを救ってやる。
 こいつに教えてやる。
 忘れるために生きてるんじゃなくて、忘れないために生きられるんだって事を。
 忘れられないくらいの素敵な思いを、その思いのために生きていけるような、そんな風に思えるって事を絶対教えてやる。

 気が付いたら天使は姿を消していた。

 放心状態の頭に、いつかくだらない賭けに負けたせいで取らされた教員免許を思い出す。

 ボロボロの身体を持ち上げて、自分の部屋へ向かう。
 いつの間にか走っていた足を止めて、ドアを開ける。
 
 くたびれたソファーに寝そべって名前も忘れた高校生のガキが携帯ゲームで遊んでいる。幼馴染の金髪が腕を組みながらそれを覗き込んで楽しく雑談していた。
 俺が駆け込んで来た事に驚いて顔を上げた少年が、天使と同じ制服を着ていた事に、その時は気付かなかった。

「俺の前に天使が堕ちてきたんだよ……だから教師になる」

 待ってろ。絶対俺が迎えに行く。
 俺の顔を忘れなくてもいいような世界を教えてやる。

 最低限の物だけをポケットに入れ、ゲームを手に持ったまま口を半開きにして固まったガキと、慌てて携帯を取り出し誰かに助けを要請しだした幼馴染を置いて、廊下に出た。
 
 裏口のドアを開けると、無数の小雪が先ほど別れた天使の涙のように闇を伝って、地面に落ちていた。


 次天使に会ったのは、驚いた事に自分の経営しているバーの奥の個室だった。
 一年半ぶりに幼馴染の女みたいな顔を捜して半分開いていた扉の中を覗くと、何度も夢で再会を果した天使が、ソファで横になって男と舌を絡ませていた。
 
 天使は俺に気付くと挑発するように唇を繋げたまま笑った。
 救えるものなら救ってみろ、と。

 苦しみながら薬漬けの身体を何とか漂白した後、教員採用試験のために何ヶ月も狭いアパートに暮らし、生まれて初めて自分の力だけで生活をした。
 自分の脆さを知り、この上なく惨めな日々だったが、ずっと捨てれずにいる煙草の空き箱を眺めながら天人の声を思い出して耐え抜いた。
 
 ところが、やっとまともな社会人になった俺と入れ替わりに、天使は天国からは一番遠い暗黒の深海に溺れていた。 
 地球上で一番重たい重力と水圧が天使の身体を押しつぶそうとしている。
 
 風俗街の裏路地に金をもった綺麗な少年が歩いてる。
 それが何を意味しているか、薬中を脱した脳ミソは痛いくらいに解答を点滅させた。

 それから深海を覗き込んで手を伸ばす事に躍起になった。
「先生。俺さ、好きな人と一緒に住む事にしたんだ」
 その言葉を聞いて、やっと差し伸べた手を掴んでくれた喜ぶ反面、傍に居れなくなる事を思い辛くなる。
 でも天使の隣にいるのは自分ではダメなんだと言い聞かす。
 いつか自分を見失って天使を犯しかけた。この手で羽をむしりかけた。
 この世の者では無い美しい身体を欲して、これ以上汚す事があってはいけない。
 愚かな自分のために天使を地上に留めておく訳にはいかないのだ。

 そう思ってオレンジ色に染まる放送室で、やっと掴んだ手を離した。
 飛び立つ後姿を見送るように。
 これがこいつのためなんだ。
 
 そう思った。……そう思ったから、手放したのに。
 
 二度目の再会を果たした時、蒸した夕日に炙られて、天使はただの少年になっていた。

 痣だらけの白い肌や、眼帯をした生気の無い表情を思い出すだけで、頭痛がするほど怒りが込上げる。

「ああ、そういう事だ。頼む。じゃあ」
 話が済んだらしく、助手席の男が電話を切って携帯を閉じる。
「三木衆議院議員と連絡がとれたよ。命以外は好きにしろ、だそうだ」
「自分の息子相手に酷い奴だな」
「それくらい図太くなけりゃ、一端の内科医が政治家なんかになれるもんか」
「まあこれで何してもチャラだ。冷たい親をあの世で後悔すればいい」
 今からの事を考えるだけで、口元が緩む。
「おい、アツキ。ちゃんと話聞いてたか? あ? 命以外は、だ。死体処理する手配なんかしてない。お前昨日みたいな事になったら、俺がお前を殺すからな」
 優しいはずの幼馴染が上半身をこちらに向けダッシュボードに肘をかけて、本気で怒っている。
 昨日見たばかりとはいえ、口調と表情が急変するのでゾッとする。
 ユキヤの居場所を聞き出した男を意味も無く自分の部屋で殺しかけて、止めに入った幼馴染を怒らせた。
「分かってる。いつまでもガキ扱いすんな……」
 二歳年上というだけで、こいつには子供の頃から頭が上がらない。
「警察にも一応手は回した。ああ、マサトさんには後でアツキから直接伝えてくれよ。いろいろ文句言われるのは嫌だ」
「わかった……」
 嫌な奴への電話を頼まれてしまった。まあ、自分のせいで起こる揉め事なので仕方ない。
「まったく……。岡田組の次は三木財閥か……。アツキのクラスは問題児だらけだね。教師になってからの方が面倒が増えるってどういう事だよ……」
 また昨日と同じ文句を垂れだした。
 シノは俺のクラスじゃないと言い掛けたが、更に怒りそうなのでやめた。
  

 もう一度外に目をやると、豪邸と呼べるらしい家の明かりが一つ増えている。
 明かりが点いていたのは玄関だけだったが、二階の庭に面した部屋の窓にも明かりが点っていた。
 天使があそこにいる。

 家にいる事を確認するため、携帯の電話帳から今日新しく上書きしたばかりの生徒の番号を表示させてボタンを押す。
 しばらくして呼び出し音が途切れた。

「ユキヤか? 今家にいるのか?」

 繋がっているのかと疑いたくなる程、何も音を発しない。

「先生。いろいろ本当にありがとう。……でもゴメン……俺……もう疲れたよ」

 今から死ぬ者の声だと思った。
 血生臭い裏社会でキングなんて呼ばれてたら、今から消えていく人間の声くらい区別がつく。

「おい! ユキヤ!?」

 一度繋がった天使の名を呼ぶが、返事がない。
 遠くからガラスが割れる音が聞こえて、顔をしかめる。

「吉野。急ごう」
 低い声で呟いた後、車のドアのロックを外す。

 もう優しい教師を演じるのにも飽きた。
 職権乱用・公私混同、上等じゃないか。
 教師になっても、好きな奴ひとり救えないんじゃ意味が無い。
 今必要なのはキングの力だ。

 ドアをうるさく閉めて、点ったばかりの小さな灯りを振り返る。

 待ってろ。
 約束通り迎えにいく。
 残念ながら、血みどろなキングの手では天に帰してやる事は出来そうもないが。
 
 例え暗い深海に二人で沈む事になっても
 
 もうお前は一緒に連れて行く。
 
 ユキヤ。



                             (完)


【後書】
本当は本編に入れるつもりのお話でしたが、椎名視点の番外として出させて頂きました。
こういう裏話があったんですね~( -Д-) ゚Д゚)フムフム
ちょっと何考えてるか分からない先生の事を分かっていただける要素にはなりましたでしょか??
あ、いつも通りイメージと違いましたって方いらっしゃいましたら(;´・ω・`)ゞごめんなさい

えっと今から歯医者に行きます。( ゚д゚)シラネーヨ…
この話が明日とか来週の始めに上がる予定でしたので、予想外にお盆までちょっと時間が空きましたね……。
まあ、もう一つくらい話書くか、絵描くか、何もしないか……分かりませんが。
とりあえずお盆明けからは、新連載書かせて頂きますので、お付き合い頂きますと幸いです(('ェ'o)┓ペコ

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キングの買い物(番外)

 野木の気の記 (下)

 「野木は知ってたのかよ。キングとシノが元セフレだって事……」

「何それ……」
 いきなり問題発言をした黛の顔が今にも泣きそうに歪んだ。
「さっき、シノがアツキにレポート返された時、言ってたんだ『元セフレだった分ちょっとは多めにみてよ』って……」
 黛はキングの事、名前で呼び捨て出来んだ。すげーな。
 俺がアツキって呼んだら、バイトのクビと数学の単位が同時に吹っ飛ぶんだろうな……。 
 いや、そんな事どうでもいい。
 何言ってんだ、シノ。
 どうしたら熱々のカップル目の前にしてそんな事が言えるんだろう。
 お前キングに殺されるつもりなのか。

 すると向こうの理科準備室のドアがもう一度開き、中から今まさに話題沸騰中の色男が出てきた。
 すっきりとした表情でネクタイなんぞを締めなおしながら、こちらをチラッと見た後、ドアに鍵を閉めて何も無かったように向こうへ歩いていった。
「で、シノのせいでキングと修羅場ってきたわけ?」
「シノのやつ……普通ああいう事、思ってても俺の前で言う?」
 随分とご立腹だ。この表情だとキングとの交渉決裂とみた。
 本当は恋人として俺が謝るべきなのか。絶対無理だけど。
 シノがそういう奴だとは分かっていても、キング相手となると結構イライラくる。その事を特に後悔してないあたりも。

「キングとは仲直り失敗か?」
 黛の顔が更に赤く染まった。こうやって見たら完全に女だ。
「……失敗って訳じゃないけど……。話したくないって言ったのに引っ張って行かれて、じゃあ許さなくていいから、とか言って無理やり……」
 黛の火照った身体と、キングのさっぱりした表情の理由が線で繋がって、かなり引いた。
 だからか、ストッキングに派手に伝線がいってるの。足首から太腿にかけて大きく裂けていなければ、素肌の様に薄いストッキングを履いているとに気が付かなかっただろう。
 何考えてるんだ。あの変態教師。
 黛が女で俺が事情を知らない奴だったら、今すぐに警察に電話してる。
 そんな事されても仲直り失敗と言い切らないところが黛らしい。
「合意の上だ」って言い張るんだろうな。キングの野郎も。
 みんなそう言うんだよ。強姦犯は。
 昼は隣のクラスの優しい副担任で、夜は恐れ多いキング。羊の皮をかぶった狼だと思っていたら、狼の皮をかぶった狼で、ただの狼だった。せめて日の照る内は羊の皮を着用しろ。
 俺の気持ちがグッと遠退いた事に気づいた黛が「あ、何も無い。忘れて……」と走り去った。
 そこまで気付かされて、忘れられるか。

 視聴覚室に入ると、シノが走り寄って来て、腕にまとわりついた。
 黛とは違い女子用の制服を着ている。身体が小さいからサイズがピッタリなんだろう。
 甘えた目線で見上げながら、身体を密着させてくる。
 人目を気にせずこういう恥ずかしい事をしてくるが、元々学校ではこういうキャラで通っているので誰も不審に思わない。
 俺に何か話し掛けようとシノの口が開いたが、横から同じクラスの実行委員の女子がイライラしながら話しかけてきた。
「野木君、黛君見なかった? も――、踊りの練習始めたいのに――。まだ椎名先生との話終わらないのかな……」
「ああ、さっき廊下で会ったけど……」
 廊下で会ったけど……、すぐには来れないと思います。踊りの練習する前に、既に一汗流していたので。
 お前のせいでな……シノ。
 そう思いながらシノを見下ろすと「ユーキに会ったの!? なっ? やっぱり僕の方が可愛いだろ?」と無邪気にじゃれている。
「あの二人ほんと仲悪いよね――」
 隣のクラスの女子が登場した。長くなるぞ。この手の話を女子がしだすと。
「そうなの?」
「うん。だって黛君、椎名先生の授業全然聞いてないもん。問題あてられても真っ赤な顔して答えないし……。よっぽど椎名先生の事嫌いなんじゃない?」
「だから無理やり引っ張って行かれたんだ!? え――、でも意外! 黛君て頭も良いし、もっと真面目な子だと思ってた――」
 俺もそう思っていたかったよ。
「椎名先生も、わざと黛君にしつこく問題振ったりして結構怖いのよね――」
「あ――! わかる――! あの先生って優しいのに、たまに殺し屋みたいな目する時あるよね――」
 本性バレてんじゃん。すごいな女子の眼力。
「でも――、うちのノリちゃんはそういう、謎めいた所に惹かれちゃったってわけ!」
「きゃ――! 牧内先生本気なんだ――!?」
「ユミの話聞いた? この前ユミが放課後職員室に行ったらさ――」
 開始二分で噂話にリンクしていったので、放っておいて教室の隅にシノを引っ張って行った。

「ねえ――ひろとぉ――。なっ? なっ? 僕の方が可愛い?」
 可愛い。黛より遥かに。今ここで押し倒したいくらい。
 そう本心を言ってやったら喜ぶだろうな。

「キングと元セフレなんだって?」

 もちろん本心は口に出さずシノを見下ろす。
「あっ……。ユーキが言ってたの……?」
 無邪気な笑顔が急に曇り、気まずそうに俯きながら俺の顔をチラチラ覗く。
「まあシノの事なんて俺には関係無い事だから、どうでもいい」
 そう冷たく笑って背を向けた。
「ひろとぉ……」
 シノが呼び止めるのも聞かずに、視聴覚室を出た。

 理科準備室を通りかかった時に携帯が鳴った。
 シノからのメールだ。
『今日帰りに部屋寄ってもいい?』
 まあそう言ってくるだろうとは思っていた。
 ダメだって言っても、シノは絶対来る。
『その格好でならいいよ』
『じゃあ夜になるけど、練習終わったら寄るね』
 最後の文に絵文字を入れてきたあたりが、切り替えの早いシノらしいと思った。
 俺が返信した事に喜んでいるのが丸分かり。
 案外俺が簡単に許すとでも思っているのかもしれない。
 今晩来たらどういう事になるのか分かってんだろな、こいつ。
 絶対自分に歯止めがきかない自信がある。

 部活中もシノの事で頭が一杯になり、今日俺が放った矢は一本も的に当たらなかった。 
 
  
「シノ……好きだ。愛してる……」
 柔らかい癖毛を指で梳かしながら、ずっと言えなかった本音を可愛い耳に呟く。
 ただしシノの反応は無く、後ろから熱い脇腹に指を這わせると、返事の代わりにぐったりとした敏感な身体がピクンと痙攣した。

 さっきまで悲鳴のような喘ぎ声のリズムに乗って壁で踊り狂っていた影絵が、今はシノのすぐ隣に横たわり二人分の影を重ねてより深い闇を作っている。
 この影のように自分の身体もシノの身体も溶けて、渦を巻いて混和した後一滴の濃い液体になって落ちた。

「好きだ……シノ……シノ……愛してる……」
 相手の意識がある時には我慢してしまう言葉を、ここぞとばかりに吐き出す。
 
 こんなんじゃダメだ。
 シノを傷つけてばかりいる。
 五年も忍耐強く我慢したくせに、いざ手に入ってしまうと自分の性格を疑うほど嫉妬深く、我慢がきかない。
 

 あの夜、あんなに酔わなきゃよかった。
 黛をマンションまで送った帰りのタクシーで、シノがヤクザの組長を落したと得意げに自慢し始めた。
 いつもの事だった。
 何年もやってきたみたいに聞き流していればよかった。
 なのに、どういう訳か、最悪なことに……。本当に最悪なことに、初めて魔が差してしまった。
 シノが挑発に乗りやすい事ぐらい分かってたのに、いらない事を口にしたのだ。
 それから後の事はコマ送りの様にしか覚えていないが、思い出したくも無いくらい本能にまかせて、シノにひどい事をした。
 
 次顔を合わせた時には、明らかにシノの様子がギクシャクしていた。
 当然だろう。友達だと思っていたやつにレイプ紛いの事されたら。
 ずっと友達として隣にいようと決めていたのに、それも無理だと諦めるしかなくなった。
 ところが、俺の顔もろくに真正面から見れないくせに、やけに勉強を教えてくれだの相談があるだの言って、シノが俺のアパートに上がりこむようになる。
 特に何を話すでも無いのに、部屋に来てずっと俺の隣に座り込んでテレビを見ている。
 俺が崩した友情を修復しようとしてくれているのかと思っていた。だから何年か振りに部屋に泊まりたいと言い出したシノを泊めることにした。
「ヒロト……」
 ベッドから降りたシノが、床で寝ている俺の布団に背後から入って来て、初めて俺を下の名前で呼んだ。
 俺の腰に細い腕をゆっくりと回しながら、耳元で静かに囁く。
「ねえ……ヒロトは、エッチしたくなった時どうしてるの? ……一人でしてるの?」
 変な事を言い出したシノに後ろから抱きつかれて、身体が固まる。
「この前みたいに身体、貸してあげようか? 一人でするより、僕の中に出した方がずっと気持ち良かったでしょ?」
 シノが何をしたいのか分かって、一瞬極度の緊張に陥り吐き気がした。
 背中の後ろにいるのは五年前から知っている同級生ではなく、眩暈がするほど艶っぽい声で俺を誘う小さな白い飢えた身体だった。
 こんな風に他の男も誘っているのかと思うと頭が煮え始める。
 でもこんな風にさせた原因は自分だと思うと、自分に一番憤りを感じる。
 シノは俺の身体しか見えていない。
 俺の顔も、目も、心も見ようとしていない。
 俺はその夜、今までで一番シノを遠くに感じた。

 それからの一ヶ月、目まぐるしいスピードで衝撃的な事が立て続けに起きた。
 生まれて今までで、一番苦しい夏だった。
 シノにあんな事をした罰だ。
 
「菅原が屋上から飛び降りた!」
 この言葉を聞いてから、病院でシノの母親に会うまでの記憶が、俺には無い。
 ただ血液が重力に耐えられず、頭から下に流れていく嫌な感覚だけを身体が覚えている。

 あの感覚を思い出すだけで、身震いする。
 それを緩和させるために、目の前の一度失いかけた大切な命を抱き締める。
「シノ……シノ……」
 情痕でまだらになった小さな背中にまた唇を付ける。
 
 俺はまだ罰を受けながら、罪を犯し続けている。
 シノを信じれずに、シノを傷つけてしまう。

「ん――、ひおとぉ――しのも……しのも、つきぃ――」
 あどけない声に口元が緩む。
 そういやシノは昔から寝言が多かったっけ。
 
 いつかお互いの目を見ながら同じ言葉を交わせたら、俺の罪が消えて罰も終わる気がした。

 もうすぐシノの誕生日だ。
 それまでに俺は変われるかな。
 柄にも無くシノを喜ばせる事でも考えてみるか。
 ちゃんと好きだと言って抱きしめてやりたい。

 リモコンでテレビの電源を切ると、消えると思っていた壁に重なった恋人達の影が、カーテンの隙間から差し込む弱い外の光に切り取られる。
 さっきより角度の違う、淡い優しいぼんやりとした影。

 今日は一日授業に出ないでシノと部屋でダラダラと過ごそう。
 キングのせいでこんな事になったのだから、授業の出席日数ぐらいどうにでもしてくれるだろう。最悪黛を人質にとってでも、シノの出席日数は守ってやる。

 溜め息をついて、シノに腕枕をしたまま身体をかえして天井を見上げる。
 隣の部屋の腐女子も今晩はご満悦だろう。

 それにしても問題山積みだ。
 
 シノの出席日数。
 シノの誕生日。
 学園祭後にできるであろうシノのファンクラブ。
 可愛すぎる恋人。
 どうしようも無い自分。

 差し込んだ朝日に照らされて小さな塵がキラキラと光ながら、煙草のヤニで汚れた天井に消えていく。

 こういうどうにもならない情況、何て言うんだっけ。

 ………………。

 ああ、思い出した……。


 受難だ…………。


                            (完)



【後書】
という訳で、番外野木編終わりです。
野木とシノの関係が分かったような、分からなかったような、分からなかったような……(゚∀゚ )ノ結局ワカラン!!
長くなりましたので後書は短めにしよう!

次回はちょっとわかりませんが、お盆に入るまでに椎名視点の番外一本と今日今から取り掛かる落書きなんかを何枚かアップする予定です。
新連載はお盆明けからになります┏○ペコ
今死ぬ気でプロット組んでますが、これがさっぱりまとまらん……。
では。
yu-ki&shino

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キングの買い物(番外)

性描写が含まれますので閉じておきます。
苦手な方・義務教育中の方はご遠慮ください。

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キングの買い物(番外)

 
 裏の裏シノ (下)
 
 
 深く息を吐きながら個室が並ぶ廊下を歩いて行くと、前から俺を悩ませる病原体本人がトレイを持ちながら涼しい顔して歩いてきた。

 相手の反応を伺いながら近くまで歩いていくと、僕に気付いたのか一瞬顔をしかめて冷たい目で見下ろした後、視線を廊下の先に戻して無言で横を通り過ぎようとする。
「えっ!ちょっ……ヒロト……?」
 白いシャツに隠れているたくましい二の腕を掴んだ。
「こんな所で何してんだよ。また男あさりに来たのか?」
 見下した目で冷たく言い放つ。
「そっ、そんなことする訳無いだろ! どうしてそういう事言うんだよ……キングにレポート渡しに来ただけ」
 本当はバイト中の恋人を覗いて一緒に帰ろうかと思っていたのに……浮かれた気分が一気に墜落した。
 
 最悪だ。
 何でこの僕がヒロトなんかに溺れなきゃいけないんだ。
 この僕がだぞ? 
 半年前までは何百万もするを時計を言葉一つで買ってもらって、クルーズ船のウォーターベッドの上で眺めていた、この僕がだ。


 野木宏人《のぎ ひろと》は中学時代からの数少ない、本性を曝け出して喋れる親友の一人だった。
 二ヶ月程前までは。

「でもシノもさ――、そんなおっさん相手によく満足できるよな――」
 そんな挑発に乗るんじゃなかった。
 泥酔したユーキをマンションまで送った帰り、タクシーの中で僕の客の話になった。
 その時僕はヤクザの組長の愛人になり調子に乗っていた上に、酒も入っていたのでそんな言葉に耳を貸してしまった。
「俺だったら……、俺だったらそんな奴よりずっと満足させる自信あるけど」
 珍しく酔っ払っているのか、真面目な野木がそんな事を言い出したので「じゃあ満足させもらいましょうか」と酔った勢いに任せて挑発に乗ると、そのまま野木のアパートにふわふわと浮く身体を引っ張り込まれた。
 
 人を惹き付けるためには、テクニックも経験も時間も、何よりお金が必要なんだよ。
 部活一筋の青春野郎に僕の気が引けるわけが無いと高を括っていた。
 それが大きな間違いだった。
 
 玄関に入るなり、真っ暗な廊下で押し倒された。
 野木はさっぱりとした性格なので一度関係を持ったくらいで今までの友情をギクシャクさせるような男じゃない。
 だから大丈夫だ。と思っていたら、最悪なことに――、本当に最悪な事に……自分の方が堕ちてしまった。
 若いってすごい。
 一度の過ちで、身体が忘れられなくなるくらい野木に溺れた。それからまともに顔が見れなくなった。
 全国大会出場を何回も果す弓道部ホープの実力を教えられた。
 テクニックの無さを感じさせない程の体力と行為の荒さに、身体が虜になった。
 
 何とか一度深くなった関係を保たせたいと必死になったが、金の関係じゃない野木の気を引くためには、まず自分が本気で相手を好きになる事が必要だった。
 やっと野木が振り向いてくれたと思った時には、もう野木のためなら死んでもいいと思えるほど深い泥沼にはまりこんでいる自分がいた。
 生まれて初めて自分の身体が汚いと感じた。今まで身体を売って来た事を心底後悔した。
 どうにかして野木の事を忘れようと手当たり次第遊んで、組の若頭なんぞを本気にさせたものだから、自分のせいでヤクザの組が一つ内乱で消えそうになった。おかげでキングの手を煩わせる破目になる。
 その時に僕にとっては衝撃的な事件が何度か野木の目の前で起き、もう全てどうでも良くなって学校の屋上の手すりに足を掛けたのだ。


「そんなの信じると思ってんのか? 今日の放課後も三年の奴と教室でイチャついてたくせに」
「違う! あいつは学園祭の実行委員会の奴で……パクパクに出演してくれって言われたから断ってただけ……」
 うちの高校の学園祭ではパクパクというくだらない催しが開かれる。
 ステージでアイドルに扮した男子生徒が口パクで踊るという悪趣味なイベントだ。その馬鹿みたいなイベントが学園祭のメインで、これが何故だか刺激を求める高校生に大受けする。
 学内の人気投票で選ばれた生徒が女装するだけあって、その辺のニューハーフよりは高いクオリティーを博しており、学園祭後には他の学校でもファンクラブが立ち上がったりする。
 去年も出演してくれと要請があったが、高校生みたいな金の無い連中にモテモテになっても無意味なので今年も丁重にお断りした。
「なんだ、パクパク断ったのか……。まあ今年は黛が出るからシノが出てもな――あいつ可愛いから、絶対女装似合うし。俺練習見に行こ――」
「な、なんだよそれ……」
 なんでそんな不安にさせるような事言うんだよ……。
 ちゃんと付き合ってくれるって話じゃなかったのかよ。
 ユーキなんかより僕の方が絶対可愛いに決まってるのに。
 ニヤニヤと悪戯に笑うヒロトと睨み上げる。
 本当にムカつく。
 なんなんだよ、こいつ。
 ヒロトといると全然自分のペースが掴めない。
 僕がどれだけお前の事で悩んで泣いてボロボロになったと思ってるんだよ。
 もっと金持ってて我侭聞いてくれる優しい奴が好きだったはずなのに。
 何でこんな奴に溺れたんだ。どうしたら忘れられるんだ。

「お前さ――、マジでいい加減、調子乗んなよ……」
 また僕の前から立ち去ろうとするヒロトの背中に、我慢できなくなって低い声で呟いた。もう限界だ。
 
 振り返ったヒロトは無表情で目を細め、いきなり僕の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。
 背中に衝撃と痛みが走り、顔を歪める。さすがに弓道部員の腕力はすごい。
 壁に背中を押し付けられ、至近距離にヒロトの見下した冷たい目がある。

 そんな視線くらいで怯んじゃダメだ。
 今日こそはっきり言ってやる。
 ちゃんと付き合おうって言い出だしたのはそっちなのに、どういうつもりだって。
 あの時好きだって言ってくれたのは嘘だったのか?
 どうしてそんなに僕の事不安にさすような事ばかり言ったり、したりするんだよ。
 本当に言ってやる。
 そっちがその気なら、別れてもいいんだぞって……。

「何か、言ったか?」
 ゆっくりと挑発するように、ヒロトの唇が間隔十センチに迫る。

「別に……。……せっかくヒロトと一緒に帰ろうと思ったのに……」

 畜生。
 目の前で見つめられると、言いたいこと一つ言葉にならない。
 唇を突き出して拗ねたガキみたいにヒロトを睨む。

「もしかして、そのためにここ寄ったの?」
 ニヤつく顔がまたむかつく。
「悪いかよ……一応僕達付き合ってんだろ?」
「一応……ねえ……」
 一応という言葉に気を悪くしたのか、また元の怖い顔に戻った。

「ご、ごめん……。好きだから、一緒に帰って下さい……」
 瞳を伏せて、耳朶が熱くなるのを感じながら、小声で呟いた。
 
 もう嫌だ。
 なんで僕がこんな台詞吐かなきゃいけないんだ。
 ちょっと前までは組長相手に、ヤクザの若頭相手に同じ台詞吐かせる立場だったのに。
 どうして自分のペースに持っていけないんだ。
 悔しくて涙が込上げて来た。

「しゃあないな――シノは。じゃあ先アパート帰ってろよ」
 ヒロトの手がズボンに触れて、ポケットの中にガシャリと重たい物が落ちた。
「風呂入って一眠りしてろよ。……今夜は寝かさないと思うし――」
 そう耳元で囁いて、薄く開いた口の隙間から舌を滑り込ませてきた。
 掻き混ぜられる口内でペアの舌ピアスが昼休みの屋上以来に鈍い音でこすれ合う。
 学校では頼り甲斐があってテキパキ後輩をまとめる堅くて真面目そうなヒロトの身体の内側で、自分とお揃いのバーベルが舌を貫いているという事実だけで脳が痺れる。

「んっ……」
 のぼせて鼻呼吸を忘れていたので、苦しくなって泡立った涎と一緒に声が口の端から漏れ出す。
 こんな場所でキスして誰かに見られたらどうするんだよ……バカヒロト。
 チュッとわざと音を立てながら唇を離して、ヒロトが余裕の表情で笑う。
 キス一つで顔面の血液が沸騰している自分が情けない。

 今夜もあの汚くて狭いボロアパートの安いパイプベッドの上で喘がされると思うと、気は重くなるのに、身体はヒロトの肌を思い出してゾクリと鳥肌立つ。
 プレミアムスイートの天蓋付きのキングベッドが恋しい。
 それにあんな薄そうな壁じゃ声が筒抜けだ。隣に住んでるのが腐女子だから大丈夫とか、そういう問題じゃねえんだよ。
 
 ダメだ。ちゃんと言おう。
 言う事ならいくらでもあるんだ。
 ベッドで、もっと僕の身体を気遣えとか。
 我慢してるのにわざと喘がすような事するなとか。
 恥ずかしい事言わせて泣かせるなとか。
 変なことさせてニヤニヤ眺めてんじゃねえとか。
 好きだとか愛してるとか、そういう事はこっちが気失う前に言えとか。

 堅く決心して、厨房に引き返そうとするヒロトの手を掴む。
「おい! ヒロト……」

 振り向きざまの一瞬無防備な顔が格好良すぎる。

「何だよ」

 そう動く唇の隙間から鈍いシルバーの光がチラつく。

「いや……あのさ――。……は、早く帰って来てよね。たぶん……眠れずに、待ってるから……」



 十字路の角をヒロトのアパートの方へ曲がって足を止める。
 ポケットに突っ込んだ指先でアパートの鍵に触れながら、大して星も見えない多角形の夜空を見上げて紫雲を吐き出す。
 


 ……………………。


 受難だ……。
 
 


                             (完)



ちゃんと更新できているのでしょうか?
とりあえずシノ視点の番外終わりです♪

あっ!ちなみに無理な設定に思われがちのパクパクイベント(口パクで踊るからこのネーミング?)ですが、実際存在しました。Σ(ノ)゚Д゚(ヾ)マジデカ!? 16が在籍していた高校の学園祭で。BL好きにはかっこうの餌食なのでたまに小説に登場します……
いや~一緒に見ながら踊ったもんです、モー娘。下手なアイドルより全然可愛い……そしてステージ前に群がって色めきだつ男子達。もう手の届かないアイドルより目の前の同性なんだろな……。そんな景色を涎垂らしながら変態さながら見つめておりました。あぁ青春だったよね……あの頃。

次回の更新は火曜かな~と思っております。
野木視点か椎名視点。どちらになるかは未定です。
ちょっと最近忙しいため見直し・手直しが疎かになっております(´゚∀゚`;)
なのでちょこちょこ修正入るかも……ゴメンネ・゚・(PД`q。)・゚・
nogi

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