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転じて吉[第十七話]

第十七話『直接のキス』 


 腕を抱え、時折後ろを振り返る。
 きょろきょろと辺りを警戒しては、視界が移りゆくたび知らない顔と目が合い、貴崎祐は怯えた。
 挙動が不審とは、まさにこれである。

 皆がこちらを見ている気がする。
 白いワンピースを可憐にまとい、さも大人しい天使のような少女ーーに扮した男子高校生を見ている気が。

 近づいてくる人影を感じて、はっと数歩後退ると、背後で切符を買っていた二条院学にどんとぶつかった。

「ッ痛! ふらふらするなッ! 鬱陶しいッ」

 美少女の出で立ちをした二条院は、大物アイドル歌手がかけるようなサングラスの位置を直しながら貴崎の肩を突き飛ばした。

 改札上の時計を見上げ「やばいッ、遅刻だ!」と舌打ちする二条院。強引に腕を引かれて走り出す。
「ちょっ、無理だって! 走れるか! こんなの」
 叫ぶ貴崎を「黙って走れバカ! お前のせいだろ!」と罵り、二条院は階段を駆け上がる。

 フランス人形が履いていそうな光る紺色の靴には、低いながらもヒールというものがある。さらに靴に足を合わせろと言わんばかりに妥協の無い硬質な履き心地。
 腰にリボンが付いたコートは重く、身体が動かし辛い。
『お洒落は忍耐』という二条院の言葉に早くも殺されそうだ。

 長い階段を駆け上がり、待ち合わせ場所である反対側の改札が見えるころには貴崎は恥ずかしさと疲労で倒れそうになっていた。

 貴崎にこんな思いをさせる発端とも言える恋人ーー成宮冬馬にどう文句を言ってやろうか。涙目になるのを堪えながら怒りに震えていたが、いざ冬馬の後姿を視界に捉えると途端に緊張の糸が切れ、何年も会わずに恋焦がれていたかのごとく、恋人を求めふわふわと駆け出していた。

「お、来た来た」
 冬馬の隣に立つ久遠がこちらに気付き軽く手を上げる。
 愛しい顔が振り返る。
 目が合う。
 冬馬は刹那「あ」と漏らしたようだが、魂が奪われたように表情は消え、駆け寄る貴崎をただ眼で追った。

「悪いっ、遅れた!」

 二条院が息を切らし、握っていた貴崎の腕を乱暴に振り払う。久遠はへらへらしながら「俺も今来たとこ。珍しいな、生徒会役員が遅刻かよ」と言った。

 思わず胸に飛び込みたくなるのを我慢して、貴崎は無言で冬馬を見上げ、そっと身を寄せた。
 大人びた幼馴染の私服姿には、毎度気後れしそうになる。

 安心したせいか目頭が熱い。
 恋人はいまだ何かに魅入られた様子でじっと貴崎を見つめていた。
「冬馬……?」
 甘えたいのを隠して、そわそわと上目づかいで呼ぶと、いきなり凄い力で冬馬に抱き締められてしまった。

「ぁ……んん……っ」
 恋人の香りにきつく包まれる。
 頬に触れる柔らかな髪。
 唇にあたる冬馬の首筋に思わず顔をうずめたくなる。
 どうしようもなくーーやはり大好きなのだ。

 冬馬の背中越し、面白くなさそうな二条院の横で久遠がにやにやと笑っていた。

「と、ぉま……ぁ?」

「祐……っ、すッごく……、すッごく、カワイイよ!!」

 ようやく身体を離した恋人は、真正面から貴崎の両肩をがしりと捕まえ、褐色の瞳を輝かせて力強くそう言った。稀に見る最高の笑顔である。

「ああ……、まあ、うん。……ありがと」

 冬馬は二条院を振り返る。
「やっぱり二条院のセンスはスゴいね。祐の魅力をこんなに上手く引き出せるなんて。……このワンピースも祐のイメージにピッタリだし……神秘的な雰囲気が残ってるって言うかさぁ……祐の良さわかってるよね」
 なんだ神秘的ってーー。
 苦労しているのは貴崎なのに、何故か二条院が褒められている。

「当然。俺に不可能は無いからな」
 二条院は得意気に言い、それから「ああ、そうだ」と携帯を取り出した。

「案の定、このバカが変な奴に連れて行かれそうになったから、約束通りボコっておいた。これが証拠だ」
 二条院は携帯画面を冬馬にかざす。

「あ、あれは別に、連れて行かれそうになった訳じゃないだろ! ちょっと話しかけられただけで、お前が一方的に回し蹴り入れたんじゃないか」

「ホント吐き気がするくらい阿呆だなお前は。あんなのは新手のキャッチだ。あんな奴に捕まるから、待ち合わせに遅れたじゃないか!」

 二条院と商店街を歩いて来た際、「ちょっと人探してんだけど」と若い男に声をかけられた。
 貴崎が立ち止まって尋ね人の特徴を聞き、そんな奴は知らないと言うと「学校にもいない? ちなみに君いくつ? どこの学校?」とこちらの事を聞き始めた。挙句もう少し詳しく話しを聞いて欲しいから、一緒に来てと言う。
 困惑した貴崎をよそに、二条院はいきなり男に回し蹴りを食らわし、倒れたところを更に痛めつけた。
 美少女が無言で技を繰り出す光景はなかなか圧巻であったが、貴崎が慌てて止めると二条院は「これくらいは合法だ」と訳の分からないことを言って手を払い、最後に強烈な蹴り技を披露した。

 朦朧とした顔付きの男が仰向けに倒れている写真が、二条院の携帯画面に表示されている。それを覗き込んだ冬馬はやや不満気に「……まあまあかな」と言った。

「ああそうだ、忘れてた。久遠、はいこれ。頼まれてたライブのチケット、全部売れたよ」
 一転爽やかな笑顔に戻った冬馬は、カバンから封筒を取り出し、久遠に差し出した。
「おお、悪いな」
「いいよ。結構有名なんだね。すぐに無くなった」
「そっか? なんか自分のライブチケットとか売るの恥ずかしくてさ。マジ助かった」
 すると二条院もニコニコとして「まいどあり」と可愛く首を傾けた。
 久遠のライブチケットを冬馬が代わりにさばいたと見える。まさかその見返りに自分は女装させられたのではあるまいかと貴崎は目を見張った。

 四人で電車に乗り、待ち合わせした駅から二十分程揺られる。

 人前で堂々と手を繋げるのがこんなに楽しいとは。
 電車の中の人混みで冬馬の腕に身体をぴたりと寄せながら、貴崎は一人恥ずかしさと嬉しさに口元を緩ませうずうずとしていた。

 目的の駅に着き改札を出ると、駅に直結した巨大なショッピングモールの向こうに観覧車が見えた。

「俺等ちょっと寄りたい店あるし、ここで一旦別れるか」
 二条院と手を繋いだ久遠が言う。
「そーだね。また後で遊園地に入ったら連絡するよ」
 やっと別行動だと安堵しかけたところで、二条院が「ああ、そうそう」と思い出したように声をあげた。

「祐。あの遊園地は、入ってすぐ右手の所に迷子センターがあるからな」

「……」
 二条院の意味深な忠告に、貴崎は黙りこくった。

 さかのぼること中学の修学旅行である。
 貴崎には、遊園地で小学生の迷子に間違われて迷子センターの人に連れて行かれたという悲しい過去がある。
 冬馬にバラしたら殺してやろうと思ったが、幸い久遠に手を繋がれた二条院は鎖をされた動物のように大人しく、気色悪いくらい上機嫌だったので、それ以上は何も言わなかった。
 あわや迷子放送が園内に流されるというところで修学旅行委員の二条院が現れ事なきを得た訳だが、二条院に秘密を握られたのはその後の貴崎の不幸に直結した。

 二条院達と別れると、貴崎は冬馬に手を引かれてショッピングモールの入り口まで歩いた。

「祐。どこか行きたい店とかある?」

「そーだなあ……」大きな案内板を見上げていると、後ろに立った冬馬が貴崎の身体のラインをなぞるように脇腹から腰に手を滑らし、さり気なく両手を回した。
 貴崎の頭に頬をあてて冬馬も案内板を眺める。

 背後から抱き締められて少し慌てた貴崎であったが、周囲から見れば男女の恋人同士がイチャついている程度にしか見えないのだからセーフとしよう。

「どこでもいいよ。祐の行きたい所言ってみて。どこがいい? あ、何か食べたい物は? お昼まだだし。
 何でもいいよ、好きなもの奢ってあげるから。祐の好きなお寿司もあるし……ほら、クレープも」
 冬馬の腕に力がこもる。

「何でも好きなもの言ってごらん。
 祐が行きたいとこ、どこでも連れて行ってあげる。欲しい物も全部買ってあげるよ」

 微かに狂信的な声音を感じ、斜め上をちらりと見る。

「冬馬お前……眼が、ヤバイぞ」

 援助交際かよと吐き捨ててから、貴崎は気が遠くなる多さの店名リストを睨みつけた。

「別に、どこでもいいけどな。と、冬馬と……一緒、なら……」

「んー……それじゃあ、ホテル……は?」

 呆れて恋人を見上げると、案外顔が本気である。

「そ、それじゃあ、せっかくこんな格好してきた意味が無いだろ!」

「あ、怒った顔もカワイイっ。写真、写真……祐、こっち向いて」

 人の事は言えないが、冬馬も相当浮かれている。心配になるくらいウキウキだ。

 顔の周りでパシパシ鳴る携帯を無視して、レストラン街の店名リストを睨みつけた。

「まあ、とりあえず昼飯、かな……」




 昼食を済ませて洋食屋を出ると、貴崎は座れる場所を探した。

 専門店街と百貨店を繋ぐ通りには草木や人口河川があり、ちょっとした公園のようになっている。
 川辺のデッキにベンチを見つけ、腰を下ろす。
 背丈ほどある植木に隠れていて人目は殆ど無い。
 貴崎はふうと肩の力を抜いて、両足を伸ばした。

 先程のオムライスはどうも食べた気がしない。勿体無いことをした。
 白いワンピースを汚さないよう気を使うし、育ちの良い少女のように行儀よく少しずつ食べなければならない。いつもみたいに足をぶらぶらさせながら大口開けて頬張るなんて以ての外。
 そうやって神経を尖らせているせいか、周囲からの視線を物凄く感じた。

「疲れた?」

 そう言いながら隣に座った冬馬は、ごく自然に貴崎の背中に腕を回す。
 相変わらずデート中の冬馬の振る舞いには、同じ男として関心する。場数が一桁も二桁も違うのだろう。

「……ちょっと、な」貴崎が力無く言うと、心配そうな顔をして、どこかで休もうかと抱き寄せられる。

 ホテルに行こうと冬馬が言いだす前に、貴崎は少し休めば大丈夫だからと首を横に振った。

「ごめんね、祐。無理矢理こんな、しんどい思いさせて」

「……まあ、もういいけどさ。先に言ってくれれば良かったのに。こういう事になるって……」

「だって、先に言ったら祐、嫌がるかなって思って」

 そりゃそうだ。全力で拒否しただろう。

「まあ……。でも俺だって……冬馬のために出来るだけ、人に自慢出来るような恋人になりたいとは、思ってるし……。冬馬が、カワイイ彼女連れて歩きたいってんなら、俺別に、協力しなくは……」

「祐っ、それは違うよ!
 俺はただ……外でも祐と手繋いだり、身体に触れたりしたかっただけで……。
 祐もそんな風に出来たら嬉しいんじゃないかなって。だって祐、学校でも周りの眼ばっかり気にして疲れてるみたいだったから……」
 冬馬は顔を伏せた。
「それに本当は、周りばっかり見てないで、もっと……なんていうか……俺のこと、見て欲しいなと、思って……ごめん」

「そ、そっか……。別に謝ることないだろ! 俺だって、こうして外で手繋いだり出来んのは嬉しい訳だし。
 でも安心した。やっぱ冬馬は可愛い女子の方が好きなのかなって、ちょっと不安になったから」

 そんな訳ないよと、冬馬は少し寂しそうに呟いた。
「俺は祐しか見てないのに……。
 ホントは祐が隣にいてくれるなら、男の格好でも女の格好でも、どっちでもいいんだ。
 あ、もちろん今日の格好は凄く可愛いけど……!!
 でも祐は、裸が……っ袴姿が、一番素敵だよ」

 僅かに頬を染めて微笑む幼馴染に、貴崎も嬉しくなって笑った。

「よしっ」と元気よく立ち上がる。

 人目が無いことを確認して冬馬に向き直り、意を決してスカートに両手をあて言った。

「ジャジャンっ! では問題です! こ、このスカートの中は何を履いているでしょうか!」
 大きく息を吸い込む。
「1番、いつものパンツ。2番、毛糸のパンツ。3番、体育の短パン。4番、えっと……その他。さてどれでしょう。ヒントは、寒い季節には欠かせないものです」

「え、えっ! なに!?」冬馬は慌てて考え始めた。

「えーと……。んー……何も履いてないって選択肢は、無いの、かな……? あ、4番?」

「……。ヒントは、寒い季節には欠かせないものです」

「じゃ、じゃあ……4番のその他でーー。白いレースでーー透けたぁ……」

「はい、タイムアウトです。残念でした。
 お前せっかくのヒント聞いてんのかよ。
 正解はぁーージャージャン、ジャージャン、ジャジャジャジャーー……」

 レースのプリーツをぎゅっと握りしめる。

 意を決して両手を持ち上げようとしたが、スカートの裾から冷気が入り込んで、太腿で途切れたニーハイソックスから上がすうすうとする。
 恥ずかしさに下唇を噛む。顔が熱い。
 手が震える。

「……ッ! やっぱダメだ……っ。ムリムリ、絶対ムリ! 全然感じ出ねえし」

 からかい半分に二条院がやって見せてくれた時には、もっと色気のようなものがあって、体育の短パンを履くのを見ていたにも関わらず貴崎はドキドキしたのだが。
 なぜ貴崎が再現すると幼稚園児のお遊戯っぽくなってしまうのだろう。

「エッ! ちょ……ッ、終わり!? え、嘘っ、嘘だよね!?祐ッ?」

「冬馬、クレープ行こうぜ。クレープ」

 バカらしさを痛感した貴崎は、動揺する冬馬を引っ張り歩き出した。

 しばらく歩き、フードコートのクレープ屋に着くと、依然として納得出来ない顔の冬馬はホットコーヒーを頼んだ。

 貴崎はクレープを一つ買い、テーブル席につく。

 クレープの苺を長いスプーンですくって冬馬の口元に差し出すと、冬馬は一瞬驚き、ふうと諦めたように微笑んでから口を開けた。

 その光景があまりにも格好良く出来過ぎていて、何となくドラマの一場面みたいだと思いながら、貴崎はクリームをすくってちびちびと舐めた。

 冬馬は肘を付き、愛おしそうに貴崎を眺め微笑んでいる。

「間接キス、だね」

 ぼんやりとした口調で冬馬が言う。

「んん……まあ、な」と貴崎が返すと、冬馬は何も言わずにコーヒーに口を付けた。

「え……別に、いいだろ。それ以上のことも、いろいろ、やってんだし……」
 視線を反らせて貴崎はぼそりと言う。語尾は消えた。

「いろいろーーって?」

「え?」

「間接キス以上の、いろいろってーーどんなこと?」
 カップを置き、幼馴染は穏やかに問う。

「そっ、それは……。直接の、キスとかーー」
「キス、だけ?」
「は?」
「俺達って、キスだけの関係だっけ」
 ふと冬馬の顔から微笑みが消える。

「そんなの……言わなくても分かってるだろ!?」
 貴崎が口を尖らせると、肘を付いた冬馬はのほほんとコーヒーを掻き混ぜた。

「具体的に祐の口から聞かないと安心出来ないなぁ。祐ホントは何にも覚えてないんじゃないの?」
「そんな訳あるかよ!」
 あんな事しといてーー。
「じゃあ聞かせてよ」
 冬馬は余裕の笑みを湛え、足を組み替えた。

「だ、だから……冬馬の部屋で……」
「俺の部屋で? 俺の部屋で、俺とどんなことしたの?」

 その手には乗るか。
 貴崎はしばらくスプーンを噛み噛み、黙り込む。

 冬馬は暇を持て余すように、スプーンでコーヒーをすくい取った。そして独り言のように小さな声で呟いた。

「祐は子供だもんねぇ。
 また迷子センターの人に連れて行かれないか心配だなぁ」

 あのクソメガネーー。
 二条院への報復を心に誓う。

 何も言わない貴崎に退屈したのか、冬馬は肘を付いて横目でどこか遠くを眺めている。
 冬馬の目線を追って振り返ると、その先は斜め後ろのテーブルにつく若いカップルであったが、長い手足と肩を露出した女の方がちらちらと冬馬を見ている。

 貴崎はもう一度冬馬を睨みつけた。
 それからスプーンを唇にトントンあてて考え、小さくコホンと咳払いをした。

「と、とぉまと、……た」

「ん?」

「と、とぉまと、……した」

「え、なに?」

「とぉまと、えっち……した」

 うぐぅっと羞恥心を噛み殺す。

「へえ、そうなんだ」
 冬馬が目を細める。それから両腕を前に出して伸びをし、顔を傾け挑発するように囁いた。

「また、しちゃう……?」

 動きを止めていた貴崎は、ぎゅっと唇を噛んだまま小さくこくりと頷いた。

「また、したい。とぉまと……えっち、いっぱい……」
 声がかすれる。

「はい、よく言えました」

 幼馴染は満足気に笑った。

「さっきのお返し。あと一応、確認」
 流し目でそう言って立ち上がる恋人をこれでもかと睨めつけ、貴崎はクレープに食らいついた。

「さっきの、『いっぱい』ってのは良かったね」

 席に戻り貴崎をからかう冬馬をフンと無視して、クレープの包み紙を握り潰す。

 恋人が持って来てくれた水を飲み干し、席を立つ。
 冬馬も立ち上がると、貴崎の顔を覗き込んだ。

「祐、クリーム付いてる」

 貴崎の唇を舐め取り、ちゅっと口付けをして「ご褒美の直接キス」と言って冬馬の唇が離れて行く。

 日曜の午後。
 視界に入るだけでも多くの人で賑わっていた。
 無数の目線を感じ、貴崎はトレーを持ったまましばらく動けずにいた。

 唯でさえ熱かった頬が、更に火照る。




 それから手を繋いで専門店街をぶらぶらと歩いた。
 時々店に入って服や靴を見る。
 アクセサリーショップでは、何となくペアリングをはめてみたりする。
 貴崎が思い描いていたデートというやつだ。

 ショッピングモールから出て、歩いて10分程の遊園地に入ったのは結局二時過ぎだった。

 いつの間にか貴崎は自分から冬馬の手に指を絡ませ、腕に纏わりついて甘えている。
 イチャつけばイチャつくほど頭がぼうっとして心地良いのだ。

 冬馬の隣を歩くにふさわしい恋人ーーあくまで冬馬のためにと頑張った女装であるが、これはマズい。癖になるかもしれないと貴崎は危惧した。
 容姿に優れた恋人のせいか、痛いほど人々の視線に晒される。最初はそれが苦痛であったが、だんだんと気が膨れ上がる。
 もっと見て見てと内心はしゃぐ自分がいる。
 こんなに格好いい恋人がいるのだと、もっともっと自慢したい。「マジイケメンじゃん」と囁く巷の声にニヤニヤしたい自分が、確かにいるのだ。

 マップを見ながら園内を廻る。
 絶叫系の乗り物は苦手なので、それ以外のアトラクションを探して乗るが、人気のあるものは列が出来ていて待ち時間が発生する。
 今までは待つ事が苦手なお子様貴崎であった訳だが、つい先日大人になった暁として、遊園地の楽しみはこの待ち時間にある事を知った。
 前後を人に阻まれ身動きが取れない中で、甘く持て余す恋人同士の時間。無意味なしりとりを始める小学生のガキ共を貴崎は嘲笑った。

 園内には有名な幽霊屋敷があり、試しに入ってみたのだが、これが驚く程怖くなかった。そもそも貴崎は一度死んで幽霊になった身だ。
 冬馬も同じような感想だったのか、少し残念そうにしていた。

 気が付けば冬の陽射しは早々に傾き、空が染まり始めている。

 冬馬が二条院達に連絡をとると、ちょうど近くにいたので観覧車で落ち合うことになった。

 珍しくテンションの高い二条院。それに比べ、久遠は少し疲れているように見える。
 話によれば、絶叫マシーンが大好きな二条院に付き合い、遊園地に入ってから絶叫アトラクションの連続なのだという。そのうち久遠が過労死するのではないかと、貴崎は行く末を案じた。

 観覧車に乗る事になり、二人ずつゴンドラに乗り込む。

 最近の観覧車は冷暖房完備で、冬でもゴンドラの中は暖かい。貴崎の自室より快適な環境だ。

 入ってすぐに「コート脱げば?」と冬馬に言われ、重たいコートを脱いでたたむ。慣れない女装などしているせいで足と肩はガチガチだ。

「祐、こっち来なよ」

 手を引かれて冬馬の脚の間に座る。
 ゆっくりと沈む景色をバックに二人の写真を撮っていると、辺りはどんどん夕日色に染まっていく。

 後ろから包み込まれるように抱かれ、冬馬の肩にそっと頭を預ける。
 途中後ろのゴンドラを振り返ると、二条院は久遠の隣に腰を下ろし、二人でこちらに背を向けていた。一安心。
 前のゴンドラには誰も乗っていないので、人に見られる心配は無さそうだ。

「今日はありがと。俺のために無理してくれて」

 冬馬が優しく言う。
 貴崎の顔に手をやり、そっと上を向かせた。

 自然と唇が重なり合う。

 冬馬の体温に身体の力が抜けていく。
 ゆるくゆるく押しあてられるサラサラの唇が、気持ち良くて仕方ない。

 太ももの辺りがくすぐったいことに気が付いて顔を離すと、冬馬の長い綺麗な指が貴崎のニーハイソックスの縁をなぞっていた。
 悪戯な指はそのまま内ももを滑るように伝い、スカートの裾に忍び寄る。

 冬馬の手をやんわり押さえようとしたら、逆に冬馬の手が優しく重なってきて貴崎の手が捕まってしまった。

 幼馴染が囁くと、首に吐息を感じる。

「ねえ、スカートの中、見せて」

 その声は、ずるい。

 観覧車はゆっくりと高みを目指す。








【後書き】遅くなりました(*_*;いつもですが。
本当はデート丸一日を一話分の展開で考えていたので、こんなとこで切るなんてすごく消化不良……。ただのダラダラとしたデート風景になってしまいましたm(_ _;)m
しかし……デート丸一日を書き切ってしまうと一万五千文字は軽く突破しそうなのと、一応一ヶ月くらいをめどに更新したいという思いで、仕方なく分割。

それに明日から4月! 新しい教室、新しい職場、いろいろ不安もありましょうが、一瞬でも現実逃避のお力になれると幸いです(^^ゞ

そういう私も、新作の内容が少しまとまってきたり、古い作品を手直ししなきゃいけないのに恥ずかし過ぎて読めなかったり、祐と冬馬の書ききれなかったエピソードをSSにしようかなとか……いろんな考えが浮かんでは消え……春だな( ´∀`)


 
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テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

転じて吉[第十六話]

今回も1万字超の長文となっております。
ムーンライトへは2回に分けて投稿させて頂きます。



『試練迫る』


「あ、そういえば昨日ーー」

 透明感のある爽やかな褐色の瞳が突如こちらを振り向いたので、貴崎 祐は慌ててトレーの上のジュースを掴み取った。

「祐の補習が終わるの待ってる間にね、野木と旧校舎に行ったんだ」

 柔らかな声にふわりと包み込まれる。
 ガラス越しに広がる商店街の人混みに視線を落として、貴崎はカウンターテーブルに肘をついた。

 灰色の雲を鋭く切り裂くオレンジ色が今にも燃え尽きようとしている。夜は近い。

「マラソン大会で使うテントを確認するとかでさ……ほら野木って体育委員だろ? それでね、旧校舎に行ったら、向こうの入り口で、久遠に会ったんだ」

「……久遠? うちのクラスの?」

 そうそうあの金髪にピアスのーーそう言って、慣れた手付きでハンバーガーの包みをめくる。
 西洋彫刻のように整った綺麗な顔が、迷い無くひと口目にがぶりと喰らいつくのを横目にして、貴崎の心臓は大きく一つ高鳴った。

 恋人同士であり、自分が相手に相当溺れているというのを差し引いて見ても、隣に座る奴はずるいほど魅力的である。

 当の本人ーー成宮冬馬は素知らぬ様子だ。

「でねーー」と冬馬が話しを続けようとした矢先、背後できゃきゃと笑い声がした。

 冬馬が振り返る。
 パーマがかった柔らかな茶髪がふわりと揺れる。

 半分異国の血をひく冬馬にとって、透き通るような褐色の髪と瞳は紛れもない純正色である。ここに、校則を犯してまで髪を脱色し、カラコンを装着して足掻(あが)く他学生共を寄せ付けない成宮冬馬という圧倒的な格の違いがある。
 その上容姿に優れ勉強もスポーツも出来て優しいとなれば、モテて当然。大規模なファンクラブが存在しても誰も文句は言うまい。

 かくして貴崎 祐は、会員未知数と囁かれる成宮冬馬非公認ファンクラブを敵に回した訳である。

 貴崎がやや怯えながら振り返ると、階段を上がった場所に立っている数人の女子高生と目があった。顔は知らないが同じ高校の制服を着ている。

 貴崎はさり気なくトレーと椅子を引いて、冬馬との距離をとる。
 カウンターテーブルの下、密かに貴崎の手の甲に重なろうとしていた冬馬の手をさり気なく遠ざけると、幼馴染は一瞬眉をひそめて不満そうな顔をした。

 複雑な気分である。
 別にやましい事はしていないのに、まるで不倫相手と密会しているかのように怯え、挙動不審になる。

 目下、商店街を歩いていく恋人達が恨めしい。
 肩が触れ合う距離。手を繋ぎ、指を絡ませ、甘えた笑顔で言葉を交わす。
 人前で堂々とあんな風に出来ればーーやはり楽しいものなのだろう。

 溜息を一つ。ちらりと目線を流せば、幼馴染の長い指がポテトを一本掴み取る。
 美しく切り揃えられた爪。
 軽やかな音楽に似た声でクラスメイトの話をしている。

 ああ、あの指がーー。
 あの声。
 あの唇。

 あの身体、がーー。

 あ、ヤバいと眼をそらす。
 身体の奥がじんじんと熱をもつ。
 記憶がこぽこぽと溢れ出してきて止まらなくなる。

 初めての夜。

 いけないと分かっているのに、あの時の冬馬の視線を思い出してしまう。
 僅かに呼吸が乱れる。肌が震える。

 月明かりの中でこちらを見下ろす、あの眼。
 全てを捧げずにはいられない、あの視線。
 あれからは逃れられない。

 宝石に触れるような手付き。端整な指が肌の隅々までたどっていくのを思い返す。

 切な気な声に呼ばれ、幾度となく好きだと囁かれて求められる。沼に引きずり込まれるようにして心と身体がぐちゃぐちゃになっていく。
 深く絡み合い、濡れた一つの生き物になっていく。

 途中意識は飛んだが、確かに覚えている。
 全身が浮くほど打ち付けられて求められた事。

 冬馬の激しい息づかいが耳鳴りのようによみがえって、首元が過敏になるのを貴崎は感じた。
 狂ったように貪(むさぼ)られた上、最後は身体の中心に注がれて溢れるくらいに満たされてしまった。

 あの時は快楽よりも初めて人を受け入れる圧迫感が先行したように感じたが、思い出すだけで喉が渇き肌が干上がっていくのはどういうことだろう。

 まさかーーもう欲している。

 次の日は結局部活を休み、一日冬馬の部屋でゆるゆると過ごしてしまった。
 二人の温もりを閉じ込めたベッド。
 心地良い幼馴染の肌。
 子猫がじゃれ合うように一日中イチャついていた。
 事あるごとに貴崎の身体を心配する冬馬を思い出して、顔面が緩む。

 気が付くとまた幼馴染の香りの中で息をしている。
 あれからずっと、貴崎は抜け出せずにいる。
 あの夜に酔っている。

「で、その新しい彼女っていうのがーー。……祐? ね、祐? 聞いてる?」

 呼ばれて貴崎は我に返った。

「……ッ? あっ、ごめ……何……?」

「いや……久遠の新しい彼女がねーー」と言いかけた冬馬は、貴崎の顔を見て「祐……何考えてたの? 顔、真っ赤だよ」とからかう様に言った。
 頬がちりちりと鳴る。

「べ、別に……なんも……。あ、冬馬いいのか? 時間」

 話を挿げ替えると、冬馬は携帯の時計を確認して、やばいと呟いた。
「もうこんな時間だ」とハンバーガーの包み紙を丸め、急いでジュースを流し込む。

 それから恐る恐る貴崎の顔を覗きこむようにして、声をひそめた。
「あのね、祐。明日遊びに出掛ける話だけど、もし……祐が嫌じゃなければなんだけど……久遠が一緒でもいい?」

「久遠、と?」

「うん、久遠と……あともう一人。あ、嫌ならいいけどさ。でも遊園地に入ったら自由行動にするし……たまには友達とみんなで遊ぶのもどうかなって……」

 戸惑う貴崎を見て、冬馬はやっぱりという顔をした。
 友達とみんなでわいわい遊ぶ。貴崎が苦手な事の一つである。

「無理にとは、言わないけど……」
「いや、別に…いい、けど……」

 貴崎だって恋人を気づかうくらいの事は出来る。
 大切な恋人が望むのだから、嫌だとわがままを言う訳にもいかない。
 ただやはり、冬馬が望んでいるのは明るくて社交的な、誰にでも好かれる恋人なのだと痛感した。
 当然である。
 周りから好かれ、羨ましがられる恋人を嫌がる人間がいるものか。
 そういう意味で成宮冬馬は恋人として完璧である。
 それに比べ貴崎といえばーー。

 冬馬はホッとした顔で立ち上がり、カバンを肩にかけた。
「よかった……。じゃあ俺は朝練終わったら直接駅に行くから、祐は久遠達と先に待ち合わせて一緒に来てくれる?」

「えっ、あの……」

「なに?」

「久遠と、もう一人って……久遠の彼女?」

 貴崎が聞くと、まあねと煮え切らない答えが返ってきた。

「あ、これ待ち合わせ場所」
 小さな紙切れを渡された。

「これ……久遠の家?」

「うん、まあそんな感じ。10時に祐が行くって伝えとくから」

「10時ッ?」

「う、うん。ちょっと早いけど」

「いや、早過ぎね? だって駅で待ち合わすの昼前だろ?」

「ま……行けば分かるよ」と冬馬は言葉を濁した。

 貴崎が聞き返しても視線を合わせようとせず、「あっ! もう夜練行かなきゃ……」とわざとらしく言う。

 冬馬が貴崎に向き直る。
「ごめんね、送って帰れなくて」

 そっと前髪を撫でられ、貴崎は辺りを警戒した。

「いいよ、別に…」
「分かってると思うけど……知らない人に付いて行っちゃダメだよ」
「小学生かよ」
「あ、家着いたらメールして」
「わかってる……」
 貴崎が一人で下校する度にこのやり取りである。

「心配だな……。祐、最近ぼうっとしてるし」
 冬馬は呟きながら椅子を戻し、トレーを手に取る。

「じゃ、明日。待ってるから」と微笑む。

「うん」

 急に冬馬の顔が迫ってきたので、、キスをされるのかと貴崎は身構えた。

「あんまり、エッチな事ばかり思い出してちゃダメだよ」

 そう耳元で囁き、ちゅっと音をたて耳の下にキスをして去って行った。

 キスされた場所を手で押さえながら慌てて店内を見回す。
 幸い誰もこちらを見ていない。

 一階へ下りる階段の前で冬馬が立ち止まり、こちらに軽く手を振った。
 爽やかな笑顔に見惚れて、貴崎もふわふわと手を振った。
 どうにも重症である。




 次の日。
 俄然気分が乗らない朝10時。

 冬馬に渡されたメモ書きを見ながら、貴崎はとぼとぼと行く。

 紙に記された簡単な地図を何度も覗き込む。
 目的地は貴崎が通う高校からすぐ近くの場所だ。

 踏切を渡って2個目の角を右。

 初めての景色にしては見覚えがあるような、ふと思ってよく考えてみると、そういえばこの辺りにはアイツの家があったなと腐れ縁を一つ思い出した。
 家の使いを頼まれて、よくこの道を歩いたものだ。

 角を曲がって3つ目、グレーの壁の家。

 書かれた通りに行くと、薄いグレーの外壁が見えてきた。

 不幸にもこの通りはアイツの家の並びではないかとびくびくしながら目的の家に近付くと、驚いた事に目的地であるグレーの壁の家は、まさにソイツの家であった。

 貴崎は立ち止まり2階建ての家を見上げた。
 そして再度、表札を確認した。

『二条院』とある。

 新しい家が立ち並ぶ近頃では知らない者も多いだろうが、 二条院家といえばこの辺りでは一二を争う名家である。
 確か二条院流なぎなた術とやらの家元でもあった。
 ここから少し離れた山のふもとにだだっ広い本家があり、このグレーの壁の家は言わば離れのような物だ。

 古くから家系が続く旧家となれば、当然その土地の神社との結び付きも強い。
 早い話が氏子ーー貴崎の実家、貴崎神社のお得意様なのである。
 更に貴崎家と二条院家は親同士が同級生ということもあり、家族ぐるみのお付き合いだ。

 ただ、一つ目の不幸として、この二条院家にはアイツーー二条院 学(にじょういん まなぶ)という厄介な奴がいる。
「俺様メガネ」という通り名を持つ、血も涙もない悪人で、人の心の傷口に指を突っ込みえぐり尽くすのを趣味にしているような、とにかく嫌な奴なのだ。
 貴崎よりも背が低い癖に、徹底した上から目線で貴崎を馬鹿にしてくる。
 勉強もスポーツも得意だが、恐ろしい程の不器用さで、それをからかうとキレだすのでまた面倒臭い。

 年に数回、神社の行事ごとで顔を合わせるたびに貴崎に災難をもたらす。

 二つ目の不幸は、今現在なぜかその二条院学と同じ高校・同じクラスに通い、毎日のように顔を合わせなければいけない事。
 案の定、生徒会役員と学級委員に名乗りをあげてヤリタイ放題。期待を裏切らない独裁主義を貫き、我がクラスを手中に収めている。あれが次期生徒会長候補というから世も末である。

 三つ目の不幸。いつの間にか二条院学に背が追い抜かれている事。これが貴崎としては一番辛い。

 まさかこの紙切れ一枚で悪魔のもとに導かれようとは、いったいあの恋人はどういうつもりだろう。

 目的地はてっきり久遠の家と信じて疑わなかったが、そうではなかったらしい。
 念のため周囲にグレーの壁の家が無いか、久遠と書かれた表札が無いか歩いて探し回ったが、残念ながらそれらしい家は他に無い。

 もう一度、ヤツの家を見上げる。
 邪悪だーー。
 今にも玄関からアイツがひょっこり出て来そうな気がして寒気がする。

 うん、そうかそうか、なるほどーー。

 貴崎は一人腕組みをして目の前の事実を寛大に受け入れた後、速やかに踵を返した。

 いくら冬馬の頼みとはいえ、二条院学と一緒に遊園地に行くというのは遊園地側にも迷惑がかかる気がする。

「久遠ともう一人」と冬馬が言うから、久遠の新しい彼女かと思っていたが、まさかあの俺様メガネとは。
 久遠と二条院。驚愕の組合せだ。

 久遠は、金髪にピアスだらけの背の高いクラスメイトで、いつもダルそうにしていて一見チャラそうだが、話してみると案外いい奴である。少し前までは貴崎と同様、遅刻欠席の常連だった。趣味でやっているバンドのドラムはかなりの腕前という。
 外見、性格、趣味、どれをとっても二条院との共通点など皆無で、むしろ対極に位置する二人とも思えるのだが、案外そういう奴等が友達同士になるのだろうか。
 友達作りが苦手な貴崎にはよく分からない。

 しかしどうしたものか。
 貴崎は暗い面持ちでコンビニの自動ドアをくぐった。
 そして今からどうするべきかを真剣に悩みつつ、今週号のマンガ雑誌を手にとった。

 ちょうど気になる連載にざっと目を通し、しっかり読み込むための二周目に入ろうとした時だ。
 自動ドアが開くと同時に、隣で立ち読みをしていたサラリーマンがそちらを見て動かなくなったので、貴崎もつられて顔を上げた。

 ちらりと見るつもりが、二度見して目が離せなくなった。

 こんな町にも芸能人がいるのか。
 貴崎は目を見張った。

 男物のコートを肩に羽織り、寒そうに両腕を抱きながら不安そうな表情で店内を見回す。
 コートの隙間から覗く、白くて長い手足。
 栗色のストレートがさらさらとなびく。
 アニメから抜け出してきたような可憐な作りの顔。遠目にもわかる長いまつ毛。外の寒さのせいか頬が紅い。

 名前も顔も知らないが、名のあるアイドルに違いないと貴崎は確信した。
 もうなんというか、オーラが違う。

 次の瞬間、その美少女と視線ががっちり噛みあった。
 キッと睨みつけられた気がして、慌ててマンガ雑誌に目線を戻す。

 かつんかつんと高いヒールの音が近付いて来る。
 それは貴崎の真横まで来てーーそして止まった。

 恐る恐る顔を上げると、美少女が腕を組みこちらを見下すように睨んでいた。

「なにをしている」

 名も知らぬアイドルは目を細めて静かにそう言った。

 唖然とした貴崎の返事を待たず、少女は貴崎の腕をむんずと掴み、凄い力でコンビニの外まで連れ出した。

 コンビニを出てからも貴崎の腕を引っ張り、少女は無言のまま道を歩いて行った。
 恐らく人違いか何かだろうが、美少女にいきなり声をかけられ連れて行かれる機会はそうそう無い。

「あ、あのっ……!」
 何度か呼びかけたが少女は無言で歩いて行く。

 少女に引きずられるように歩いていると、ちょうど向こう側から見覚えのある顔がポケットに手を突っ込み気怠そうに歩いて来た。

 くすみの無い金髪。鈍く光るピアス。

 向こうもこちらに気付いたらしく、軽く右手を上げて「よお」と呑気に言った。

「久遠!」と貴崎が発する前に、きつく握られていた腕を唐突に離されてバランスを崩す。よろめく。
 美少女は貴崎を邪険に振り払うと「翔っ」と可愛い声を出して久遠の方へ駆け寄った。先程までとは比べ物にならない程の可愛いらしい笑顔で、いかにも嬉しそうである。

 もしかして、久遠の彼女……なのかーー?

 腕をさすりながら貴崎は二人を眺める。

「もう着替えたのかよ、はえーな。お、貴崎も来たか」
 久遠は少女の格好を見てから、後ろに立つ貴崎に顔を向けた。
 すると少女も貴崎を振り返り、言った。

「ああ、こいつはそこのコンビニで拾って来た」

 人を空き缶のように言って、つんとした表情で久遠に向き直る。
 見た目はアイドルたが、なかなか癖の強そうな人物だ。

「あと、こ、これは、出掛ける時の服とは、また別だから……」

 少女がプリーツを押さえて恥ずかしそうに言う。
 久遠が「へぇ、カワイイのに」と返すと、少女は頬を紅くして俯き「うん、まあ……そーなんだけど……」と消えるような声で言った。
 こんなツンデレ振りを見せつけられる義理は無いと、貴崎は早々に帰りたくなった。

「ま、とりあえず寒いし部屋上がってもいいか? マナブ」
「そうだな」と微笑む少女。

 マナブーー女にしては珍しい名前だ。そう思いながら少女が入ろうとする家を見上げて貴崎は足を止めた。

 あのグレーの壁の家である。

 マナブーー?
 学ーー?
 二条院ーー学ーー?

 貴崎はハッとして少女を凝視した。

 背中がぞくりとする。嫌な汗が出る。

「ま、まなぶ……ッ!?」

「なんだお前、気付いてなかったのか」

 貴崎は「うわぁッッ!」と声をあげて仰け反り、後退った。

 愛らしい顔、長い手足に艶やかな髪。
 アイドルのような美少女の正体ーーそれはあの二条院学であった。

「へ……変態……っ!!」
 貴崎は真横にいた久遠の背中に隠れてわなわなとしながら、例の美少女ーー女装した二条院学を覗き見た。

 確かに身長はあれくらいだし、少女の声だと思っていたのもよく聞けば二条院の声に違いない。
 二条院は日頃分厚いレンズの眼鏡をかけている。眼鏡を外した素顔を見たのは随分と小さい頃なので、どんな顔だったか覚えていない。だから目の前の少女が二条院学と同じ顔をしているかどうか、それは正直貴崎には分からなかった。

 久遠の腕に隠れてじっと変態を観察していると、二条院がコワイ顔をして向かって来た。

「翔に、べたべた触るなッッ!!」
 そう言って貴崎に掴みかかると、少女は片脚を天高く振り上げた。

 二条院学の得意技。踵落としだ。

 貴崎は長年の功でそれをかわした。
 そしてこの無駄のない身のこなし。やはり目の前の美少女は二条院学なのだと確信した。

「おいこら。ケンカすんなー」
 久遠は教師みたく言って、二条院と貴崎の頭に手を乗せポンポンとする。

 家に上がり部屋に通されると、二条院は何かを取りにすぐ部屋を出て言った。

 久遠と二人きりになったところで話を聞けば、何を隠そう久遠と二条院は付き合っていると言うではないか。
 それで先程貴崎が久遠に触れた時にぎゃあぎゃあとうるさかった訳だ。

 何が辛くてあんな性悪で女装する変態メガネの人と付き合うはめになったのかと聞けば、久遠は少々言い辛そうに「……ちょっといろいろあってな」と言って、へらへらと笑った。

 笑い事ではないだろうと思ったが、ふぅんと貴崎は返した。
 金髪にピアスという出で立ちの久遠が、ついこの間急に黒髪に眼鏡をかけて登校した騒ぎがあったから、その事に関係するのかもしれない。

「付き合ってるっつーのも、まあ俺は一応そのつもりなんだけどさ……正直、向こうがどう思ってるかは……微妙だな」
「なんだよそれ」
「ちゃんと恋人同士になろうって話し合った訳じゃねえし。まあでも、2人で出掛けたり、手繋いだりはする」
 少し照れながら嬉しそうに話す久遠を見て、本当に二条院のことが好きなのだろうと察しがついた。なんだか気の毒である。

 ちょうどそこへ二条院が戻って来た。
 部屋に入ってくるなり、「どうだ、これ?」と誇らしげな顔で二人の前にワンピースをかざした。

 七分袖の白いワンピース。全体が薄いレースに覆われているが、バレリーナのような華やかさは無く、どちらかというと大人しく落ち着いた雰囲気に見える。
 チュニックがどうとかフレアがどうとか二条院の説明はさっぱりだが、ふわふわしていて上品な服というのが貴崎の印象だ。

「おっ、いいんじゃね?」と久遠が言ったので、貴崎も「まあ、うん……」と適当に答えた。

 すると二条院は「よし」と頷いてから、ワンピースを貴崎に放り投げた。

「じゃあ、さっさと着替えて来い」

 貴崎はベッドに腰をかけて口を開けたまま、ひとしきり二条院を見上げた。

「は?」

 やっとの思いで声を出すと、二条院も「は?」と怪訝に言った。

 それからしばらく、当然ながら貴崎は二条院に逆らって言い争いをした。そして当然ながら言い負かされた。

 お前が変態に身を投じるのは勝手だが自分まで変態扱いされてたまるかと反論すると、これは冬馬に頼まれた事だと二条院が言う。

「あ、それはマジだから」と久遠も言った。

「彼女ってことで学のライブの写真見せたらさー、可愛い可愛いってあんまり褒められるから、野木と成宮に彼女の正体話しちゃったんだよなー」
 話しちゃったんだよなー、ではない。
 そもそも二条院学のライブとは何なのか。怖くて聞けない。
 惚気ける久遠を睨みつける。
 自分も二条院をアイドルと勘違いして浮かれていた事はさておき、成宮が二条院の女装を可愛いと言った事も何だか腹立たしい。

 だがやはりあの悪名高き二条院学に勝てる訳はなく、最終的には授業の出席日数がどうなってもいいのかと脅され、貴崎はワンピースを抱きしめたまま廊下に放り出された。

 言われた通りの部屋へ行き、鏡の前に立つ。
 身体にワンピースをあてがってみる。
 これは笑える。
 やはり自分にはこの一線は超えられないと、また廊下に出た。

 二条院と久遠が待つ部屋へ一度戻ろうとしたが、ドアの隙間から中を覗くと、二人が思いの外いい雰囲気になっている。

 今にもキスしそうな距離で顔を寄せて、声をひそめている。触れないながらも、久遠の腕がさり気なく二条院の背に回る。
「じゃあさぁ、今度俺の部屋来いよ。新しい曲練習するから」
 囁く久遠の横顔に大人の気配が漂う。
 あの俺様メガネがどんな顔してやがるのかと目を凝らしたが、生憎二条院は後ろ姿しか見えない。それでも美少女の流れるように綺麗な背は、弾むように肩を揺らしくすくすと笑ったようだった。

 ちくしょうーー。
 貴崎だって先日大人になったと思い込んでいたのに、部屋の雰囲気にあえなく惨敗。
 ひどく自分が子供のように思えた。
 二人に漂う空気ーー貴崎には分からない大人の駆け引きのような複雑な気配は何だ。数学の因数分解に苦戦している貴崎には到底理解し得ないだろう。

 なぜこんな思いをしなければならないのか。
 ひどい敗北感を覚えながらワンピースを抱き締めて、もと来た部屋に戻る。

 出来ることなら今すぐ冬馬に会いたい。
 頭を撫でてもらって、ぎゅっとして欲しい。
 気を緩めると目頭が熱くなる。

 逃げ帰った部屋で途方に暮れて丸まっていると、ドアが開く音がした。
 廊下を覗くと久遠が「じゃあ後でな」と階段を下りようとしている。

「え、久遠帰んの!?」
 貴崎が飛び出すと二条院が目を細めてこちらを睨んだ。

「お前、まだ着替えてないのか」

 久遠は寄る場所ができたから先に家を出て、待ち合わせの駅には直接集合するという。と言うことは、この家に二条院と二人きりで残される事になる。
 地獄だ。

「ま、まあ……成宮も、楽しみにしてるから、さ」
 久遠は服を抱き締めた貴崎を見て、玄関先で励ますように言った。

 貴崎は人質になった気分で久遠を見送った。




「さっさと着替えろよ、バカ」

 二人きりになるなり二条院は腕を組み、部活動を監視する鬼顧問のごとく貴崎を上から睨みつけた。
 ただし表面上はアイドルのような美少女である。
 現実から逃げるように貴崎は二条院に背を向けた。

「うっさい、変態」
 聞こえないように小声で言うと、二条院は「チビ」と言い返してきた。

「ちょっと恋人ができたくらいで調子乗んな、バカ祐」

「そっちこそ。久遠と手しか繋いでないくせに偉そうにすんな、ばーか、バカ! お子様ー」

「はあ? お前はお子様じゃないのかよ!」

 当然とばかりに貴様が失笑すると、二条院は少し悔しそうに口を尖らせた。いい気見である。
 ざまあみろと勝ち誇っていると、二条院はまた上から目線で話し出した。

「お前、ホントにバカだな。恋人同士なら相手を焦(じ)らせるのは基本中の基本だろ」
「は?」
 相手にすまいと顔を背ける。

「付き合ってすぐに最後までヤったら、速攻マンネリ化するに決まってんだろ。だいたい軽い奴だって思われて、絶対嫌われるぞ、そんなの」
「そ、そんなこと……わかんないだろ!」

「アホめ。俺の言った事が間違ってた試しがあるか? お前は誰のおかげで留年せずにすんでんだよ。俺の抜き打ちテストの予想が外れた事なんてないだろうが!」
 確かにそう言われるとその通りである。
 二条院が貴崎にふっかける無理難題、その災難の見返りに受け取る情報や予想は凄まじい正確さだ。

「でも……俺と冬馬は、特別な絆で……」

「絆とか言うな。お前さあ……、本当に分かってないんだな。相手は成宮だろ? うちの学校だけでファンクラブ何人いるとおもってんだよ」

 さすがに次期生徒会長候補の言葉は重い。
 貴崎が言葉につまり黙りこくると、二条院は意地悪くニヤニヤとして言った。

「そういやバスケ部は来週、強化合宿だろ? どうせ知らないだろうから教えてやるけど、バスケ部のマネージャーの内2人が近々成宮に告るって噂だぞ? 1人は背が高くてモデルのバイトしてる3年の女子。もう1人は、巨乳で社長令嬢の1年」

 実態の分からないファンクラブはともかく、そういった具体的な話は聞いているだけで苦しくなる。
 背が高い、モデルのようなスタイル、巨乳、社長令嬢。
 貴崎は目の前にある姿見に目をやった。
 その噂の女子達にどれか一つでも勝る所があるか。
 背は低いし、スタイルどうこうのレベルではない。男だからもちろん乳は無い。その上家は潔い程の貧乏である。

「ああ、そうそう。翔が俺の写真を見せた時、成宮がすっげー羨ましがってたって知ってるか? こんな可愛い彼女を連れて外を歩けるなんて、夢みたいだねって」

 冬馬がそんなことを。
 貴崎は愕然として、その場にしゃがみ込んだ。

 恋人にして、手を繋いで歩きたい女子。
 周りに自慢したくなる恋人。

 鏡の中を見つめる貴崎に追い打ちをかけるよう、二条院はふと真顔になって、そして哀れむように呟いた。

「お前……、すぐに飽きられて、捨てられちゃうぞ?」




「まあどう見ても貧乳顔だからな。胸は盛らなくていいだろう」

 二条院が手を払いながら立ち上がり、鏡の中をのぞき込んだ。

 貴崎はすがるような思いでもう一度全身を眺め、神妙に二三度頷いた。

「お、思ってたよりは……悪くない、かな」

 か細い声でおびえるように言うと、「当然だ。誰が選んでやった服だと思ってんだ」と二条院が言った。

 胸の辺りまで伸びた手触りの良い髪に指を通す。
 もちろん自分の髪ではない。
 耳から下はウィッグというやつである。

 長い黒髪に白い肌。頬が少し上気しているように見えるのは、生まれて初めて施した化粧のせいか。
 不安そうな表情の小柄な少女が鏡の中からこちらを見ている。

 水が滴るような小さな唇。このグロスといやつがベタベタしていて大変不快。
 挙げ句、まつ毛には石油のような黒いドロドロを塗り付けるという小細工を詐欺まがいに乱用したおかげで、まるで別人のように可愛らしい乙女が完成したーーような気がする。
 二条院によれば、これでもかなり薄化粧だと言う。

 上品な白いワンピースのおかげで、どうにか貧乏神社の息子には見えず、一見育ちの良い大人しいタイプに見える。
 ただやはり履き慣れないスカートは下半身が落ち着かない。
「あのさー、これもっと上まで上げちゃ、どうしてもダメ……?」
「だからスカートの中まで上げたらニーハイソックスの意味がないだろ! 何度も言わせんな、バカ」
「んー……でも、なんかスウスウして気持ちわりい。ってかこのスカートとソックスの間の微妙な隙間が……。これ、いる?」
「そこからちょっとだけ肌が見えんのがいいんだろ」
「よくねえよ……男の太ももチラ見して何が嬉しいんだよ」
 貴崎が泣き言を言うと、二条院は「そう案ずるな。お腹の弱いお前にとっておきのアイテムがある」と誇らしげに言った。

 貴崎の女装が完了すると、次は二条院が着ていく服を選び始めた。
 あれもこれもと袖を通しては、翔はどっちの方が好きかなと切実な顔をして悩む。どちらが可愛いかと一応貴崎に意見を求めておきながら、貴崎の意見を参考にする気配は全く無い。
 久遠は、二条院の本心が分からず、付き合っているかも微妙だと言っていたがーー。なんだよ、両想いかよーー。

「ちょ、ちょっとスカート短くね? どう思う?」
 余裕の無い二条院。
 もうその仕草や表情が完全に片想いの女の子である。
 デートの服装に真剣に悩む変態メガネ野郎を一瞬可愛いと思った自分を貴崎は恥じた。
 とことんウザい奴である。

 二条院の着替えが終わると二人で一階のリビングへ行った。
 家を出るにはまだ早い。

「ほら、おたべ」と出されたアイスを仔犬のようにがっついていると、二条院が「予想以上に上手く出来たな、さすが俺」と貴崎を眺め、自分の手柄を主張した。

「そうだ、祐。お前に一つ頼みがある」

 思い付いたように二条院が言った。
 貴崎のことをすんなりと名前で呼んできた時は要注意だ。

「嫌だ……」

「そう言うな。大した事じゃない。ちゃんとご褒美もあるぞ」

 そう言って二条院は携帯を取り出す。

「嫌だよ、絶対……。お前の頼みは厄介事ばっかだからな、昔から。俺がそれでどんだけ大変な思いしてきたと思ってんだよ」

「だから、そんな大した事じゃないって!」

「絶対ウソだ」

「ウソじゃない」

 貴崎はアイスをぺろぺろやりながら二条院に疑いの眼差しを向けた。
 少し考え悩んだ後ぽつりと聞く。

「ちなみに、褒美って……?」

 美少女は勝ち誇ったように不敵な笑いを浮かべた。




【後書き】
お久しぶりです☆
いつもの悪い癖が……どうしてこの話は1話が長くなっちゃうんでしょう。
出ました。今回も1万字超。
2回に分ける事も考えましたが、ひと月以上間隔あいてるし、ブログは好き勝手しちゃう宣言もしたので、載せちゃいましょう。
読者様の方で2回に分けて読んで頂く、セルフな感じのブログになりますm(_ _;)m

あ、久遠&二条院をもっと知りたい方は『アンドロイドボーイ』をどうぞ。
別に読まなくても今後全く支障ありません☆

さて、ここまで辿り着いてくれた強者、どれくらいいるんでしょうか。
もうふらふらでしょう……なにしろ私も読み返すのが大変だったので。
是非最後の力で拍手をポチっと、『読んだでー』報告を♪
そして長い癖にこんな内容でホントごめんなさい!m(__)m
お読み頂きありがとうございました♪
ではまた次回。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

転じて吉[第15話]

※内容にはド性描写が含まれますので、成人腐男女以外はご遠慮下さい。

※今後ブログでの1話先行実施により、今回は話数調整のためブログには2話分(7000文字程度)まとめて『明星の』として投稿します。長い文章となってしまい申し訳ありません。
小説家になろうサイトでは今回『明星の(前編)』、次回更新時に『明星の(後編)』として1話ずつの投稿となります。

※今後は全てスマホでの執筆&投稿となります。読み辛い点、誤字脱字多々あるとは思いますがご了承下さい。

宜しければ『続きを読む』から本編へとうぞ


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転じて吉[第十四話]

【注意】性描写が含まれます。腐男女以外はご注意下さい。

 

『本物の夜』


 男でも女でもない。
 子供でも大人でもない。


 成宮冬馬の恋人は、性と永遠の間(はざま)に存在している。
 僅かな月明かりに浮かび上がる、白磁器の表皮。それは少なからず眼にしてきたどんな肌よりも、成宮を撹乱させた。

 やっぱり――この世のものではない。

 成宮はそう確信する。

 恐ろしく尊いものにひれ伏し、絶対の服従を誓うように何度もキスを落とした。





 少し前。

「祐……、俺のこと、怖い……?」

 愛撫を止め、高ぶる感情を抑えた声で成宮が聞くと、親指に触れていた唇の小さな震えが、ぴくりと止まった。

 少しして貴崎祐がおもむろに首を横に振る。

 本編終了後、映画の予告編を次々と映し出すテレビ画面。
 それに照らされ、けばけばしく染まる祐の瞳。

 気がつけば終わっていたアニメの映画版。
 海賊王がどうとかいう少年マンガのストーリーは、祐の気引きたさに一応目を通していたが、やはり根本的な興味の欠如なのか、映画が始まった途端、主人公含め全員が初対面であったので諦めた。
 自分の息で髪が揺れる距離に、祐のうなじがあったのだから、どうしようも無い。

 小さな手に指を絡ませ、成宮は身体を起こす。
 覆い被さるように祐を見下ろし、呼吸を整え、ゆっくりと言葉を選びとった。

「祐が怖がったり、嫌がるような事は絶対にしたくないんだ。だから……」

「だッ、大丈夫……」
 祐が慌てたように成宮の言葉を遮る。

「お、俺、こういうの……。恋人同士で、どういう事するかとか、ちゃんと知ってるし……大丈夫」
 逃げるように泳ぐ祐の瞳を成宮は追った。
 
「ねえ、祐。……変な事聞いてもい?」

「な、なに?」

「祐ってさ、その……誰かとキスとか、した事ある?」

 我ながら愚問だ。
 あるはずがない。

 祐が前付き合っていた女子――名前も忘れたが――とは、お手々つないで仲良し幼稚園レベルだったはず。

 初デートの場所から誕生日に贈ったプレゼントまで、成宮は抜かりなく把握している。

 祐の趣味から習性、日常の変化に至るまで、全てにおいて成宮はチェックを怠っていない。そのためだけに毎朝制服を着て家を出ているようなものである。

 ストーカーなんぞと一緒にされては困ると、成宮は常々思っている。
 クラスメイト・弓道部員・祐の家族、あらゆる方面から、より確実な情報が集まる仕組みになっている。そういうシステムで、もう既に世の中は回っているのだ。
 幾らばかりか優れた容姿と能力は、その為だけに存在すると、成宮は本気で思っている。
 成宮冬馬は、そういう男なのだ。

 案の定、言葉を返せずにいる祐。

「キス以上とか……。あるわけ、ないっか……ごめん」
 もはやこれは成宮の独り言だ。




「ある。いっぱい……」

 祐がぼそりと言い放った時、成宮は告白された時と同じくらい意識が飛んだ。

「は?」

「キスも、それ以上イヤらしい事も、いっぱい……。したことある」

 祐は少し不貞腐れた面持ちで、はっきりと言った。

 そんなはずは――。

「で、でも、誰と? どこで……!?」

「それは……。ほとんどは部屋だったけど、たまに保健室とか、体育館の倉庫とか……」

 完全に成宮の脳ミソが停止した。

 祐が上目遣いでこちらをちらりと見る。





「……夢の中でだけど。……冬馬と」

 その一言が無ければ、成宮は狂っていた。
 口を尖らせる祐を、成宮は眉をひそめて真剣に凝視した。

「冬馬っ、腕……痛い」
「あっ、ご、ごめん!」

 いつの間にか力まかせに握りこんでいた細い手首を、慌てて離す。

「え、今のって……夢の中の話? 」

 危なかった。
 一瞬、怒りと殺意の入り雑じった、どうしようもない黒い感情が腹の奥から沸き上がろうとしていた。
 それが差し水をされたがごとく、しゅしゅっと音をたて冷め、弾けた泡のなかから出る濃いピンクの蒸気が成宮の内側を満たす。

 俯(うつむ)いてうなずく祐のあまりの健気さに、成宮は目の前の細い首に今すぐ食らい付きたい衝動を抑えた。

 少し考えてから、「俺も。夢の中で、祐とたくさんイヤらしい事、したよ」と囁き、祐の額に口付けをした。

 今のやりとりを軽く復習して確認する。
「じゃあ、まあ……初めてって事で、いいんだよね?」

「そ、そっちこそどうなんだよ! 冬馬! キスなんて飽きるくらいした事あんだろ! 」

「そんなことないよ。初めてだよ……本物のキスは」
 微笑んで覗きこむと、祐はぷいと横を向いた。

 ホントなのに――。




「俺だって……。ネットとかで、ちゃんと調べてイメトレしてるもん。だから、さ、最後まで出来る――と思う」
 語尾は自信無さげにしぼみ、祐は薄い下唇を噛んだ。
 最大限に泳ぐ、漆黒の瞳。
 イメトレのくだりは詳しく聞きたかったが、成宮はしばらく祐の表情に見とれた。

 瞳を閉じて、祐の前髪に頬を寄せる。

「ごめん……。今まで、寂しい思いさせて。
 俺、祐の事、絶対満足させるから。夢の中よりずっと……」

『赤ちゃんはコウノトリがデリバリーしてくるのではない』と、祐はちゃんと理解している。
 想像していたよりも健全な高校生に成長してくれていた事に、成宮は安堵した。
 今からの二人の成り行きを、祐がどこまで覚悟しているのか察しがついた点も、成宮にとっては大きな収穫だった。




「冬馬?」

「なに?」

 成宮が一人で喜んでいると、祐が不安そうに言った。

「テレビ、消すん……だよな」

「テレビ? ああ、うん……。消す?」
 成宮は少し考え、続けて聞いた。

「でも……。真っ暗になっちゃうよ?」

 すると祐は、ぎゅっと眉をひそめた。
「夢の中では、消してくれたのに」と呟く。

 なんて紳士的なんだ、夢の中の俺――。
 夢の中くらい、もっと欲望を丸出しにしても許されるだろうに。

「ごめん、そういうつもりじゃなくて! 祐、真っ暗なのは嫌いかなって。ほら小さい時、真っ暗だと寝れないってよく泣いてただろ」

 苦しい言い訳にノーコメントを貫く恋人を見て、成宮は渋々身体を起こしリモコンを取り上げた。

 暗闇でもちゃんと撮せるやつにしよう――。
 ビデオカメラを買う案にチェック項目を追加した。




 ぷつんと音を立てて訪れる無明の闇。
 色彩を失ったベッドの上、手探りで祐を抱き寄せ、唇を繋げる。

 しばらく暗闇の中で祐の感触に酔っていると、テレビを消したのも悪くないと思えてくる。
 視界がきかないのを理由に、祐の身体をさわり放題。音が無い分、可愛いらしい息づかいひとつひとつを味わえる。

 それに俗っぽいテレビの光よりも、月光こそ祐には相応しい。
 暗闇になって初めて気付く仄かな月の明かりは、祐の現実離れした存在を浮き立たせた。

 からりんと音がこぼれそうな細い鎖骨の陰影を、唇でなぞる。

 成宮はこの時ほど、月に感謝したことはない。

 月夜の力をかり、思いきって祐の下半身に腕を伸ばす。
 パジャマのズボンに手を忍ばせ、内腿の薄い肌の感触に触れる。

「……んッ」

 成宮の指先が祐の内腿を上り詰め、下着の膨らみをなぞると、成宮の耳元で小さな吐息が漏れ出る。
 意識が一瞬遠のき、その何倍もの反動が身体に押し寄せた。

 すでにしっかりと成宮の愛撫を感じてくれているのを確認して、成宮は素直に喜んだ。

 静かに下着の中に指先を滑らせる。

「んァっ……」

 成宮の意識を弄(もてあそ)ぶ祐の声を途切れさせないように、脱力している小さな口をこじ開け、舌を滑り込ませる。

 いかにも使用経験の浅い指ざわりのものは、張り裂けそうに熱く、成宮の手のひらの中でどくどくと鳴っている。

「可愛い……」

 思わず呟くと、余程恥ずかしかったのか、祐は口をつぐみ脚をぎゅっと閉じてしまった。

「祐、名前呼んで」

「とぉ、ま……」

 これが本物の貴崎祐なら、な――。
 祐によく似た肌を抱くたびに繰り返してきた思いが、脳裏をよぎる。よほど習慣化しているらしい。

 それを笑い飛ばせるほど、やはり本物の威力は凄まじい。

 気がつけば、息づかいは速く、興奮を隠しきれない自分がいる。

 今すぐにでも、無理矢理この細い脚を割り開き、祐の身体をこじ開け、中に押し入りたい。

 祐の中に全てを投じたい。

 それから眩し過ぎるくらいの明かりで照らし、祐の身体を隅々まで眼に焼き付ける事が出来ればと。

 想像する。

 微かに痙攣する白い肌。
 先ほどまで繋がっていた事を証明する、真っ赤な接合部。
 飛び散る白濁。
 恥ずかしさに内震える可愛い唇も、喪失感に濡れる瞳も、やめてほしいと懇願する幼い声音も。

 全てが成宮のものだ。

 成宮は焦る気持ちを抑え、呼吸を整える。

 耐えられるに決まっている。
 なにしろ、人生の半分以上を耐えてきた。
 そう自分に言い聞かせる。

「ァっ……んンッッ……」
 少し手を動かすだけで、祐は余裕のない声を漏らした。

 どくりどくりと張りつめた可愛いものを手で握りこみ、優しく上下させると、祐は「ふはァッ」と大きく息を吸い込む。
 成宮の背に回った祐の拳がぎゅっと握りこまれる。

 親指で輪郭に触れ、既に蜜が溢れ出た先端をなぞる。
 
「と、まァ……ダッ……あァッ」

 祐の押し殺すような喘ぎと共に、小さな身体が一度ぎゅっと萎縮したと思ったら、びくんと大きく跳ねた。




「ごめん。出ちゃった?」

 はあはあと息を吐き出すだけで、祐は返事をしない。
 成宮の指には、とろりとしたものが絡み付いている。

 祐の身体の一部がそのまま溶け落ちたかのように熱い。
 真っ白に光り、艶めいた糸を引くであろうそれに思いを巡らせる。

「まだ膨らんだままだね」
 手を僅かに動かすと、放心している祐の身体が敏感に反応した。

「下、濡れちゃったから、脱ごうね」
 成宮は起き上がり、祐の下着の中からそっと手を引き抜いた。

 暗がりなのをいいことに、濡れた指先を自分の唇に当て、垂れ落ちようとするものを丁寧に舌先ですくい取った。

 祐の、味――。

 中毒性の高い蜜の味わいを、しっかりと記憶する。

 以前、更衣室で着替える祐の後ろ姿を、目で追うのがやっとだった自分を思う。
 祐の体液に接触出来るなら、死んでもいいとさえ思っていた。

 祐のズボンと下着を剥ぎ取り、放心状態の身体が再び充分な熱を帯びるまで、舌を絡ませ、また愛撫を続けた。

 祐の下半身が物足りなそうに疼くの確認して、祐の耳に直接甘い言葉を囁く。

「祐、さわり合いッコしようよ。ね?」

 祐の膝に手をやり、優しく脚を開かせる。
 
「……ほら、俺のも、もうこんなだよ」

 小さな手を探り当てて自分の手でそっと包み込む。
 自らの熱い場所に引き寄せ押し当てると、祐の息づかいが止まった。
 動けずにいる祐の耳元に、熱い言葉を吹き込む。

「直接、さわって」

 堪らなくなった成宮は、窮屈になった下着の中に、祐の硬直したままの小さな手を引き入れた。

 人形のような指先が敏感な部分に触れた時、成宮は思わず息を漏らした。

 徐々に、後戻りできない快楽に呑み込まれていく。
 祐のぎこちなく固まった手に自分の手を重ねて、静かに動かす。

「ああ……祐の手、すごく気持ち、いい……」

 我慢出来なくなって、成宮は逸る(はや)る手つきで下着を下げた。

 己の熱いものを祐のものに擦り合わせると、祐の身体がまたぴくんと小さく跳ねる。

「んン……ぁあ……」

 一度達したせいか、祐の声は先程よりもずっと、とろけて艶めいている。

「ほら、祐もさわって。怖くないよ」

 二人分の熱に、祐の震える手を添え、自分の手を重ねる。

「と、まぁ、……ぁあ、あ、あッ、あッ……」
 緩い律動で身体を揺らす。
 揺れに合わせて聞こえる、殺人的な幼い喘ぎ。

 こすれ合う生々しい感覚に電流が走り、成宮まで声を漏らしそうになる。

 自分が抱かれる場合を除いて、情事の最中は声ひとつあげずにクールに振る舞う主義だったはずなのに。

 数多の偽物を寄せ付けない、圧倒的なポテンシャル。

 混じり気なしの息吹。肉声。
 純正の生身。

 本物の実力。

 臨場感ある抜群のサラウンドで、鼓動が叩く。聖域への秒読み。

 奥歯を食いしばり、成宮は表情を歪めた。

「祐……。俺、もう、頭おかしくなりそ……」





【後書】お読み頂きましてありがとうございます♪♪
おっ、前回から一ヶ月経たずに投稿でけたー!!
前回、一年半ぶりの投稿で、あんまり読んでいる人もいないだろうと思っておりましたら、な、なんと20件以上(ブログ&なろうサイト)コメントを頂きまして、もうビックリ!!
皆様心のこもったメッセージを頂きまして感動!!
それも、出産おめでとうございますと言って頂いたり、体調を気づかって頂いたり(TдT)
もうほんとに泣きそう(・_;)

一年半ぶりに、事あるごとにコメチェックしてはニヤニヤするこの感覚を思い出しました(笑)
前回明言した通り、連載間隔短縮のためしばらくコメレスは出来ませんが、いろいろな形で皆様に恩返しがさせて頂けたらと思います。
やはり前話投稿後二週間くらい(皆さんからコメが寄せられて私が浮かれてる期間)が一番執筆がはかどるので、今回も思っていたより早く投稿出来たのは皆様からのメッセージのお陰だと素直に思います。ありがとうございました☆

また、仲良くさせて頂いていたブロ友様からもメッセージ頂きまして、本当に恐縮です。
長い間ご心配をおかけ致しました。
コメレス同様、訪問させて頂く事が出来ない事をお許し下さい。
皆さん本当に文章の上手い方ばかりなので、訪問先でついつい拝読してしまって、自分の文章に落ち込む……という事になりかねません(T_T)
本当に申し訳ありません。

あ、そうそう。なろうサイトのメッセージはユーザーさんしか使えないので……と、わざわざブログの方に出向いて下さった方(それも同じ子育て主婦さん♪)がおられましたので、試しにユーザーさん以外からでもメッセージ入力して頂けるよう設定を変更致しました。

それにしても、ブログもなろうサイトも……一体どこから皆様この小説にたどり着いて頂いてるのか不思議でなりません。もしかして荒波のような苦労を乗り越えて、この小説を探しだしてもらってるんじゃ(*_*;
ランキングのリンクとかも、もう機能してなさそうだしねー。

もっとこうしてくれたらいいのに!というご要望ありましたら、お気軽にご一報下さい。

あっ、やべ。長くなり過ぎました。
そろそろ夕飯の支度をせねば……!

あ、二人目は男の子ですか女の子ですか? との嬉しい質問たくさん頂きました♪♪
ふふふ♪ やっぱり男の子ですねん!!
でもずっと欲しかった二人目なので許す!!

ではでは。

次回はついに……といきたいところなんですが、二人のラブシーンの前に、ちょっとブレイク♪ 軽い短編を♪ なんて考えております~♪ 主人公は祐と冬馬では無いのですが、ちゃんと二人の話もちらっと出てくる……はず。
上手く書ければいいんですが(^_^;)

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

転じて吉[第十三話]

【注】前回投稿より一年半ほど期間があいていますので、読みづらい点、辻褄が合わない点など多々あるかと思いますので、お許し下さい。
今更ですが、BL(ボーイズラブ)作品となりますので、ご理解頂けない方はご遠慮願います。



『後ろの少年』


「……なんか。夢みたい、だよね……」

 独り言なのか、問いかけなのか。
 背後で一人、うつつをぬかすに幼なじみに、貴崎祐はわざと気の無い振りをした。
 
 風呂あがりの熱は冷めたが、慣れ親しんだ石鹸とは違うボディソープの香りにまだ身体を包み込まれている。

確かに成宮冬馬の言うとおり。
 いまだに現実味は、無い。
 一度はこの世の者で無くなったための後遺症か、それとも数ヵ月前までは吐き気がするほど忌み嫌っていた幼なじみと同じベッドにいるからか。
 どちらもだろうと貴崎は思った。
 
 少し考えてから、夢であってたまるかとテレビ画面をにらみ付ける。

 まるで絵にでも描いたかのよう、爽やかで格好良くて、勉強もスポーツも万能、誰にでも優しくてクラスのみんなに好かれる、なんとも目障りな奴。
 自分だけはそう簡単に好いてやるものかと嫌悪していた事が嘘のように、今や性別を越えて恋人という形に収まったのだから、夢よりも現実の方が現実離れしていると言える。
 
 この状況に至る長い道のり、どれだけの勇気と恥ずかしさを汗に替え注ぎ込んできたか。貴崎は思い出したくもない。
 
「ね、思わない? こうして二人で、一緒に寝てるなんてさ」

 少しだけ寂し気な声に、貴崎は枕の端をぎゅっと握った。

「……別に。昔はよく一緒に寝てただろ」
 ぼそりと言う。

「ああ、まあ……うん。ずっと昔は、ね。子供の頃だろ?」

「今だって子供じゃないか」と口を尖らせると、冬馬は笑った。

「祐は、ね」




 長い間に出来てしまった二人の距離が、ひやりと背後をよぎった。会話はまた途切れる。

 ほの暗い部屋の中で、眩し過ぎる画面に照らされている。
 出来過ぎた話で、貴崎がずっと前から見たかったアニメの映画版DVDを、たまたま冬馬がレンタルしていた――らしい。

 ただ残念な事に、今はそのアニメのストーリーが全く頭に入ってこず、結果、貴崎はただ目ばゆく動く画面を眺めている。
 海賊王になりたいらしい主人公の魅力を、ひとつ残らず吸い付くす貪欲な何かが、この部屋には充満している。

 それにしても。
 ずっと貴崎祐の意識を奪っているのは、耳の後ろをかすめる、甘く柔らかな呼吸だ。
 
「祐、寒い?」

 背後からの声に、貴崎は小さく首を振った。

 後ろから回ってきた手が、掛け布団を肩まで持ち上げ、そのままごく自然を装って、貴崎の二の腕を伝い、するりと手の甲に重なった。

 冬馬が用意してくれた真新しいパジャマの肌触りを感じる度に、ドライヤーで髪を乾かしてもらった時の、着せ替え人形にでもなったかのような変な気分を思い出す。
襟をなぞり、一番上のボタンを丁寧にとめた長く端正なつくりの指先を思うだけで、どうにも不思議な気分になった。

 今までに着たことのない――と言っても、今までは兄のお下がりか、着なくなった体育のジャージで寝ていたわけだが――こんなにかしこまったパジャマは初めてで、どうも落ち着かない。
 冬馬は「とてもよく似合うよ」と言っていたが、たぶん家では照れ臭くて着れない事を、貴崎は既に確信している。
 
 



 映画も終盤に差し掛かかろうというのに、ちっとも気持ちは盛り上がらず、それどころか一抹の不安さえ感じ始めた。

 確かに焦りはある。
 貴崎には知識も経験もない。

 長い時間をかけて、大幅なズレを生じているであろう、精神的、肉体的な成長と感覚。

 深い亀裂となったそのズレは、そう易々と埋められるものなのか。
 そもそも、どうすれば埋められるのか。

 今晩、これから起こるであろう事を思い描いてはみるが、煙のように輪郭を残さずに、あっさりと消えてしまう。
 頭ではわかっているようでいても、それは以前に出くわした――今となってはまさに夢の中での話同然――信憑性のない体験と、 ネットで調べた危ういサイトの禁止用語の羅列でしかない。

早い話が、さっき冬馬が言い放った通り、貴崎祐はまだ子供なのだ。




 背後からやんわりと貴崎を抱きしめている冬馬は、といえば、おそらくだが全くテレビ画面を見ていない。
 なぜなら痛いくらいに、うなじに視線を感じるし、先程から暇を持て余すように貴崎の後ろ髪に頬を寄せたりしているのを、貴崎は敏感に感じとっていた。
 
 映画が終わるのをうずうずと待っているのだろう。

 もしも吸血鬼に背後をとられた場合は、きっとこんな気持ちだろうと貴崎は思った。
 無防備な首筋をさらし、いつ食い込むかもわからない鋭い牙を想像しては生唾を飲み下す。
 この緊張感を耐え抜くくらいなら、いっそひと思いにやってくれとさえ思う。

「……冬馬?」

「なに?」

「テレビ、見てないだろ」

「……どうして?」

「だって……、俺のことばっか見てんじゃん」

 すると後ろの吸血鬼は少し黙りこくってから、「……だめ?」と悪びれた様子もなく、ぬけぬけと全てを認めた。

 映画が始まる前は、俺もずっと見たかったんだよねと言っていたはずだが、その潔さに貴崎は少しばかり戸惑った。

「べ、つに……。別に、駄目じゃない、けど……」

 貴崎がそう言うと、では遠慮無くとでも言うように、後ろから回っていた腕が巻き付いてきて、きつく抱きしめられてしまった。
 少しパーマがかった柔らかな髪が耳の後ろにふわりと触れ、意識が揺れる。

 ふいに冬馬の熱い唇が、首筋の薄い肌に吸い付いたので、何の準備も出来ていない敏感な身体が思わず声をあげそうなほど萎縮した。

 衿元に指をかけ、貴崎の神経を弄ぶように口付けを繰り返し、熱い息を吹き掛ける。
 途中ちくりと強く吸われると、我慢していた吐息が口元から漏れていく。

 すると吸血鬼はにやりと笑うのだ。
 嫌でも気配でそうだと感じる。

「祐は昔から苦手だよねぇ、首」

 何か言葉を返そうとするが、くすぐったさと脳裏が痺れる感覚とで言葉が出ない。
 それどころか口を開けば、何かものすごく恥ずかしい音程がこぼれそうになる。

「覚えてる? 小学生の頃、夏祭りで祐が浴衣着たことあっただろ? 
 あの時、俺が浴衣の襟を直そうとして首に触れたら、そしたら……。そしたら祐、すごく可愛い声出してさ……。
すごく、すごく可愛いくって……」

 うっとりとした甘い声音で、嬉しそうに囁く。

「それで俺……、その日の夜に我慢出来なくなって、初めて一人で――――。

その時ね、祐のいやらしい姿、いっぱい想像したんだよ」

 驚きの告白に貴崎の視線が宙をさまよっていると、またたっぷりと首筋への愛撫が始まる。
 布一枚隔てた冬馬の指先が、徐々に貴崎の身体を締め付けるように這う。

「肌、直接触ってもいい?」

 水気をたっぷりと含む、くぐもった声に返事をする間もなく、パジャマの裾からすらりとした指先が潜り込んできた。

 冬馬の指が、貴崎の肌の感触と反応をひとつひとつを覚え込むようにゆっくりと脇腹から這い上がってくる。

 貴崎は今さらながらに怯えた。
 怖くなった。

 最後の抵抗をするかのように枕に頬を埋め、焦点の定まらない視線をテレビ画面に向けた途端、手首を強く引かれ、突然視界がぐるりと大きく回った。

 薄暗い部屋の中で仰向けにされると、上から覆いかぶさるように両手を付き、こちらを見下ろす冬馬の顔がある。
 影になって表情はよく見えない。

 ただ、既に身体の変化に付いて行くのがやっとな貴崎に対し、呼吸ひとつ乱さず、何も言わない冷静な口元を、また少し怖いと感じた。




「祐……」

 さっきまでとは違う、絞り出したような消え入る声に貴崎は、はっとした。

「許して、くれ、る……?」

 何を――。
 何を許せばいいのだろう。
 今までの事なのか、それとも今から起こる事をなのか。

 救いを求めるような、弱々しくて怯えた途切れ途切れの言葉は、ずっと昔、二人の気持ちが離れる前の、幼いままの少年のもののように思えた。

 ずっと――、待っていてくれたのだ。
 どうにも胸が苦しくなるのと同時に、愛しくてたまらなくなった。

 貴崎は自分でも気付かないうちに、小さく微笑んでいた。

 すると冬馬は感嘆のような溜め息をひとつ吐き、頬を寄せて言った。

「やっぱり――」

 聞き取れない言葉を残して、冬馬の唇が貴崎の唇に重なる。

 つい先程パジャマのボタンをとめてくれたはずの指が、今度はボタンをひとつひとつ丁寧に外していく。

 肩があらわになると、冬馬はまるで宝石に触れるかのようにゆっくりと指先を這わせ、頬をあてて貴崎の肌をしばらく見つめていた。

 いよいよどうしていいか分からなくなった貴崎は、うろたえて下唇を噛んだ。
 貴崎の肩に唇を押し当て始めた冬馬の吐息が、充分熱くなっている事に気が付き、その思いが増す。

 冬馬は、貴崎の太股に当たる下半身が既に欲情しているのを隠そうともせず、没頭しているようだった。

 どうやら知らないうちに話は上手くまとまったようで、室内が暗転した思った時には、テレビ画面にエンドロールが流れていた。
 それと同じ速さで、二人の関係が動き出す。
 
 熱いものが身体の下半分に注ぎ込んでいくのを感じながら、貴崎はぎゅっと眼をつむり、逆らえない流れに身を投じた。



【後書】
お久しぶりです……って、気がつけば前回投稿から一年半も経っている……。
お久しぶり過ぎて、もう読んでる人もいないのでしょうな(^_^;)
これは完全な「私的妄想置き場」となったな……。
まあそれも気楽で良しとしよう!

いやいや、よくない!
とりあえず、長くこの連載を読んでいて下さった方々、本当に申し訳ありませんでした。
もうこの声が届くことは無いのかもしれませんが、連載されることを待ってくれていた方の期待を思うと、本当に申し訳ないの一言です。

とにかく楽しみに待ってくれていた方達への謝罪の気持ちと、それから一年半たった今でも、ブログやこちらのページに足を運んで下さり、コメントや拍手を下さった方々に感謝の気持ちでいっぱいです。

どういう形であれ完結はさせる!という最後のプライドがあったので、終了させるつもりは無かったのですが、気がつけば一年半も経っておりました。

近況の方は……、執筆をしなかった言い訳になってしまうのですが、ずっと頑張っていた不妊(とまではいきませんが)治療と、二度の流産を乗り越え、今めでたく二人目の子を膝で寝かせております♪♪
去年の初めに妊娠し、過去の経験もあって、不安続きのマタニティ生活で執筆も滞り、やっと帝王切開で産んでから半年。妊娠する前の体調にも少し戻り、書いてみようかな…とはじめてみた訳です。

今回の内容自体は書きかけのままずっと手元にあったものなのですが、もう久しぶり過ぎて、恥ずかしくて恥ずかしくて、ひと通り目を通すのに一週間程かかり、更に設定や、書き方などもすっかり忘れて……もうえらい事でした。

でもこの一年半の間にスマホに変えた事もあり、ちょっと執筆しやすい環境にはなったかな。
子供二人を寝かせて、自分も眠りにつくまでの僅かな時間を利用して、数日に一回執筆していますので、正直次回はいつ!という断言は出来ません。

また、頂いた感想や拍手コメントに対する感謝の気持ちは、執筆に反映させ、少しでも連載間隔の短縮に努めさせて頂きたいと想います。なので、大変失礼なのは承知の上で、今後コメレスがあまり無い事をお許し下さい。
ただ、頂いたコメントや感想は絶対にチェックして、とてもとても執筆の力になっております。
今回の投稿も、一年半こんな作者のためにエールを送り続けて下さった方々のおかげだと、本当に感謝しています。もう、コメントもらって嬉しくない作者なんてどこにもいないんです!

と、ここまで言っといて、もう読んでる人もそういないから安心しろと自分にいいたい(笑)

では!

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