スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

できん相談 笑えん冗談[番外]


 接触感染(下)


 はあはあと息を荒げ、繋がったばかりの身体から熱を逃がす。
 小さく窮屈な中を押し広げ入って来た熱によって、体内も思考の隙間も全てが一杯に満たされ、悔しくも安堵している。
 ぎゅっと目を閉じ、全神経を一点に集中した。

「あアァ……すごく、熱いぃ……九鬼さんの……」
 目の前の肩に頬をすり寄せる。
 恋人の背中と後頭部に腕を回して、更に身体を密着させる。
 足の指先で触れる男の肌をなぞり、からませる。
 もう絶対に離さないと、病的な高熱を持った相手を捕食者のように締め付ける。

「あっ、あぁッ、アっ……ん、凄い……いい……。す、きぃ、九鬼さっ……ん……だい、好きぃ……ッ」
 身体が浮くほど揺さぶられる度に、また相手が欲する言葉が簡単に口をついて出る。
 何度も何度も、好きだと、もっと欲しいと相手を求める。
 いつから行為の最中に、こんなくだらない事を口走るようになったのか。恋人の恥ずべき性癖がしっかりと鳴砂自身に定着しつつあった。

 口を塞ぐ荒い息。マルボロのメンソール。
 一定の速いリズムで、乱雑にシーツの皺を増やしていく。
 テレビの音が近くて遠い。

 この瞬間も絶え間なく生まれ続ける新しい細胞の一つ一つが、男の匂いを記憶していくのを感じる。
 染まっていく。染められていく。
 絡む指先から、汗ばむ熱い肌から、唾液から、粘膜から、着実に感染していく。
 
 熱は高温から低温へ速やかに移動する。
 内側からも外側からも流れ込んでくる男の熱量で、鳴砂の体温が急上昇。体温計をくわえれば、きっと目に見える速さで水銀が昇るだろう。
 熱力学に従順な、つながった一つの物体が、熱平衡を保つべく激しく揺れて熱を分け合う。




 どれくらい喘ぎ続けていただろうか。 まだ激震の余韻が残る不安定な視界の中で、顔の横にある健康的に浮き出た鎖骨を指でなぞっていると、恋人が決まり悪そうに浅く息を吐いた。

「バイトの面接、よかったんか?」

 知らぬ間に古いドラマの再放送が始まっている。
 横目に映る時計を見ると、面接時間まであと二十分。

「ひどい人……こんな身体にしといて……。行ける訳ないって、分かってるくせに……」
 怒る訳でも無く鳴砂は小さく呟いた。 
 バイト先はマンションから比較的近い場所を選んだので、今から急げば間に合う。
 慌てて部屋を飛び出すのもいい。ただし、激しく責められた身体を引きずり、首にいくつもキスマークを付けた脳みそシャッフル男を雇う覚悟が面接官にあればの話だ。
 
 九鬼が枕元のリモコンをつかむ。
 テレビの画面が黒い横一本線に圧縮されて消えた。

 頭を乗せていた九鬼の肩が大きく動いて体制が変わる。横になったまま向き合い、至近距離で顔を覗きこまれた。
 優しいキス。
 音を立てて触れるだけで去っていく。

「歩……」
 静かな低い声、いつになく真剣な表情。嫌味なくらい整っていて、目のやり場に困る。
「お前、なんで……急にバイトなんて始めるんや。
 今の暮らしに何か不満でもあるんか? 金銭的に苦労かけた覚えは、俺、無いけどな……」
「そっ、そんなんと、違うよ……!」 
 初めて不安を口にした恋人に、頭を浮かせ慌てて否定する。

「ただ、ちょっと……自分でも働いてみようかなって、思っただけ……」
 正面を直視できない視線が泳ぐ。消え入る声に説得力が無い。

 本当は、恋人にクリスマスのプレゼントを買ってあげたいから。
 恥ずかし過ぎる真実を言えれば、どれだけ楽だろうと眉を寄せる。
 残念ながら今鳴砂の口座に残る金は、前の恋人からもらった金と、現在の恋人に世話してもらっている金。人にプレゼントを買うにはあまりにも相応しくない種類の金だ。
 今からでも、九鬼が運転手を必要としない週末にバイトすれば、少しでもまともなプレゼントが買えるだとうと、高校生よろしく一途な思い付きをしたのが一週間前。

 九鬼の心配そうな視線を避けて眼を伏せていると、頬を大きな掌が包み込む。同じ熱さの体温。

「歩……。俺は……、ホンマは、怖いねや。
 お前が新しい世界を知ったら、そっちに行ってしまいそうで……。
 そうなったら、俺はよう追って行けん。お前と違て、俺はこの世界でしか、生きていかれへんから……」
 
 素手で心臓を鷲づかみにされたような圧迫痛が胸部を襲う。

「……、九鬼さん……絶対、熱、あるわ……。
 俺が九鬼さんから離れるやなんて。そんなこと……あるはず無いのに……」

 初めて聞くヤクザの弱々しい声。怯える子供のような表情。
 またこの男から離れられない要素が次々と増えていく。
 いたたまれない気持ちで慌てふためき、男の首元に顔をうずめた。

「なあ、歩。
 俺はもう、お前がおらな、あかん……。
 やりたい事はしたらええけど、頼むから……。頼むから、俺から離れんといてくれ……」

 恥ずかしげもなくそんな台詞を吐く男が、逆にこちらを落ち着かなくさせる。
 どんな顔してそんなことを言うんねん――。
 きっと脳ミソが瞬時に溶解するほど優しくて寂しそうな顔をしているに違いない。斜め上にある男の顔を仰ぐ勇気が出なかった。
 
 熱のせい。風邪のせい。
 医学的におかしい。
 いつもはそういった感情を表に出さない男を狂わせるものが、一時的な炎症性のウイルスではなく、自分のせいであってほしいと淡く願う。

「す、好きって……ちゃんと、口で言ってくれたら。ずっと、一緒に……いてあげる……」

 顔を胸元に埋めたまま拗ねたように呟く鳴砂の要求を、九鬼はそんな事でいいのかと笑った。
 九鬼にはくだらない事でも、自分にとっては重要な事なのだと、また少し腹が立つ。ベッドの中でうわ言のように口走る以外では、ちゃんと言ってもらったためしが無いからだ。

 九鬼の唇が耳元に近寄ってきて、薄い隙間から一瞬息を吸うのが聞える。
 耳の縁に唇を触れさせたまま直接体内に注がれる熱い吐息と待ち望んだ言葉を、目を瞑り身体いっぱいに吸い込んだ。

 脳ミソが溶けて崩れる。全身の力が抜ける。
 心臓が一度大きく弾み、毛細血管が開き切る。
 身体のどの部分に触れられるよりも、ずっと性的に感じた。

 ずるい……。するいよ、九鬼さん――。 

 身体が燃えるように熱く、肌がこげる。
 ずっと喘ぎ続けていたせいか喉がひり付く。
 充足感を伴う弱い頭痛。
 全身に著明に現れた炎症反応が、新たな感染を告げている。

「歩は……? 歩は、誰が一番好きなんや?」 
 恋人は優しく誘うように、また分かり切った事を聞きたがる。
 耳にかかる息さえ敏感に感じ取る自分の弱さに、目を閉じたまま眉をひそめた。
 卑怯者。
 そう思うことが、既に負けを認めている。

「そ、そんなん。決まってるやないですか……。俺も……」 

 また相手が望む一言を口にしようと唇を開きかけて、ふと止める。
 異変に気付き、薄目を開けた。
 いつしかヒンヤリと感じる九鬼の肌。いつもとは違う指先の熱感。
 悪寒、鼻声、咽頭痛。
 久しぶりに思い出す、懐かしい感覚。

「俺も……。俺も……あの、九鬼さん……? なんか……鼻水出てきた」


        

            [完]
 

【後書】
 はい。風邪には気をつけましょうって話でした。
 スミマセン大した内容も無く、意味不明に三話にも。期待して下さってた方ごめんなさいm(_ _"m)

 それにこんな時間……。
 今日(もう昨日)は平日なのに久しぶりに仕事が休みでした。って事で、この話を早くアップさせて、他の短編でも一本書いたんで~!と張り切っていたんですが、ちらりと寄った人様のBL長編作品にはまり込み、一日読みふけってしまいました……。そして、毎回のことながら自分の力の低さを実感して落ち込むんですよね、長編は特にそのダメージが大きい(-_-;) 微力を尽くして精進したいと思います(。-_-。 )ノハイ

 さて、次は何を書きましょうか……?(←聞いちゃった……)
 また手書きブログでお知らせさせて頂きます♪
 それでは☆
 ヾ(´○` )お♪( ´▽`)や♪(´ε` )す♪( ´θ`)ノみ♪

  
スポンサーサイト

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

できん相談 笑えん冗談[番外]


 接触感染(中)


 「おい、歩……。俺、喉痛い。頭もガンガンする」

 重たい身体でベッドから抜け出し、リビングへ行こうとドアへ向かったところで、先程まで隣で寝息を立てていたヤクザが鳴砂を呼び止め、呟いた。
 サイドテーブルの目覚ましを見ると、バイトの面接二時間前。

「え……なんで?」
 薄暗い室内で、眠たい顔をしかめながら振り返る。
「なんでて。風邪やろ……なんか熱っぽいわ」
 手首を額に乗せて天井を見つめながら真剣に言う男の姿が、この日最初の笑いを誘った。
「風邪? さあ――、それだけは無い思いますけどねえ……」
 歩いていたらUFOが落ちてくるくらいの確率で、それは無い。
 どう考えても一年中半袖半ズボンで運動場を走り回っていたタイプだ。
「なんでや」
 そんなに真剣に聞き返されると、阿呆だからですとは言えなくなった。

「おい。どこ行くねん」
「体温計取りに行くんでしょう。どこにあるんですか?」
「ない。そんなもん」
 面倒臭いことになった。
 こんな忙しい日に限って……絶対わざとや――。
 溜息をつきながらベッドに近づき、上半身裸、下着姿で寝ている男を上から見下ろす。
「だからパジャマ着て寝んとあかんって言うたのに……」
「偉そうに言うな。どの口がほざくんじゃボケ。
 お前が服着せてくれと甘えるから着せたったら、こっちが疲れて裸で寝てしもたんやんけ」
 またそういう事を言う。情事の後の甘いわがままを、一夜明けてから責められても困るのに。
 掌で前髪をかき上げ、ムッとした表情の強面に額を合わせると、大好きな人の香りが一瞬の軽いめまいを促す。

「あ……ほんまにちょっと熱あるかも……」
 予想に反して九鬼の額は鳴砂の体温よりもはるかに熱かった。
 この分では、ある日突然空からUFOが降ってくる日もそう遠くは無い。

「ほんなら……俺、面接の帰りに薬買って来ますわ。だから今日は一日大人しく――、んぅっ……!」
 表情も見えない至近距離のまま後頭部が固定されたと思ったら、鳴砂の口にいっぱいに異物が侵入する。すんなりと唇を割って入ってくる高熱の粘膜が、乱暴に唾液をひと掻き混ぜ。
「んん――ちょっ……ちょっと! 何してんスか――風邪うつるやないですか!?」
 深く繋がろうとする唇を引き剥がして、袖で口を拭う。
「うつるわけ無いやろ。この世を揺るがす程の阿呆やのに……」
 畜生。気使わんと、俺もさっき言うといたらよかった――。
 この男に気を使うと後々必ず後悔することになる。殴られてでも言いたい事はその場で言おうと決心した。 

「九鬼さん……。言うたでしょ? 俺、今日の面接が上手くいったら、明日からバイト始まるんです。こんな大事な時に、風邪なんかひいてる暇ないねんから……」
 鳴砂が口を尖らすと、九鬼は鼻で笑って寝返りを打つ。
 こちらに向けた広い背中の上、肩甲骨の左半分に、暗い中でも鮮やかな鬼の錦絵が鳴砂を睨み付けていた。
「ああ、そうか。よう分かった。
 お前そうやってバイトで金稼いで、ある日俺の前から姿を消すつもりやろ?
 昨日もあの司法書士のガキと身体寄せ合って仲良うしとったしなあ。やっぱり逃亡の手引きでもしてもらってたんと違うか?」
 煙草を取り出してくわえ、空になった箱をぐしゃりとやる。
 
「またその話……? その話やったら、昨日あれから決着ついたやないですか。アドレスも消したし、名刺も捨てた。俺の気持ちはちゃんと伝えたでしょう?」
 決着がついたというよりは、無理やりつけさせられたという方が正しい。それも話し合いの末ではなく、恋人が選んだのはずいぶんと強引なやり口だった。
 くだらない嫉妬に駆られてヤクザを本気で怒らせたのがいけなかったのだ。
 思い出すだけで顔面が熱くなる、昨晩のベッド上。痛くて、苦しくて、その何倍も気持ちよくて、涙声で謝りながら手放しの意識を何度も消失させられた。
 その狂おしい快楽の主たる原因が、ただの激しい性交渉のせいではなく、相手の男に対する特別な感情のせいなのだから、実にたちが悪い。
 
 つくづくどうしようもないと鳴砂は自分に呆れる。
 相手が思っている以上に、自分が思っている以上に、気付かぬうちに良からぬ病に感染してしまっていた。
 恋の病、不治の病。そんな麗しいものではない。
 もっと浅ましく、淫らで欲深い。毒々しい症状を呈す病。
 離れていれば、不安や胸部の圧迫感に襲われ、近づけば、それはアルコールのように発熱を促し毛細血管を隅々まで広げる。触れてしまうと、循環動態が見事に即反応。全身が灼熱の熱感に火照る。
 動悸、めまい、喉の渇き。感染者の意思を無視して、症状は徐々に悪化の一途をたどっていた。

「ほんなら何で風邪で寝込む恋人見捨てて出掛けられるねん。
 普通は付きっきりで看病とかするん違うんか?
 お前は二枚舌やからなあ。ホンマは俺の事、金づるくらいにしか思てへんのやろ」
 子供のように不貞腐れた表情で吐き捨てる九鬼は、毒づく口に手をやって、半分も吸い終わらない煙草をサイドテーブルの灰皿に押し付け吸殻に変えた。
 極道などという、一般的な社会からは程遠い世界に身を置きながら、この男は堂々と普通という言葉を使って甘い恋人生活を要求する。脳ミソが感染でやられている鳴砂に言わせれば、そういう所がまた憎めない。
 
 うつ伏せに肘をついて、九鬼がリモコンをテレビに向けた。
 高らかにマイクエコーのかかった声を出すテレビ画面に目をやると、いいとも選手権がもう終わろうとしている。
 やばい。もうこんな時間や――。
「お前、明日の朝九時にアルタ前に集合せえや。びっくり素人さんのコーナーに出してもらえ。極道を恐れず何度も騙す、怖いもの無しのびっくり素人として……」
 センスの無い嫌味を言うヤクザの相手をしている暇は無かった。
 鳴砂は溜息をつく。

 付き合ってからまだ一月も経たない短い関係。
 ただ、その短期間に身体を重ねた回数、一緒にいた時間、低レベルな会話で笑い合った回数。相手との関係性を時間の長さでは無く、過ごした時間の濃さで測るなら、鳴砂にとって目の前の男との関係は限りなく深い。
 それこそ相手が言いたい事、自分に言わせたい事までもが、瞬時に分かってしまう程。

 すべすべとした広い背中に触れ、ゆっくりと頬を寄せる。
 微妙な表情をする赤鬼の絵と間近で目が合う。刺青の表面だけが少しヒンヤリと冷たい。 
「触んな」
 振り向きもせず吐き捨てる男の背筋を、人差し指でなぞる。
「九鬼さん……。俺の気持ちはちゃんと伝えたでしょう?
 俺は九鬼さんのことが好きで好きでどうしようもない。気がついたらいつも恋焦がれてる、どうしようもなく好きで仕方ないんです。
 この期に及んで、これ以上俺を夢中にさせてどないするつもりです? 女と話してるだけで後ろから刺されたいんですか?」

 これ以上話をこじらせる事無く速やかに出掛ける準備に移るため、相手が聞きたかったであろう鳴砂の本心を素直に伝えた。
 口から出任せ、心にも無い嘘八百を並べる方がまだ楽だと、鳴砂は滅入る。別に隠し立てする訳では無いが、好き好んで恥ずかしい本音を口にしたくは無いものだ。

「ふうん」
 背中から両腕を回し面を覗き込むと、九鬼は無表情で目を細め、澄ました返事をする。鳴砂がどれだけ気持ちを伝えようと、この男が本心を言葉で返してくれることはまず無い。

 皮膚の張った首筋に忠誠のキスを何度も落としていると、途端視界がぐるりと一回りし、一瞬目の前に広がった天井を遮る黒い影が全身に重く圧し掛かる。煙草の匂いが口元を荒っぽく塞ぎ、空気を奪う。
 スウェットの中に潜り込む大きな手が、鳴砂の弱点を迷い無く確実に撫で上げる。
「やっ! ちょっ……」
 脇腹を這う九鬼の手を服の上から押さえ込むが、それくらいで止められる程度の力なら、昨日の晩はあんな事にはならなかった。

 安定した時間を淡々と進めるテレビの中で、大物演歌歌手が音楽に合わせて大きなサイコロを振っているのが見えた。
 やばい。もう、ごきげんよう始まった――。
 改めて気持ちをちゃんと伝えれば話が早く片付き、面接に行く用意ができると思っていたが、逆効果だったかもしれないと後悔し始めた。

「ね、ねえ……九鬼さん? 熱あるんやし、そういう事は我慢しはった方がええんと違います? 風邪、余計にひどくなりますって……。
 俺も、もう用意せなあかん時間やし……」
 柔らかな口調で制止を要求するが、鳴砂の身体に覆いかぶさる熱が冷める事は無い。
「あかん。やらせろ」と荒々しく服をめくり上げる。
 覆いを剥がれた肌が、昨晩の乱れた記憶を勝手にリロードし始め、熱を持つ。

 男を止めようと冷静な台詞を吐いていたのは束の間。身体に続き精神までもがすぐに高揚し始め、吐く息が深く速くなる。
 感染した体内で何かが増殖し、自己規制システムが破綻。恥ずかしげもなく漏れ出す艶めいた吐息。
 いつもよりも熱い男の肌が、余計に症状の悪化を加速させていく。

「あぁ、んっ……ぁっ、そこ……」
 仰向けに背を反らせ、潤う瞼をギュッと閉じて、酔う。
 くったりと首を傾げたまま男の熱い指を口とは別の器官で舐め取っている。違う使用目的で備わったはずの消化器官が、今は甘いよだれを溢れさせ、新しい六番目の感覚として体内で蠢く悪戯な刺激を入電し続ける。
 
「あっ……」
 不意に指の感触が消えた。
 充分に火照ってた身体が、次に迎え入れるものを想像して煮えたぎり、嬉しそうによじれた。

「ほんなら、今日はここまでやな……。やめて欲しいんやろ?」
 鳴砂の顔の横両側に手を付き、真正面から見下ろす男が、平気な顔で有り得ない事を冷たく言い放つ。

「ぇっ……やあ。なんで、そんな意地悪なこと……九鬼さん……」
 うろたえ見上げた恋人の顔が完全に怒っている事に気付く。
 なだめる様に男の二の腕に指先を滑らせる。すがり付くような表情で、悩ましく首を傾け、なまめかしい涙目で最大限に誘う。
 内心不安を募らせながらも、自分を焦らせ惑わす太い指一本一本に、舌を見せ付けるように絡ませて、吸い上げ甘噛みする。

「早く……入ってきて、下さ……い」
 切なげに小さく囁くと、恋人の顔が僅かに歪んだ。

「お前……卑怯やぞ」

 熱い熱い。バイトの面接、怒涛の一時間十分前。



 【後書き】
 また息子を寝かし付けていて一緒に寝てしまいました(^^;; 気が付けばこんな時間に……。
 明日は仕事場の忘年会があるので、帰ってきてからの更新は難しいと判断し、今晩更新致しました♪♪
 明日余力があれば、後書きの更新でも致します☆
 テンプレ変えてから、幅が狭くなってちょっと読みにくいですね……そのへんも考えないと( ̄Д ̄;;

 今日は遅いので明日の仕事にそなえてお休みさせて頂きます<(_ _)>
 (人-ω-)。o.゚。*・★Good Night★・*。゚o。(-ω-人)
  

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

できん相談 笑えん冗談[番外]

 接触感染(上)


「ほんなら鳴砂君は、タカヒコんとこに一緒に住んでるんかあ」
「はい。運転手する代わりに居候させてもらってます」

 バックミラー、後部座席に座る男にチラチラと視線を送りながら、鳴砂は青信号を確認してアクセルを踏み込む。
 ジャガーXJのエグゼクティブ。4.2ℓのV8エンジンが唸りをあげて、スムーズに加速を始めた。

「で、仕事は? タカヒコのところの、あの風俗店か?」
「いえ……、今は無職です。そろそろバイトくらいは始めようかなあと思てます」
「なんや。可愛らしい顔してるから、わしはてっきりあの店の子かと思うてたわ」
 適当に作り笑いをバックミラーに反射させていると、さっきから口数少なく助手席で仏頂面をしていたヤクザが、ダルそうに首を鳴らして足を組みなおした。
 真新しい画面のカーナビが目的地周辺を告げる。

「堅気の子を捕まえて運転手させる上に、身の回りの世話までさせるなんざ、お前もずいぶん偉なったもんやのお。タカヒコ。
 さすがに島田の若頭が世話になったと挨拶にくるだけの事はあるがな」
 ニヤニヤと笑っているのが声で分かる。
 後部座席に座って紫煙をくゆらすのは墨元組五代目若頭の矢木。助手席に座る、タカヒコと呼ばれた男がその補佐役で九鬼。
 ある一件から、鳴砂は現在九鬼の運転手兼恋人をしている。
 その事件の時に島田組若頭の木場から盗んだ金を、海外の博打に注ぎ込んだ結果の一つが、この今乗っている高級車だ。以前鳴砂が乗っていたシボレーカマロと、九鬼が乗っていたレクサスは仲良く廃車にした。
 
 本当なら買い換える新車はBMWの7シリーズが良かったのだが、九鬼は同じ車種に乗る東京の従兄弟の話を持ち出して縁起が悪いと嫌がり、ベンツのSクラスを推した。
 恋人になった分、極道相手に強気に出る鳴砂との話し合いはどこまでも平行線をたどり、結果どういう訳かジャガーXJの左ハンドルを購入する事で話が納まったのだ。もちろんカーナビに加え、交通法違反ギリギリの遮光度を誇るリアウィンドウのスモーク、それ以外もオプションは全てフル装備した。

 矢木の意味ありげな言葉に、九鬼が正面を見つめたまま嫌そうに顔を歪める。
 そんな九鬼に構わず矢木の話は続く。
「こいつは仕事以外ではガキみたいな性格やからなあ。一緒に住むんは大変やろお?」
 鳴砂が迷い無く「はい」と答えると、右隣から鋭い視線が頬に突き刺さる。
「せやろ。ほんまにタツノにそっくりなんやあ、タカヒコは。何か面倒な事があったら、いつでもわしの所に言うておいでや。鳴砂君」
「そうさせてもらいます」

「矢木さん。俺がタツノに似てるんやのうて、タツノが俺に似てますねんで?」
 面倒臭そうに九鬼が後部座席を振り返ると、矢木は「そうか」と穏やかに笑う。
 年齢は五十前の白髪交じり。実に温厚そうな人柄なのに、どこか鋭く品格のある装いがこの男を極道なのだと教えていた。二日に一度の透析通いのせいで、支部事務所を任されているというのは肩書きだけ。実際に事務所をしきっているのは助手席の男だ。ほぼ隠居同然の生活を送っていながら、老いを感じさせない気品のある雰囲気に鳴砂は好感をもった。
 ちょっとタイプかも――。
 バックミラーに映る隙の無いダンディズムに目線を吸い取られていると、助手席からお得意の舌打ちが飛ぶ。

「こんなに乗り心地のええ車やったら、病院の送り迎えは鳴砂君にお世話になってもええなあ」
 どこかわざとらしい矢木の言葉に、何を言い出すのかと九鬼が眉をひそめてもう一度振り返った。
「矢木さんにはちゃんと護衛が出来る運転手を付けてるやないですか」
「だからあいつは車ごとタカヒコにやろ。下の者を付けたいと言うてたやないか。
 それとも何か? 鳴砂君取られたら嫌な理由でもあるんか?」
 痛いところを突かれたヤクザが「それは……別に」と決まり悪く言い、首を掻きながら前を向く。
 バックミラーの含み笑いを見て、この男は全てを知っているのだと鳴砂は確信した。知っていて九鬼をからかい、面白がっている。
 矢木は九鬼とは直接杯を交わした仲では無いが、タツノとこの男を本当の身内のように世話を焼いて可愛がっていると電話番から聞いたことがある。タツノに加えてこの男の世話まで焼くとは、計り知れない心の広さだと鳴砂は感動した。

 目的地のラウンジバーに到着して車を停めると、九鬼が助手席から降り、ごく自然な振る舞いで後部座席のドアを開ける。
 矢木が車から降りたのを確認してから、またエンジンをかけた。
 九鬼が運転席に歩み寄って帰りの時間はまた連絡すると伝えると、矢木が口を挟んだ。
「おい。せっかく来たんやから一緒に店に入れたれや」
「いや、矢木さん。こいつは帰りの運転があるから酒飲まれへんし……」
 九鬼が渋い顔をすると「ソフトドリンクくらいは置いてるやろ」と言って、矢木は鳴砂に向かって窓越しに手招きする。
 鳴砂が車から降りると「たまには豪華な食事して帰り」と、矢木は笑った。

 地下への階段を三人で下りる。
 『本日貸切』とプレートが掛かるウッド調のドアを開けると、中は想像以上に広かった。
 半円を描くソファーがいくつも並び、着物やドレスを着た沢山の女がスーツ姿の男達に酒を注いで寄り添っている。遠くから見てもわかるほどに、数え切れない作り笑いの群れが絵に描いたような接待パーティーを盛り上げていた。

 鳴砂が通されたのは、運転手や付き添い役専用の席であろう一番端の小さなテーブル。
 誰も座っていなかったが、料理だけはぎっしりと並べられている。サラダ、春巻き、ピラフにフルーツ。豪華ではあるが美味しそうとは言えない。
 まあ帰って一人でコンビニ弁当食うよりはええか――。
 矢木は奥のVIP席に座り、ホステスを遠ざけて誰かと難しそうな顔で話をする。それを護衛するかのように手前のテーブルで九鬼がグラスを傾けていた。九鬼のテーブルにはホステスが一人と、見るからに極道の男がもう一人。
 鳴砂の席にはホステスどころかウエイターすら寄って来ない。金にならないと分かっている人間には誰も寄り付かないのか、それが逆に気を使うことなく食事が出来て良かった。
 
 しばらく経つと徐々に店内が混み始めた。一人なのをいい事にくつろいでいたが、ついに鳴砂のテーブルにも他の客がやって来た。
 三十代半ばに見える洒落たスーツを着た男。クロコダイルの靴にブレゲの腕時計。誰かの付き添いには見えない。
 適当に話を合わせていると、どうやら男が司法書士だということが判明した。どうりで垢抜けているわけだ。
「僕もこういうパーティーは苦手でねえ」
 言葉とは裏腹に、さり気なく鳴砂の肩に回る男の腕。
 男がわざわざこんな賑わいの無い席に来た理由を知って、鳴砂は気付かれないように店内を見渡した。九鬼に言って、先に店を出て車の中で待つ……つもりだった。

 ところが視線を向けた先の恋人は、驚いたことに両脇に女をはべらし肩に手を回して、楽しそうに談笑していたのだ。
 なんやねん……あいつ――。
 くだらん嫉妬だと分かっていても腹は立つ。

「司法書士のお仕事って大変なんですか?」
 ニコリとホステス顔負けに明るく笑って男に身を寄せる。ビール瓶を手にとり男のグラスに向けた。
 男も笑い、話し始める。
 身体のラインをなぞるように男の手が鳴砂の腰に回る。
 遠くで談笑していたヤクザが、笑顔を凍りつけたまま目を細めて、くわえている煙草に手をやった。

 その後も九鬼が煙草に手をやる度にこちらを見ているのを感じる。が、断固として目線は合わせてやらない。
 それどころか、向こうからもよく見える仕草で隣の男と携帯の赤外線を使ってアドレスの交換をしてやった。
 この後二人で飲みに行こうという誘いはさすがに断ったが、もらった名刺は恋人からも見える位置で大切そうに財布にしまった。
 向こうで笑っていた男の顔が徐々に面白くなさそうに苛立ち始める。

 男とはいえ恋人である自分の目の前で、女の肩に手を回してイチャついていた九鬼が悪い。
 その決然たる思いのもとに宣戦布告。相手に見せ付けるべく隣の男に急接近した。

 そう。今思えば、それがいけなかった。




【後書き】
 お久しぶりでございます♪16です♪
 ずいぶんと寒くなりましたが、皆様お元気でしょうか??
 
 記事を上げればスランプスランプと泣き言をわめいておりましたが、書かない事には進まないって事で、一番書きやすい前作のキャラを引っ張り出して参りました(^^;)
 ということで、今日からゆっくりではありますが、大した内容もない番外SSを更新して参りますo(´^`)o 
 全三話。もう書きあがっておりますが、三日おきくらいに静かな更新をします。

 あ、ちょっとしたお知らせですが、BLブログ『瞬殺everyday…』の魅島夜空さんに教えてもらって、手書きブログというのを設置してみました。ここで更新のお知らせや、くだらない近況なんかを報告していきたいと思います♪

 今日は土曜でしたね(ΦωΦ)ふふふ・・・・
 いや……良かった。世界不思議発見♪たまらん……壁|〃´△`)-3ハゥー(←変態)
 もう中国のあの綺麗な湖(地名を忘れました。知識にプラスされないのがまた良い所)に行った気分で、息子を寝かし付けてから、酸化したボジョレーを飲みつつ、旦那が仕事の上司とオンラインでモンハンやってるのを眺めています。たまにタメ口になってるけど、あれはいいのだろうか……。まあ好きになさい。
 
 次の更新は、手ブロでお知らせしている通り月曜か火曜。予定ですので変更はありえます。一応手直しという自己満足的な作業が残っておりますので……。更新が遅れる場合は、手ブロの方にて報告させて頂きます。

 ではでは♪
 (*´ω`)o。゚:.・+GOOD NIGHT+・.:゚。o(´ω`*)

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

できん相談 笑えん冗談 〔最終話〕

 
 できん相談 笑えん冗談

  タツノが応接セットの革張りに身体をうずめて一服していると、事務所のドアが開いた。
 パーテーションから顔を覗かせて入り口を見ると、部屋に入ってきたのはジャージ姿に便所サンダルの見るからに筋者の男と、その男の前に立つ怯えた表情の少年だった。
 
 少年はタツノの顔を見つけると「あっ……」と声を漏らし、駆け寄って来た。

「ちいちゃんお帰り。どやった? 学校は。楽しかったか?」
 優しく言ってから細い腰に手を回し、チヒロを膝の上に座らせる。

「う……うん」と戸惑いがちにチヒロは頷き、デスクに座る数人の男達の目を気にしながら、タツノの二の腕に手を回した。
 その細い手首には二周り以上もサイズの大きいクロノグラフが巻き付いている。何かに強く擦り付けたようにシルバーのメッキが所々はげて、文字盤を覆うガラスに亀裂が這う。それでも秒針は軽快に円盤を刻み、フレームに彫られた天使の羽は鈍く柔らかな光を放っていた。
 
「ね、ねえ。タツノさん……」
 タツノの耳元に口を寄せて、内緒話をするように少年は声を潜める。
「なんや?」
「ここって、あの……。本当に、普通の会社……?」
「せやで。ただの経営コンサルタントの会社」
「そ、そうだよね……。タツノさん、普通のサラリーマンだもんね。
 ……ごめんなさい。変なこと聞いて……」
 チヒロは自分に納得させるように頷きながら、パーテーションの向こうをチラチラと気にする。
 
 チヒロの頭に手をやってサラリとした子供のような感触の髪を撫で、前髪、耳と伝い、頬から小さなつくりの唇を親指の腹でなぞる。
 柔らかい感触を楽しみ、幽霊では無いことを確認する。

 チヒロを定時制高校から連れ出し、シビックに乗せて走りだした日からちょうど一週間。少年の記憶はまだ戻らない。
 身を寄せていた祖父母の家に叔父から電話が入り、もう帰ってきても大丈夫だとだけ伝えられた。
 もう見ることもないだろうと思って飛び出た町に、結局丸二日で舞い戻ることになったのだ。
 身の周りの安全を確認するためにチヒロと二人でホテルに泊まり、タツノはそこから事務所へ通い、チヒロは定時制の高校通った。生活圏内に不審な人物の動きは見られず安全と判断したので、今日の午後にホテルをチェックアウトし、チヒロを事務所に連れてくるよう学校に迎いを送った。
 
「ちいちゃんは今晩は何食べたい? 寿司か? 焼肉か? ちいちゃんの食いたいもん何でも言い。何でも食わしたるから」
「何でも……いい。タツノさんと、一緒だったら……」
 目を伏せ、口ごもりながら答える少年の返事があまりにも心に染みて、タツノは言葉を失った。

 チヒロと二人で事務所を出て、馴染みの料亭で夕飯を食べてからタクシーでマンションへ向かう。

 鍵を開けて一週間ぶりに部屋に上がった。
 リビングへ入りソファーの隣に荷物を置くと、チヒロはドアの前で突っ立ち、ジッと何かを思い出そうとするように台所を見つめている。マンションのエントランスを入ってからチヒロの口数は少ない。目に入る全ての物に記憶の痕跡を探し、足を止める。

「部屋、案内したるわ。おいで」
 白い手を取り、案内するには狭い室内を歩く。リビング、台所、ウォークインクローゼットと回り、洗面所に連れて行く。
「ここが洗面所でえ、ここが風呂。こっちがトイレや」
 少年は初めて見るかのように、天井からぐるりとひと回り視線を走らせる。

 最後に寝室に案内すると、チヒロは何も言わずに自らゆっくりと足を踏み入れた。ベッドに腰をかけて薄暗い部屋のなかを一望し、足元の薄い絨毯をジッと見下ろす。
 しばらく動かないチヒロの様子を廊下から眺めていたタツノも、寝室へ入ってチヒロの隣に腰を下ろした。

「何か、思い出したか?」
 言われてチヒロはキュッと眉を寄せる。それから寂しげな微笑をつくり首を横に振った。

「ごめんなさい……。思い出せそうなんだけど……なんか、うまく記憶が繋がらなくって。
 早く思い出せるといいのに……」
 
 申し訳無さそうに言う少年をギュッと抱き締め、ベッドに横たわった。
「ええねん。無理して思い出そうとせんでいい。ちいちゃんが思い出したい時に思い出したらええ。
 記憶を失うたんも、身体の傷も全部俺のせいやねん。
 チヒロが思い出して俺の事許してくれるまで、いつまででも俺待ってるから」

 残念ながら、この場所にはチヒロに思い出して欲しいと思えるような思い出は何一つ無い。
 それでもいつか、その事をチヒロが思い出す時がくれば、改めてちゃんと謝りたいとタツノは思っていた。その時に許してもらえるくらい今からチヒロを幸せにして、楽しい思い出を上書きしていこうと決めていた。

 チヒロの身体には傷がある。小さいものは殆んど消えているが、一生消えないような縫い痕が右肩と左のふくらはぎに残っている。
 自分が少年に与えたショックの大きさを物語っていた。もっと言えば、身体だけではなく、少年の内面にも消えない傷を付けてしまっている。忘れたほうが楽だと記憶を手放す程の大きな傷跡を。
 それも全て自分のせいだとタツノは自覚する。その罪を償うチャンスを与えられたのは奇跡だった。
 ほんまに俺はついてる。やっぱり神様おりよんなあ――。

 寝転がったまま、きつく抱いていた少年の身体がもぞもぞと動き、背中に回っていた細い腕が二人の間の隙間に引っ込む。
 タツノが覗き込むとチヒロは顔を上げ、おもむろにタツノの腕を取った。
 チヒロは細い手首に回っていた腕時計を外し、ゆっくりとタツノ腕にそれを巻く。
 パチリとバックルを止めると、傷だらけのクロノグラフがぴったりと空いていた隙間を埋めて、またタツノの時間を刻み始めた。  

「あ……やっぱり。……ぴったりだ……」
 チヒロが小さく独り言を呟く。
「記憶は無かったけど……僕、分かって、ました。……この腕時計を、くれた人が、絶対に、迎えに来てくれるって……素敵な、王子様みたいな人が、絶対、来てくれるって分かってた……。
 やっぱり、タツノさんだったんだ……。う、嬉しい……、だって……夢で見てた、通りだったから……」
 
 はにかみながら俯き、潤んだ大きな瞳が上目遣いにタツノを捉えると、その透き通った漆黒が恥じらいを隠すように揺れ動く。薄暗い中でもわかるくらいに頬と目尻、耳、首筋までもを朱に染めて、少年はギュッとタツノの胸元に顔をうずめた。
 王子様という言葉が出たことにタツノは苦笑いし、チヒロの頭にそっと手を置く。
 チヒロが言う王子様は、残念なことに前科ありの下っ端ヤクザで、白馬は人から無理矢理に奪ったタイプRのシビックだったが、タツノにとってチヒロがかけがえの無い唯一の愛嬢であることには間違い。ガラスの靴は二十五万のクロノグラフに翻訳されたが、二人の絆を辛うじて繋ぎとめていてくれた。 

 不意に顔を離したチヒロの表情を覗き込むと、震える小さな唇を僅かに突き出し、ギュッと目を閉じたまま真っ赤になって顔をこちらに向けている。
 子供のようなキスの強請り方が、あまりにも愛らしい。

 ゆっくりと触れるだけの口付けを柔らかい温もりに落とすと、硬直していた小さな身体からフッと力が抜けるのが分かった。
 しばらく感触を楽しむようにやんわりと唇を押し付けて動かしていると、徐々に少年の身体が発熱していく。
 タツノのを迎え入れるように、薄い唇が隙間を開けた。
 狭い口腔内を触手で隅々まで堪能し、粘膜を絡み合わせる。止め処なく少年の口内に湧き出す液体をすくい取っていると、いつのまにか薄い高温の舌がタツノの口の中で波打っていた。
 薄目で顔の前の表情を確認する。気持ち良さそうに目を閉じ、陶酔しきっている綺麗な顔。
 タツノが身を引いてゆっくりと仰向けになると、移動する口に吸いつけられるようにチヒロはまた唇を重ねてくる。ミルクを求める子犬のように上半身をタツノの上に重ねて、またキスに没頭する。
 
 おそらくこの体勢を十分以上は維持するのだ。

 記憶の無いチヒロがこんなにも自分を受け入れてくれたのは、タツノにとっては驚きだった。
 最初に定時制の高校でチヒロをつかまえて土下座で拝み倒して車に乗せた時は、思い余って激しく唇を重ねていた。チヒロはそれを拒まず、タツノが抱き締めたりして身体に触れる事も許してくれた。
 チヒロを傷付けることはしたくなかったので、触れるだけのキスで我慢したが、そのうちチヒロの方から口付けを強請ってくるようになった。少しずつ深まるキスは、日を追うごとに時間を増した。
 五分、十分、十五分。激しさの無い、ゆるゆるとした行為。
 腹の下から湧き出してくる欲望を抑えようと焦るタツノとは裏腹に、チヒロは気持ち良さそうにそのままの体勢で寝てしまうことさえある。

 今回もチヒロがこのまま寝そうだと判断したタツノは、小さな熱い頬を両手で包み、優しく顔から引き剥がした。
「あっ……」と少年の口から漏れる、名残惜しそうな声。

「なあ、ちいちゃん。俺とキスするん、そんなに好き?」

 チヒロは少し驚いた顔をしたが、火照った顔で気恥ずかしそうに頷く。
「す、好き……タツノさんと、チューするの……すごく……」
「なんで?」
「なんでって……だって。だって、あの……すごく、つながって、いられるから……」
 チヒロは落ち着かない様子で瞳を泳がせる。

「ちいちゃん、俺ともっと繋がりたいって思う?」
「もっ、と……?」
「うん。もっと」
 意味が理解できない表情のままチヒロは少し考えて、コクリと頭を縦に振った。

 タツノの上に乗っていたチヒロの上半身を包み込み、身体を回転させて少年を組み敷く。
 少し怯える顔を安心させるために、また唇を重ねる。少しでも少年の欲望を掻き出そうと舌を大きく動かし、ガラス細工に触れるように服の上から薄い肌を優しく撫でた。
 最初は強張っていた小さな身体が少しずつ溶け、熱を持ち始める。
 熱を逃がす目的にかこつけて服を剥ぎ、暗い中で発光するほどに白い皮膚に手を這わす。
 花に例えるならすずらん。
 絵画なら水彩画。
 季節なら冬と春の間。
 どこか尊い少年の肌は、触れるだけで音がしそうな程、薄く透き通っている 
 
「ッぁ! やっ……ダ、ダメぇ。タツノさん……? そんなとこ、触らないで……。汚い、から……」
そう言って自分の手の甲に重なる小さな掌を、顔の横に押さえつけた。
「チヒロ……大丈夫やから」
 優しく耳元で囁いて安心させて、また続きを始める。
 
 たじろぐチヒロをキスでなだめては、行為を進める。それを繰り返して、やっと少年の身体を開くことができた。
 既に、制止を要求していた細い声が艶のある吐息に変わっている。きゃしゃな身体が熱に浮かされ、薄い胸板を上下させて放熱を繰り返す。
 
 自分の背中が汗ばんできたのを感じ、幼い裸体に馬乗りになったままタツノもYシャツを脱いだ。
 スラックスと下着をまとめて脱ぐと、明らかにチヒロが動揺し始める。

「タ、タツノさん……?」
「なに?」
「えっと……あ、あの……、その……もしかして、それ……入れ、る?」
 チヒロはタツノの下から抜け出し、両膝を立てて枕元に身体を丸めた。
 
「大丈夫やって……絶対痛くしいへんから」
「でも……あの……たぶん、無理だと思うよ……」
 それが無理でないことを、一度力ずくで実証した事がある。

 それからまた、何度も何度もキスでなだめつつ、チヒロと身体を繋げていく。

「っんぅ……んんッ……ぁ、あ、やァッ……ぅん」
「痛いか?」
 嬌声を抑えようと口の前にかざしたチヒロの手をつかみ、指を絡ませ枕元に押さえつける。
 少年はグッと何かに耐えるように目を閉じ、首を横に振った。
「チヒロ。ほら……ちゃんと繋がってるやろ?」
 細い足を大きく割り開いて腰を上げると、チヒロの視線が一点に釘付けになる。
「ッやあ……! ぁん……やめてぇ……恥ずかしい、から……ああ、あっ……」 
 それからは、我慢できずに漏れ出すチヒロの声で部屋中が甘い空気で膨れ上がった。

「あアァ、ん……っ……だ、だめえ……とめてぇ…………おか、しい……から、身体……」
「ああ……チヒロ……好きやで……! ……チヒロ」
「ぅんっ……た、タツノ、さ……っ、いっかい、とめ……下さ……ぁアァッ、んぅっ……何か、出っ……出ちゃっ……ッああ、あアァァッ……!」 




 布団の中で、熱の引いた柔らかな頬に触れていると、水気を含んだままの睫毛が動き、パチリと潤んだ漆黒が見開かれる。
 タツノの意識を吸い込む大きな瞳が一二度瞬きをして、覚醒した。
「ごめん。起こしてしもたな……身体……大丈夫か?」
 夢から現実に舞い戻った天使のような顔が頷く。
「ごめんなあ。俺、ちょっと余裕無くし過ぎた……」
 そう言って小さな身体をギュッと抱きしめる。

「嬉しかった、です……タツノさんと、繋がれて……」
「俺もや。これからずっと一緒におろな。
 毎日一緒に飯食うて、一緒に風呂入って、ここで一緒に寝るんやで」
 
 チヒロはまた目尻を火照らせ、はにかんで頷く。
 可愛い。なんでこんなに可愛いんや――。
 力いっぱい抱き込み、小さな耳に直接吹き込む。

「チヒロ……好きやで……もう絶対――」離せへんと言ったところで、携帯が鳴り響いた。

 なんやねん。こんな時に――。
 しばらく放っておいたが鳴り止まず、チヒロが気にしだしたので仕方なく起き上がり、ベッド下に落とした服を拾い上げる。
 携帯を探り出し表示を見ると、知らない番号からだ。

「もしもし?」
『お――、タツノか』
 懐かしい叔父の声だった。
 勢い良く起き上がる。

「叔父貴っ!? 今何処におんねん! 一週間も音沙汰無しで!」
『悪い悪い。ちょっとした小旅行やあ』
 全く悪いとは思っていない機嫌の良さで笑う。

「小旅行て……。はよ帰って来てくれ! こっちは事務所しきる人間がおらんから大変やねん!」
「なんやねん、あれくらいの人数お前がまとめんかい」
「何勝手な事言うてんねん! アホと違うか」
「お前なんや、その口の利き方は……。誰のおかげで事務所に帰ってこれたと思とんじゃボケ。
 まあええ。今日は機嫌がええから許したろ
 それより、あんまり大きい声だすな。サリナが起きるやろ」

「誰やねん、サリナって。何でこの忙しい時に、女連れて旅行なんかしてるんや」
「まあそう言うな。さっきまでええ声で鳴いてたから疲れて隣で寝とんねん」

「いや知らんがな。もうとにかく何でもいいから、はよ帰ってきてくれ!」
「お前こういう時くらい根性出せよ。
 帰ったら車の一台くらいは買うたるやないか。今日は持ち金が倍になったからなあ」

「はあ? 車よりも、俺は叔父貴に早く帰って来て欲しいんや。
 明後日には頭が東京行くねんぞ? 叔父貴がおらなどないすんねん!」
「お前が代わりに付いて行け」
「アホぬかせ!
 もうええから、明後日までには絶対帰って来てやあ」

「タツノ。それは、できん相談やなあ……

 俺、今ラスベガスのべラージオに泊まってんねん。明後日には、モナコの上空や」


「……叔父貴……。

    それは……  笑えん冗談やわ  ……」



                    [完]



 【後書】
 うぎゃは――――!!
 最終話までもが、こんな時間に!!??
 それも内容があんまり納得いってない……。゚(PД`q。)゚。
 題名も考える時間がない……と。

 あとがき&コメレスは明日の午前中に更新させて頂きます♪♪

 今日は育休ラスト平日!!
 ガキンチョをあずけて、ひさしぶりに旦那とディナーに繰り出します☆仕事復帰前夜祭。

 ってことで、なんかグタグタで申し訳ありませんでした。

 ここまで読んで下さった皆様♪ 好きだ!((〃∀〃人〃∀〃))ダキッ 。☆愛してるゼぃ☆。+゚

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

できん相談 笑えん冗談 〔11〕

 車内恋愛

「あ、あっ……んぅ……」
「歩……気持ちええか?」
 
 荒ぶる喘ぎを抑えながら、もうろうとする頭を縦に何度も振る。 
 下から揺さぶられる激震に耐え、窓上のアシストグリップを握ると、汗で両手が滑りそうになった。

「ん、っあ……あアァ……い、いいッ、ああ……」
「あいつと、どっちがええんや。あのコウイチって奴と」 
 
 助手席のシートの上で余裕の表情を浮かべる男が、指先で鳴砂の唇をなぞりながら意地の悪い質問をする。
 エンジン以外の駆動力で車体を揺らすこと半時間以上。既に窓全面を曇らせて、車内をこれ以上なく濃艶な熱い空気で満たしている。 

「く、九鬼さん……九鬼さ、んっのが……深く、て……激しく……てっ、い、っ気持ちい……やぁッアあぁ……っあ、ああアァッ!」 
 
 口に触れる指を甘噛みしながら言うと、急に腕を引っ張られて両手がグリップから外れ、身体が男の上に深く沈む。
 自重で繋がりを増しながら、きつく抱き寄せられてた先で汗を弾く広い背中に両手を回し、男の胸元に頬を寄せる。
 大きな乱れを抑制する狭い空間が、余計に発熱を促し興奮を煽(あお)る。
 抑圧された欲望が、シートを汚した。




 濡れた身体を助手席のシートに横たえ、痺れる指先でシャツのボタンをとめる。熱を宿した手先が思い通りに動かず、ボタンひとつがもどかしい。
 車内全体がまだ火照っている。
 運転席に戻った男が小さな金属音をたててベルトを締め、後部座席に放り投げてあったスーツのジャケットを着込む。あまりにも無駄が無い所作に、こちらが気後れを感じた。
 情事の余韻を色濃く残した自分の身体は、まだ上半身が裸に近い。ボタンに触れる指がジンと疼く。

「歩。さっきの話やけどなあ……。
 ええねんな? 俺のイロっちゅうことで」
 ネクタイを締めながら言う九鬼と、バックミラーの中で目線が合う。

「なんて野暮な事、聞くんです……あんな最中に、いろいろと言わせといて……」
 口を尖らせ、シートを起こす。
 フロントガラスに、白いスモーク加工が施されている。二人分の激しい息遣いを思い出して、また顔面を焦がした。
 
「お前は上手いこと言うて、すぐどっかに消えてまいそうやから、はっきりさせとかなあかんねん。
 それに、木場とのことはもうええんか……? 別れる時なんかちょっと、しんみりしとったやんけ」

「ええんです、木場さんとの事は。
 本気で好きやったけど……。
 あの人とは、付き合うとか愛人とか、そんな関係じゃなかった時の方が俺は好きやった。ただ両想いやから近くにいるってだけで満足やったのに。
 向こうが離婚して籍を入れるとなったら、許せたことも許せんようになる。例えそれが仕方ない事やと分かっていてもね。
 元々合うて無かったんや。そういう相手やったってことです。
 物事は未完成のままの方が、ずっと魅力的なこともあるって知りました」

「えらい冷めた事ぬかすんやな」
 九鬼がむこうを向いて、曇った窓ガラスを眺める。

「九鬼さんこそ、ええんですか? 俺なんかで」
「ああ」と男は口ごもる。

「俺、わがままですよ?」
「知っとる」
「これでも結構気が多い方やから、ちゃんと捕まえとってくれんとすぐに逃げてしまうかも……」
「心配せんでも夢中にさしたるがな。幸せ過ぎて泣かしたる」
 九鬼はせせら笑う。

「ほんなら、今ここで車ごと海に突っ込んで、一緒に死んでくれと言うたらどうします?」
 九鬼がゆっくりとこちらを向き、鳴砂の真意を確かめるように目を細めた。
 改めて男の顔を見ると、その格好良さに見惚れる。既にこの男を身体に受け入れてしまったことで、そう見えるように脳の設定が切り替わったのだ。
 これから毎日この男を見るたびに、うら若い乙女のように胸をときめかせるのだと知り、やっかいな事になったと鳴砂は思う。

「嘘っ。俺、死ぬときは人に迷惑いっぱいかけて、もっと派手に死にます。
 
 でも……ふうぅん。九鬼さん、そんなに俺の事好きなんやあ」

「やかましい。さっさと服着ろや」
 九鬼は鍵を回してエンジンをかける。エアコンをかけて、フロントガラスの曇りを取っていく。

「俺のどういうところが好きなんです? 可愛いところ? 甘え上手なところ? 謙虚で奥ゆかしいところとか? あっ……もしかして全部?」
「しばくぞコラ。どの口が謙虚とほざくんじゃい」

「なあ、タカヒコぉ――。チューしてえ」
「うるさい。死んでまえ」
 
「ほんまに死んだら泣くくせに」
「誰が泣くか。生ゴミとして燃えるゴミの日に出したるわ。お前なんか」
 からかえばからかう程、九鬼が強がる小学生のようで面白い。

 二人の息で曇ったガラスが、徐々に外の暗闇に染まっていく。
 九鬼がハンドブレーキを外し、アクセルを踏み込む。凹んだ車体が動き出す。

「そういえば、お前。木場に向かって俺の事を下っ端の組員と言うてたな……」
 そういう無駄な事だけはよく覚えているのだと感心する。 
「怖いわあ九鬼さん。それ幻聴ちゃいます?」
「まあええ。後ろの紙袋の中、見てみろや」
 言われて上半身をひねり、後部座席を覗き込む。シートの下にうずくまっている紙袋を見つけた。

 手を伸ばして中を見ると、帯付きの札束がいくつも入っている。
 鳴砂は目を見開いた。
「えっ……! これ……」
「千五百万や。残りの金の中からもらっといた」
 正面を見たままニヤリとする。
「なっ! あんた何考えてんねん! この期に及んで組の金を盗むやなんて」

「今、あんたと言うたな……?」
「信じられへん! どんだけ捨て身な人生送るつもりやねん」
「お前にだけは言われとうないわ」

「まあ、落ち着け」と伸びてきた手に殴られるのかと思いきや、大きな掌は鳴砂の頭をひと撫でして前髪をかすめて引っ込んでいった。
 な、なんやねん――。思いながらも、少し嬉しくなるところが症状の悪さだ。

「五千万は取りすぎや。木場も上に報告せん訳にはいかんようになる。でも千五百やったら、あいつの定期預金ひとつ潰したら片つくやろ」
「そんなことして、あの人が黙ってるはずないやないですか」
「あの時も言うたやろ? こっちは向うの弱みにぎっとんねん。無茶なことはしてこうへんわ。二三週間どっかに身隠したらしまいや」
「むちゃくちゃやな……」

「お前。ほんなら俺の新車どうないしてくれるねん!」
 ヤクザが開き直った。
「自分の金で買おたらええでしょう。欲張りな人やなあ」
「誰がレクサス廃車にした思とんじゃ!」とまた腕が伸びてきた。行き先を目で追うと、今回は肩を殴られた。

「次はベンツのSクラスにでもするかあ」
「左ハンドルは嫌言うてましたやん」
「お前が運転するから関係ない」
 これからもずっとこの関係が続くことを暗示しているようで嬉しかった。

「ほんならカーナビ付けて下さいよ?」
「当然じゃボケ。ベンツの助手席で俺にアトラス持たす気か。
 カーナビだけやのうて、スモークも全面に貼ったる。何してても外から見えへんようにな」
「あ、それセクハラや。はい。一万円下さい」と運転席に手を差し出すと、「変な制度作るな」と思いっきり掌を叩かれた。

 どこに向かっているのかと思っていたら、しばらくすると九鬼のマンションの駐車場に着いた。
 しばらくどこかに身を隠すために部屋に荷物を取りに行くらしい。
 後部座席下の紙袋に身体を伸ばし、札束をいくつか取り出して、九鬼は車を降りていった。
 鳴砂も降りて愛車の前に回りこむ。
 改めて見ると、ひどい凹みようだ。

 溜め息をついてから近くのコンビニに歩き、適当に買い物をした。
 しばらく身を隠すと言っても、特に部屋に取りに帰るほどの物は無い。それに逃げるなら早い方がいいに決まっている。もう島田組の追っ手が動き出しているかもしれない。
 鳴砂はペットボトルの烏龍茶と弁当を二つずつと、携帯の充電器を買った。服と下着はまたどこかで買えばいい。
 車に戻ると、既に九鬼が助手席に乗って待っていた。
 運転席に乗り込む。
「九鬼さん、一応お茶と弁当だけ……」言いかけて、目線を止める。

「それ……ユウコさんですか?」
 男の左目の下。頬骨の辺りに赤黒い打撲痕が這っている。
「おぉ。別れてくれと言うたら、やられた。まあ金渡したら機嫌よお納得してくれたけどな」
 目線を合わさず九鬼が言う。
「……。
 安心して下さい。俺の時は殴らんと、お金だけもらいますから」
「殴られたんと違う。蹴られたんや……踵落とし。あいつ空手の有段者やねん」
 光景を想像するだけで笑いが込上げる。

「べつに別れてくれんでもよかったのに。俺そういうのには、こだわらへんし」
「放っといてくれ。俺はお前ほど器用と違うんや」
 鼻で笑って顔を背ける男が何とも愛おしく思えた。

「まあ……そういうところも、好きやけど……」
 そう呟き、エンジンをかけた。
 九鬼が驚いた表情で鳴砂を睨みつける。その耳が真っ赤だ。
「なんですか? 好きなもん好きやと言うただけですけど」
 男はまた失笑して顔を背ける。首筋まで赤い。

 大きな国道に出てダッシュボードを見ると、時計は真夜中の三時半を表示していた。
 車は少ない。
「どこに逃げます?」
「せやなあ。どこでもええけど、お前どっか行きたい所あるか?」
 数ヶ月前なら間違えなく東京と答えていた。
 そう答えさせないところが、この男に惚れている証拠でもある。
「別にないです。九鬼さんと一緒やったらどこでもいい」
「お前さっきからちょいちょいそういう事言うけど、こっちが恥ずかしなるからやめろ」
「ええやないですかあ。
 大好きです。愛してる。アイラブユー。ウォーアイニー。サランヘヨ。ジュテーム。イッヒリーベディッヒ。クレイグブラゼル」
「おい。最後のん、阪神の内野手ちゃうんか」
「エジプト語です」
「嘘やろ」
「嘘です。……痛っ――」  
 右の二の腕をさすりながら、道路標示にしたがって高速の入り口に向かう。

「とりあえず、どこかパッと明るい所がええのお」

「ええですねえ。行っちゃいます? パッと明るい所……」
 
 そう言って鳴砂が笑顔で隣を振り向くと、九鬼も笑っている。
 何故か楽しくてしかたない。
 高速の入り口横の脇道でUターンをする。 

 華々しい人生の門出から数ヶ月。
 大切な愛車のバンパーは凹み、金も東京行きの計画も失った。
 浮かれヤクザの運転手、兼恋人。
 今までとはあまり変わらないはずの境遇が、何故かこれまでに無く愛しいと気付く。
 百年に一度の大恋愛より楽しい日常。
 
 フロントが潰れたカマロが、軽快にエンジンの唸りを一段上げる。
 道の先が僅かに白む夜明け前。
 
 あ――あ。もうせんと決めてたのになあ――。
 
 そう思いながら、ここ五年で三度目。また百年に一度の恋に落ちていく。
 




 【後書】
 ああ!!またこんな時間に……。
 今日はゆるゆるな内容でしたね(´-∀-`;) 明日完結です。
 もう一回見直したいけど、先にこっち↓

 拍手コメレス♪ 
 結局昨日の拍手コメも返せていませんので、ごめんなさい、こちらに一緒に書かせて頂きます!

(未公開希望の方は、頭文字表示又はご本人様だけが分かるような仮名にさせて頂きます。順番はコメントを頂いた順です)

 ☆T様☆
 そうかそうか……USBメモリーを使えば、同じパソ使っても旦那に気付かれずに済むってことですもんね!? 今日USBメモリ届いたのでさっそく使ってみます♪ 参考になりました((〃∀〃人〃∀〃))ダキッ ご心配頂いてますタツノ☆ 明日出てきます!! 最後までお付き合い下さいませ┏○ペコ
 
 ☆a様☆
 いつもありがとうございます♪
 え! a様を興奮させて差し上げられましたか!? 嬉すい(@´゚艸`)ウフウフ
 九鬼も鳴砂も最後まで格好良く突っ走ってもらいます!!
 ありがとうございました♪ 明日最後ですがお付き合い下さいますえ~m(_ _)m

 ☆F様☆
 初めまして♪♪
 こんなダメ人間が書いた小説ですが、お気に召しましたようで大変嬉しく思います。゚(●'ω'o)゚。うるうる
 すごく面白いと言って頂けまして、もうこれからの執筆にむちゃくちゃ勢いがつきます!!
 あと一話ですがよろしくお願いいたします(ωV_vω)ペコ
 ありがとうございました♪♪

 ああ、もうすぐ旦那が……。
 それでは皆様♪♪

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
訪れ人様
覗き人様
現在の閲覧者数:
小説
最新中毒記事
最新コメント
りんく (☆→R指定なし ★→R指定あり)
らんきんぐ↓
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
めーるふぉーむ




検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。