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堕ちます……あなたと。番外

 重要参考人


「どうでした?」

 取調室から出て来た冷静な顔が、開口一番そう聞いた。

「駄目だ。何も残っていなかった」

「まさか……。何も、ですか?」
 こいつの驚いた表情を久し振りに見た。

「何も、です。データは愚か、形跡すら残っていません。履歴からして、今日何かのデータを消去した事は確かなんですが……」
 隣に立っていたもう一人の部下が口早に喋りだす。大柄な体格に似合わず、機械関係に詳しい。
 雪菜の部屋のパソコンを隅々まで調べていたが、結局横流ししているはずのデータは一つも保存されていなかった。

 まあ俺が消去しろと指示したのだから、残っていなくて当然だ。

「任意同行をかける情報が、漏れていたって事でしょうか……?」

「それは……考えにくいな。山崎を引っ張るのは四時間前に決めた事だ。それに、もし情報が漏れてたら真っ先に山崎が逃げるだろ」
「そ、そうですよね……」
 幹田が困惑した面持ちで眼を伏せる。

「そっちはどうなんだ?」
「まあ、今のところは無難な回答ばかりですかね。三田と電話で会話した事は認めていますが、部下だった自分を心配してかけてくれているんだと言っています」
「心配、ねえ……」
 鼻で笑い、煙草を取り出して一本くわえた。全館禁煙だが、こう真夜中じゃ関係ないだろう。

 握りこんだ新しい金属にチラリと眼をやり、前使っていた古いジッポを思い出す。
 汚れていない綺麗な金で初めて買った、六万五千円のライター。警察官の初任給からするとずいぶん高価な買い物だった。
 それを、今は何故か重要参考人の男が持っている。
 その男の言葉に翻弄されて禁煙していた時期を思い出し、懐かしく思った。あの横向きの髑髏は、まだあいつのポケットの中で笑っているのだろうか。

「安藤さんから見てどうですか? 彼は。数ヶ月間一緒に働いてみて」

「そうだな……」


 雪菜 隼。
 そんな女の名前みたいな苗字がよく似合う、綺麗な顔付の無口で暗い部下。第一印象は確かその程度だったか。
 初めて雪菜のアクセス記録が変だと気付いた時も、最初は名前と顔が一致しなかった。それぐらい記憶に残らない、影の薄い男だった。

 その第一印象が間違っていると気が付いたのは、初めての企画課のプレゼン。
 大人しいと思っていた部下が、はっきりしたとした口ぶりで要領良く発表を進めていく。いくつか反対意見を出すと、厳しい口調で反論してきて、その内容にまた筋が通っている。
 使えないだろうとばかり思っていた男が、華々しく優秀な部下へと変貌を遂げた。これが一度目。
 こんなにやり手の社員が情報を流しているとは……そう思いながらも同じ職場で働き、数ヶ月かけて最初の企画を成功させた。三分の一は雪菜の手柄だ。
 つまらない上にハードな仕事だったが、数ヵ月後に自分が境地に追いやる予定の企業だと思えば、せめてもの罪滅ぼしだと考えて最後までやり切った。そして何より、転任して来たという疑われやすい立場上、社内の信頼を得る事が絶対条件。そのために、よく知りもしない専務とやらの娘と婚約までしなければいけなかった。何が楽しくて今から自分が潰しに掛かろうという会社の専務の娘と付き合わなければいけないのか。
 
 雪菜は確かに情報を横流ししていたが、それは企画課にある本人と俺のパソコンから持ち出せる程度の極僅かな情報だった。俺が追っていた組織ぐるみでの違法行為や、莫大な金と犯罪が絡む重要機密の裏取引には関係していなかった。
 プレゼン以外では相変わらず大人しく、恐れているかのように俺を避ける。一言警告してやれば、もっと怯えて情報の横流しなんてくだらない事はやめるだろう。そう軽く考えていた。

 雪菜が二度目の変貌を遂げたのは、時期外れの新人歓迎会の夜。エレベーターの中。
 最初は何が起こったが理解出来なかったが、トロンとした虚ろな瞳と赤い目尻が何故か色っぽいと感じた。男相手にそんな事を思う自分に吐き気を覚えつつも、冷静な上司を装う。
 今思えば、この瞬間だった。俺の人生が狂ったのは。

 その出来事があってから二時間もしない内に、雪菜は第三の変貌を遂げる。
 三度目の変化は劇的で、まるで人が違ったかのように化身した。
 よほど酔っているのか、これが本性なのか。
 酔って俺にキスしたことは全く覚えておらず、会社では見せたことの無い底抜けに明るい笑い方をする。いつもの礼儀正しい話し方を忘れ、軽いチャラチャラした今時のガキの喋り。偉そうに煙草まで吸う。ただそれが酷く人間味にあふれていて、多少なりとも魅力的だと感じずにはいられなかった。
 俺のパソコンから毎朝データーを持ち出していることを追求すると、怯えるどころか交換条件を持ち出して、代わりに黙っていて欲しいと驚くような事を言い出した。相手が例え女でも、こんな交換条件を呑むことはまず無い。条件として有効なのは現金。そう決めていた。
 裏でも表でも。どちらの社会でも絶対に確かなのは形ある金だ。仁義なんてものはとっくの昔に消滅し、極道同士の闘争も今では金で片が付く。人の心も、命も、運でさえ金で買える時代。毎月の収入の半分以上が表沙汰には出来ない名目無しの振込みである、俺のような人間には心地よい時代になった。
  
 だが、あの日の夜は例外だった。
 俺も相当酔っていたのだ。そうとしか考えられない。全てを酒のせいにして、あろうことか自分の部下の交換条件なんぞに乗って、深い関係にもつれ込んだ。それも相手は男だ。
 いや……あれは男では無い。女でも無い。人ですらないと思う。天使か悪魔か。
 人をおとしめるためだけに造形されたような身体。
 いつもは大人しい顔をしておいて、いざ服を剥いでみると、中身はかなりエグい。臍の横にピアスが二つ、挑発的なタトゥー、点在するうっ血痕。そのどれもが、暗い中でも僅かに発光するほどの白い肌に色香を与えていた。処女のように清らかな薄い皮膚と妖艶な軌跡。いつもとは違う大胆な行動。そのギャップに堕ちた。
 狂おしいほど美しいその生き物を手に入れて、自分の好きにしたいという背徳感にも似た感情に逆らうことなく、一晩中その身体をむさぼった。

 気が付けば完全に堕ちていた。
 ただ雪菜の身体を知れば知るほど、逆に性格の方に疑問が生じていく。
 あまりにも会社にいる時と、それ以外の時との様子が違いすぎる。会話していても別の人間と話しているような錯覚を覚える。
 初めて雪菜の部屋に上がった日にコンセントボックスの中に仕掛けておいた盗聴器を思い出して、記録を探る。
 盗聴、買収、司法取引。認可されるはずも無いような手法で、今の警察の捜査は成り立っている。これであたりを付けてから正式な手順を踏んだ捜査を行うのだ。
 今は繋がっていなくても、いつ雪菜が俺が追っている組織犯罪に絡むかも知れない。犯罪者同士というのは案外鼻が利くからだ。小さな手がかりが大きな手柄を生むこともある。
 
 盗聴器の録音記録は殆んどが生活音。所々に独り言のような声が混じる。
 しかし、その内容を聞いてゾッとした。
 ただの独り言では無い。
 留守電から流れる声。もしくは留守電に吹き込む声。
 同じ声がそれぞれ違う人格のような口調で、相手に向けて話しかけている。それを聞いた方も、まるで別の人間から聞いたような反応を示す。
 ガラスや陶器が割れる荒々しい物音と苦しそうなうめき声がしばらく響いたと思ったら、爆音のロックをかけて鼻歌まじりに笑い出したりする。

 この仕事に就く前からありとあらゆる汚い世界を見てきたせいで、極道だろうが犯罪者だろうが、この世に恐れるものは何一つ無いと高をくくって生きてきた。
 初めての恐怖。
 背筋がゾクリと波打つ。
 機械の向こうの狂った世界。この世では無い者が住む世界。
 
 雪菜は以前から、事あるごとに自分の人格は二つあると主張していた。そんなものは誰にでもあると、軽くあしらっていたのを思い出す。自分も警察と会社員、二重の顔を持って生活している。
 でもあれは、そういう意味ではなかったのだ。もっと病的なもの。
 解離性同一性障害。二重人格。

 そう考えると、全ての説明がつく。
 辻褄の合わない会話。あまりにも激変する性格。
 知っているはずの会社の話が通じなかったり、初めて食べたと言ったカレーうどんを、週に一度は社員食堂で食べたりしている。
 
 試しに二人の名前を呼び分けて話してみると、気持ちいいほど会話が噛み合う。

 疑念が確信に変わった。
 それでも、もう自分が這い上がれない所まで堕ちていると気付いたのは、何度も身体を重ねた後だった。
 一つの身体に二つの人格。
 それならそれでいい。とにかく全てが欲しい。身体一つと人格二つ、どんな手段を使っても自分の手の届くところに置いておきたい。 
 
 しばらくすると、俺が欲に駆られて狂っていったように、雪菜の様子も少しずつおかしくなっていく。
 決定的だったのは、大雨の夜に見た泣き顔。
 何故泣き出したのか理由は最後まで言わなかったが、透き通った温かい涙に触れて眼が覚めた。
 こいつは自分の息子と同じ――子供だ。無垢で純粋で裏がない……天使のように美しい。
 濁りのない白い手首に残る傷跡も、情緒不安定になったのも全て自分のせいに他ならないと分かっていた。
 
 このままでは、お互い駄目になる。
 潔く身を引こうと決めて、最後に抱かせて欲しいという馬鹿みたいな頼みを雪菜は聞いてくれた。

 次に会った時、雪菜は四度目の変貌を遂げていた。
 真面目な会社員でも、無邪気に笑う青年でもない。魅力的と言えばそうかもしれない。沢山の人格を操る、裏も表もある笑顔。俺に言わせれば……犯罪者特有の危険な雰囲気。
 悪い事に、それからしばらくして雪菜の自宅のパソコンに仕込んでおいたスパイウイルスが、いち社員が手に入れてはまずい顧客リストが保存された事を伝える。
 入手先を手当たり次第に探り、社内ネットワークに侵入した時に見た雪菜のメールボックスの記録から、顧客リストを渡したのが同じ課の新入社員だと分かった。
 眼を付けていた山崎と直接の結びつきは無かったが、すでにこの顧客リストをめぐっては血生臭い大金が何度も動いている。
 
 先週、とうとう自分の身に危険を感じた山崎が姿を消した。
 海外に飛んだ気配は無い。国外のリゾート地にでも高飛びしているか、若しくは既に死んでいるかもしれないと捜査が行き詰ったところで、今晩の送別会に、のこのこと顔を出しやがった。
 笑えるくらい間抜けな奴だ。
 潜伏先を突き止めるために山崎の車に発信機を付けると、ちょうど駐車場に降りてきた奴が連れていたのは、童顔で気の強い新入社員ではなく、よりにもよって一番繋がって欲しくない相手だった。
 
 はらわたが煮えくり返るのを抑えながら携帯をかけ、強引に今晩山崎と雪菜を引っ張ることに決めた。
                       
 俺が馬鹿だった。
 脅してでも、何をしてでも雪菜を止めておくべきだった。
 山崎と繋がってしまった以上、雪菜をこのまま放っておくのは危ない。山崎が警察に引っ張られた事を知って焦る組織はいくらでもいる。その矛先が雪菜に向くのだ。
 裏社会の情報網は、警察のそれよりずっと良い仕事をする。その危険性を認知しながら、まだ裏工作に通じる手がかりが得られはしないかと甘いことを考えて、雪菜を泳がせていたのが悪かった。
 
 こんなに後悔するなら……。
 
 後悔なんてものはしようと思ってするのもだと考えていた。
 意識不明の重体に陥って死に掛けても、家族をかえりみず離婚しても、後悔だけはしなかった。
 それなのに。


「……笑って、ますね」
 垣田の戸惑いを隠した小さな声で我に返った。

 その目線を追うと、小さなマジックミラーの向うで綺麗な顔が、見えないはずのこちらを見つめて微笑している。
 血の気の無い青白い顔。
 恐ろしく整った美しい顔が、俺の未来を嘲笑うかのように眼を細めている。
 やはり……この世の者ではない。

「これが終わったら、一度家に返すのか?」
「はい。証拠が無ければ、これ以上は無理でしょうね。明日また来てもらいます」
「一人くらい見張りを付けられそうか?」
「わかりません。今山崎の方に人が取られてますから……俺も呼ばれてますし。一応後で頼んでみます」
「そうしてくれ」

 もう見ることも無いであろう美しい顔を小窓からもう一度だけ覗き、部屋を出た。

 
 それから丸一日。
 近々行う強制捜査の下準備で忙しい上に、俺から情報を聞き出そうとする馬鹿な奴等に付きまとわれてイラついていた。
 その時もちょうど駐車場で面倒な男につかまった。夏祭りの夜、この男と携帯で会話している間に雪菜は納屋から消えていた。
 こいつが出てくると、天気予報よりも確かな確立で、俺の人生にろくな事が起こらないと決まっている。
 案の定、不吉な携帯のコール音。

「あ、安藤さんですか? 吉野です。DEEP BLUEの」
 緊迫した声。
 喧騒。
「なんだ」
「さっき、安藤さんを訪ねて来た人がいて――」
「いちいちそんな事で電話するな。女なら追い返しとけ」
 俺はこんなに忙しいのに、俺のまわりは暇な奴ばかりだ。

「いえ、男です。名前は名乗りませんでしたが、元部下と言っていました。で、その男がさっき刺されて、今うちの店大変なんです……」
「刺された? 誰にだ」
「分かりません。男はさっき病院に運ばれましたけど、意識はありませんでした。それで……うちとしては警察沙汰になるのは、ちょっと――」
 その先の声が聞き取れなかった。
 電波が途絶えたのか、俺の脳ミソの電気信号が途絶えたのか。

 こんな事になるなら……。
 こんなに後悔するなら……。
 
 どうすればよかったのかも分からない。
 それをまた後悔しながら、現実味の無い世界で運転席に乗り込んだ。




【後書】 
 またまたこんな遅くに更新しております(ノ)ω(ヾ)コンバン・・ヽ(○'∀`○)ノワァ♪
 今日は夫が早く帰ってきたのでは無くて、単純に執筆が進みませんでした。
 一応設定を見直すために、自分の文章をいる部分だけ読み返すのですが、もう変な部分があるわあるわ(*'∀'人)ワォ☆ 直し出すとキリが無いので、もう放っておきました。今はもっとマシな文章書けてるかって言われるとそうではないのですが、ちょっとあれは酷い・・(ll゚∀゚)って部分が多々あり。もう、読んで下さった皆様に申し訳がない_| ̄|● 
 んで、今回もなんかイマイチ。三十路過ぎのオッサンの心理描写なんてやっぱり無理だワン♪ 
 設定も全部ピッタリはまってるかって聞かれると、自信はありません。何しろ読み返すのが嫌だった……。自分としては、もうちょっとオォォー!!w(゚ロ゚)wって感じの驚きを提供したかったのですが。

 
 まあ、何はともあれ11月から頑張ればいいじゃん♪ とポゼテブな私。
 という訳で、十月中に終わると予告していた短い連載は、息抜きも兼ねて台詞メインの軽いものになりそうです。ストーリーは一応ありますが……。始まってから「何か読む気しない(ノд-。)シュン」と思った方は、その次の連載まで待ってて下さると嬉しい( ゚Д゚)㌦ァ!!
 仕事復帰後は亀更新でしょうが、良い機会なので、ちゃんと見直しを何回も入れて、少しでもマシな文章をお送りできるように頑張ろうと思います。ストーリーも、もっとちゃんとしたプロットを組んでΣ(゚Д゚ノ)ノオオォッっていう驚きとドキドキを少しでも皆様にお届けしたい!!
 
 あ! 投票ありがとうございました♪♪
 結果としましては、一位が隼×雅人、二位がユキヤ×アツキになりましたね☆予想外に吉野×カオルペアの票数があったりして、私としても見ていて楽しかったです♪
 この番外は連載の間にチョコチョコ挟む予定です♪
 そう言ってる内に、4000ヒットもいつの間にか超えちゃったりしてます♪感謝☆(人゚∀゚*)☆感謝♪
 なので、投票箱の値を一度リセットして、そのまま設置させて頂きますので、また宜しければ気の向いた時にでもポチお願いしますm(o´・ω・`o)mペコリン

 次の更新は……金曜?かも。ちょっと復帰前で忙しいので分かりませんが。新連載!?
 この後に、また別枠で拍手コメレス入れさせて頂きます♪
 それでは皆様。
 £(。・"・)o†゚*。Good★night。*゚†o(・"・。)β
 良い夢を♪♪
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テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

堕ちます……あなたと。最終話

流星群


「リョータく――ん。あんまり深い所いっちゃ危な――、おいっ、シノも! お前泳げないだろ――。うぁっ!」

 名前を叫ばれていた矢先、少年が白い水飛沫を派手にあげて、穏やかだったはずの小川のせせらぎにのみ込まれる。
 
 俺の隣で叫んでいたもう一人の少年が「だから言ったのに……」と愚痴りながらたじろぎ、靴を脱ぎ始めた。

「隼さん。俺とシノでリョウタ君見ときますんで、向うで安藤さんとゆっくりしてて下さい」
 靴下に手をかけ脱ぎ捨てながら、明るい笑顔を上げた。
 
「あ、ありがとう」

 ジャブジャブと水の流れをジーパンの裾で切って、濡れながら川に入っていく少年の後姿を見送ってから、ログハウスに向かって歩き出した。



 秋晴れの朝、約束通り京子の家にリョウタを車で迎えに行くと、連休を利用した二泊三日の小旅行に連れて行くはずの少年が、何故か二人余分に増えていた。
 安藤は少年二人を連れて行く事に断固拒否だったが、泊まる場所は俺達とは別だと言うし、片方の少年の誕生日だからどうしてもと言われて、断りきれず俺が安藤を説得したのだ。
 小柄な方がシノで、もう一人が野木。どちらも、ずっと前にバーの奥の個室で会ったことがある顔で、思っていた通り高校生だった。
 シノはリョウタと同じくらい、はしゃぎ回って世話たかかるが、その分野木という男は高校生の割りにしっかりしていて頼れる。何となく俺と安藤の関係にも気がついているようで、俺達を気遣ってはリョウタとシノの面倒をまとめて見てくれる。
 そういうあの少年二人も、誕生日だからといって男二人で旅行するというのはどういう訳なのか。まあ聞かなくても二人の雰囲気を見ていたらなんとなく分かるが。 

 宿泊先は高速で三時間ほどかかる山奥の会員制コテージ。
 二階建ての立派なログハウスで、鮮やかな花々が並ぶ庭の前には小川が流れており、それ以外は四方を深い森が囲っている。隣のログハウスとは一キロ以上離れているから他に人の気配は無い。
 露天風呂や広いテラスがあって、管理が行き届いているので部屋は塵ひとつ落ちていない。日常品やちょっとした食料も完備されている。
 
 玄関の外から裏のテラスの方を覗くと、木の柱の間から白い煙が立ち上っている。
 一度中に入って台所へ行き、二人分のコーヒーを入れてテラスに向かった。

 ガラス戸を開けると、恋人がウッドベンチで腕を組んだまま、俯いて目を閉じている。運転を全て任せてしまったから疲れているのだろう。
 コーヒーカップをテーブルに置いて、灰皿にあった白い柱を立ち上がらす煙草をねじ付けて消し、安藤を起こさないようにそっと隣に腰をかけた。
 コーヒーを飲みながら恋人の寝顔を覗きこむと、あまりの愛おしさで感嘆が漏れる。
 どうしてこんなにも格好良いのだろう。付き合い出してから、毎日のように思う。
 気がつけば、寝息を肌に感じるほど顔を近付けていた。
 二十センチ先にある唇に重力を感じ、顔の表面が吸い付けられる。

「覗き見は軽犯罪法違反だぞ」
 突然見つめていた唇が動いたと思ったら、頭の上に大きな掌が伸びてきた。
「ご、ごめんなさい。起こしちゃった?」
 慌てて体勢を直すと、「いや」と言って安藤が上半身を伸ばし首を鳴らす。

「うるせえな。ガキは」
 安藤がコーヒーカップに手を伸ばしながら、秋風に揺れる風景に目をやる。川岸の方からは少年達のはしゃぐ声が引っ切り無しに聞こえていた。
「いいじゃないですか。あの二人のおかげで、こうやってゆっくり出来るし」
 安藤への敬語は未だに取れない時がある。恋人に対して敬語なんてものを使わないように自分でも努力しているが、無意識に使ってしまう。元々上司と部下の関係だという事を思い出すだけで、自分達がいけない関係のようで気分が沈む。
「そうか? ありゃどう考えても、元妻とその弟からの嫌がらせだ。まったく、何考えてやがんのか……」 
 顔をしかめて言いながら、俺の背中に腕を回した。
 あたたかい。

「あの二人、夕飯のバーベキューも手伝ってくれるらしいよ?」
「そりゃいい。メンバーズレストランでも予約して二人でふけるか。いっそあいつ等のバンガローに泊まるって、リョウタが言い出しゃいいのにな――。そしたら二人で露天風呂でも入ってゆっくりできる」
「今晩は天体観測するって張り切ってるから無理だろうけど……明日はそうなるといいね」
 少年達が泊まるのはここから二キロほど離れた、小高い丘にあるバンガローだ。
 
 安藤がコーヒーに口を付けると、指のプラチナゴールドが秋の淡い光を反射する。
 同じ金属の輪が、鎖に通って俺の胸元で体温の温かさにぬくもっている。 
「ねえ安藤さん。その指輪、会社で何か言われない?」
「いや別に。恋人とのペアリングだって言ってある」
 じんと首の後ろが痺れた。
 京子は、安藤が結婚指輪を最後までつけなかったとぼやいていた。
 そういう、絆を形にしてしまうような事が嫌いなのかと案じ、今も無理して付けてくれているのでは無いかと日々気掛かりなのだ。せめてもと思い、自分は指に付けることを控えている。本当は指にはめたいが、恋人の重荷になりたくない。 

「それにな。これ付けてないと、名前も知らない男の部下に告白されるなんて馬鹿な目にあわなきゃいけねえ。俺は男女関係無く、人の心を弄ぶ遊び人ってことになってるからな――、誰かさんのせいで。女は振りなれてても、男に泣かれると気まずいからこっちがごめんだ」
「告白……されるの? 男に?」
 まあ、それも全て俺の責任な訳だが。
「誤解の無いように言っておくけどな。俺は別にお前以外の男が良いなんて、一度たりとも頭をよぎったことはないぞ? 逆に、どうしてお前が女じゃ無いのかが不思議なくらいだ」
 そういえば、安藤は元々ノーマルな男だ。女と結婚していたくらいだから。
 だからといって自分の恋人がもてる事には変わりない。
「……心配」
「あのなあ。心配なのはこっちだ、隼。
 あの復縁せまられた元恋人って奴もまだ店に来るんだろ? それに、あの下の階に住んでる男、あいつも怪しい」
「そ、そんな……! 先輩は……今はただのいい常連さんです。それに、橋本さんは出張のお土産くれるだけでしょ」
「どうだか。上の階の住人にわざわざ土産持って行くかねえ――。あいつはマンション中に辛子明太子を配って歩いてるのか?」
「んもぉ……。ちょっとは俺のこと信じてくれてもいいと思うけど」
 そっぽを向いて口を尖らせる。
 今まで疑われるような行いをしてきたことを後悔する。が、こんなにも自分は心も身体も捧げているのだから少しは信じて欲しい。

「別に、信じてない訳じゃないんだ……お前はちょっと、警戒心が足りないから――。なあ、機嫌直せよ」
 警察の人間に比べれば、一般人の警戒心が足りないのは当然だろう。そこをフォローしてこその警察だ。
 
 肩を抱いていた温かい手が、許しを請うように頬を撫でる。
 それでも顔を背けていると、恋人の顔が回り込んできて急接近し、唇を奪われてしまった。
 ずるい。 
 とろけるような口付けで、どんな感情も幸福感に置き換えてしまう強引な恋人。
 ただのキスなのに、身体が火照るのを抑えられない。
 熱に浮かれたように呼吸が乱れ、淫らな甘い声が漏れ出す。相手は、俺の身体の内も外も敏感な弱点を全て熟知しているから、抑制しようとしても逃れようが無い。 
 
 付き合いだしてから一週間。徐々に慣れるはずだった触れ合いが、今では逆に我慢できないほど興奮してしまう。既に自分の身体は、この男無しでは生命を維持できないとすら感じる。
 触れるだけで、キスするだけで、細胞の一つ一つが全開になり、全身で恋人の存在を吸収し、隙間なく埋め尽くされたいという衝動に駆られる。
 好きで好きで、どうしようもない。

「んっ、ぅんん――っ。だ、だめぇ……リョウタが寝るまで、我慢して下さぃ……」
 甘えた声を絞り出して顔を離す。服の中に忍び込んだいけない手を、布越しに押さ付けた。
 熱い顔面のまま上目遣いで安藤を見ればニヤニヤと笑っている。
 俺が止めるのを承知で、反応を見て楽しんでいるのだ。
 ばか。
 と言ってやりたいが、好きな人の唾液に犯された唇が余韻に浸って動かない。出来る限り睨みつけると「可愛いな……」と囁かれ、次は触れるだけのキスをされた。
 打つ手無し。

「来月の旅行は二人で旅館にでも泊まるか。また隼の浴衣姿が見たい」
 安藤はそう言うと横になり、俺の膝枕で眠ってしまった。
 少し硬い安藤の髪に手をやるだけで指先に熱を持つのだから、この身体は重症で、明らかに手遅れだ。
 森の匂いと煙草とコーヒー。
 子供の笑い声に抱かれたまま瞳を閉じる。




「リョウタ君、寝た?」
 サンテラスの階段を上がってきた安藤に聞く。
「ああ」と言って、持ってきた毛布をこっちに投げた。
 それを受け止め、背中からくるまる。やや肌寒い。もう夜の十一時を過ぎている。
 
 ログハウスの屋上に設置されたサンテラスに天体望遠鏡とソファーを運び込み、天体観測などという小学校以来のイベントに、子供さながら浮かれたのが夜の十時過ぎ。
 天体望遠鏡は先週二人で買い物に行き、安藤がリョウタの誕生日プレゼントに買ったものだ。
 俺は星座の本と星の図鑑、星座表をプレゼントした。
 
 安藤は望遠鏡をケースに直した後、俺が座っていたソファーベッドの背もたれを倒してから毛布に入ってきた。
 二人で毛布に包まって仰向けになり、夜空を眺める。
 闇に散らばった星屑、もしくは星屑の隙間を埋める闇。視界いっぱいの夜空を見て、プラネタリウムのようだと思うところが想像力の無さだ。
 体温のゆるやかな上昇は、隣にある人肌とその人に対する個人的な感情が原因だと推測した。

「リョウタ残念だったね。せっかく楽しみにしてたのに」
「いいさ。あいつには次回がある」

 四十九年に一度の流星群。
 それを見ることなく、リョウタは睡魔の誘惑に完敗し、父親に抱っこされて寝室へ強制送還となった。
 俺がプレゼントした星座の本を抱き締めたまま、今はベッドの中で宇宙へ行った夢でも見ていることだろう。 

 四十九年後に同じ流星群を、リョウタは確かにもう一度見ることが出来るだろう。ただその時に俺と安藤が生きているかどうかは……微妙なところだ。

 安藤に腕枕をしてもらいながら、手元に置いてあった星座表を夜空にあてがう。暗い中でも蛍光塗料が塗ってあるから見やすい。
「ねえ、あれがシリウスだって――」
 強くまたたく点を指差す。
「隼。寒くないか?」と、安藤が俺の肩まで毛布を上げる。まるで子供と父親だ。

「っ!」
 一瞬の閃光。
 息を吸って、声にならない声を吐き出す。
 視界の端。刹那、小さく燃え上がった光源が長い尾を引いて流れ堕ちたのだ。
 すぐに消えてしまうかと思えば、何度か瞬きしてもまだ流れた跡が薄ぼんやりと闇にとどまっている。

「ねっ! 安藤さん見た!? 今の。すごく大きな流れ星!」
 俺のはしゃぎように安藤が笑う。
 
「きれい……。俺、星が流れる間に願い事を三回言うなんて、絶対無理だと思ってた。それくらい願いを叶えるのは難しい事だって意味の、ことわざみたいなものかと思ってたよ」
「願い事、したのか?」
 星に照らされた恋人に、首を横に振って答える。
「でもあれだけ長く時間があれば三回唱えるのも、あっ……ほらっ! また。きれい……」
 放物線を引いて消えていく光に呼吸を奪われ、願うことなど忘れてしまう。
 この気持ちを共有しようと思い隣を振り向くと、安藤は物思い気に俺を見つめていた。

「な、なに?」
「いや……きれいだなと、思って」
「俺が? 四十九年に一回の流れ星より?」
「ああ、それを見てるお前を見てた方が価値がある。俺にはな」
 こんな気障《きざ》なことを言う恋人が可愛くて笑えてしまう。いつもはクールなはずなのに、今日の安藤はおかしい。

「ねえ、ちゃんと見てなきゃ。もう一生に一度しか、っあ!」
 ほら、また流れたと指差す手を取られ、視野に大きな影が覆いかぶさったかと思うと、満天の星空が半分以上消えていた。
 
 上から降ってきたのは星屑では無く、もっと愛しいもの。
 熱い唇が三回分の願いごとを吸い取っていく。
 宇宙を漂うような、ゆったりとしたキスに身体がほどける。
 魂が溶けていく。
 
 恋人の頭越しに、星が一つ、また一つ、流れ堕ちて消えていく。
 火照った頭で、愛する人の中に三度。想いを唱えた。

「隼。話があるんだ」
 繋がりが解けて二秒も待たず、唐突に安藤が言う。
「……っ? どうしたの……改まって」
 今日は何か様子がおかしい。
 微かに映る目前の顔が、いつになく真剣だ。

 そんなはずはないだろうと、不意に訪れる別れの影におびえる。
 頬をなでる外気が、やけに冷たい。

「あの。指輪、だけどな……」
「……指輪?」
 別れ話ではなかった。
 指輪が嫌だというくらいの話なら、いくらでも聞き入れる覚悟はある。

「そう、指輪だ。あれを、その……ちゃんと、してほしい……」
「ちゃんと? 指輪ならちゃんと毎日してるよ。ほら、ここに――」
 ネックレスを取り出そうと襟元を探ると、その手を大きな温もりが捕まえギュッと握られる。

 不思議に思って上げた目線の隅で、また星が流れた。

「それって、首にだろ? そうじゃなくって……ちゃんと、左手の薬指にはめてほしい」
 思いがけない要求に言葉を失う。

「なあ、隼。大切な話なんだ。
 結婚は無理でも、同じ苗字になることは出来るだろ? 籍入れて、同じ苗字になって、ちゃんと下の名前で呼んで欲しい。
 同じ指輪して、一緒に暮らして、名前で呼び合って……ちゃんとした既婚者として、お前には暮らしてもらいたいんだ。
 そういうのって、重たい、か……?」

 じっと前を見る。
 見つめていたのが愛する人の顔なのか、その後ろの星空なのかも忘れた。
 男のシルエットに、いくつものスパークが降り注ぐ。
 この男の、こんな不安げな表情を初めて見た。

「おい。何とか、言えよ。一応これ、プロポーズのつもりだ。これでも人生初だからな……」  
 暗闇の中を気まずそうな視線が泳ぐ。

「隼……?」

「あっ……ごっ、ごめん。ボーっとしてた。あ、あの……嬉しい……すごく。
 何て、言ったらいいのか……。
 こんなに早く、願いが叶うなんて、思わなかったから……」

 そのとき視界の隅で、一際大きな星がぼわりと一瞬青く燃え、漆黒を滑り落ちていった。

 眼で追うと、知らぬ間に湧いて出た熱い液体が、流星と同じ速さの曲線をたどって頬を滑り落ちる。

「それって……OKってことで、いいんだな……?」
 眼を伏せて頷く。

「隼。絶対、幸せにする。これから幸せすぎて、いくらでも泣かせてやるから、だから。だから今は……泣かないでくれ」
「そ、そんなこと、言っても……」
 勝手に涙は流れていく。流星群が二人の大切な時間を考えずに勝手に流れていくように。
「ほら、星見ろよ。一生に一度なんだろ? 勿体無いぞ」
「そんなんじゃ……無理」 
 
 滲《にじ》んだ夜空から、また温もりが降ってきた。
 夢のような夜空の流れ星よりも、ずっと確かで温かい肌が俺の涙を止める。 

 黒い水面に揺れる無数のプラチナが、次々に燃えては滑り、尽きていく。
 
 一体どれだけの人数の願いを燃やしながら、流れていくのだろう。

 きれい……。

 四十九年に一度の奇跡。

 俺の恋人は、そんな夢の時間を大胆に使い捨てて生きていく。
 
 二度と訪れないかもしれない神秘的な夜に、嘲笑うかのように背を向ける。

 こんなにも罪深く、俺を想っていてくれる。

 濡れた顔を少し引いて、唇が微かに触れたまま言う。

「……雅人、さん……」

 かすれた声。
 初めて呼ぶ名。

 会社のオフィスで初めて出合った日。俺が心奪われた日。社員が全て登録された社内ネットのアドレス帳から探し出した名前。
 実はずっと呼んでみたかった。 

「ん?」
 流れ星よりも、俺の願いごとが叶えてくれる眩しい光が微笑む。

 また堕ちた。
 ほら……また。

 きれい……。

「愛して、ます」

 放射状に爆ぜる星々の活動が、いつのまにかピークに達している。
 眼で追えないまま滑っていく光と共に、また熱い呼吸が堕ちてくる。

 四十九年に一度の奇跡を瞼で遮り、もっと大切なものを全身で感じた。

「……俺もだ」

 幾千の流星が降り注いでも、もう二人を振り向かせることは出来ない。

 魂が染み出していく。
 熱くなった身体を脱ぎ捨てる。
 
 魂が青白く燃えて一つになっていく。

 長い尾をからませて、ゆっくりと流れ堕ちていく。行き先は不明。
 
 漆黒の空。
 
 プラチナの金星。
 
 煙草の匂い。

 流星群。

 星堕つ夜に二人で溶けあい、堕ちていく。

 例え、一瞬の青白い光源となっても

 例え、流れ燃え尽きても

 もちろん


 堕ちます……あなたと。


                       [完]



【後書?】
いや~。台風と共にやってきました最終話。
真夜中にBL小説を書く主腐。そんな私に何が言いたいのか、外は暴風で荒れ狂っております。
とりあえず! 終わりました! ってか、終わらせました!
また改めて、【後書&今後の予定】を記事でアップさせて頂きます。今日はもう遅いしね♪

とりあえず、一つお知らせだけ。
2000と3000ヒットのお礼を兼ねまして、リクエストの多いカップルの番外でも入れるつもりです。最終話を読んだその足で、投票箱の中の好きなカップルをポチして頂けると嬉すいです┏○ペコ
携帯からもできるのかな? 分かりませんが、拍手コメやコメントでリクエスト頂いても票数に入れさせて頂きますのでドシドシ投票あそばせm(_ _)m
とりあえず締め切りは、来週火曜の朝までとさせて頂きます。

あ!真夜中の拍手コメレスさせて頂きます♪
(未公開希望の方は、頭文字表示又はご本人様だけが分かるような仮名にさせて頂きます。順番はコメントを頂いた順です)

☆ア様☆
いつもありがとうございます♪
な、なんと!気付いて下さっていましたか!? 嬉しい。゚(●'ω'o)゚。うるうる
ついに完結してしまいましたが、少しでもア様の現実逃避に貢献できましたなら幸いです。

☆K様☆
ありがとうございます♪♪
初めて読んで下さったBL小説が、私なんかのでよかったのでしょうかドキ───Σ(゚Д゚;)───ン
BL大好き主腐同盟♪ それもそれも子育てに関しては大先輩でございますm(_ _)m
文章も子育ても未熟者ですが、これからもどうか御ひいきにしてやってくださいませ┏○ペコ

☆02様☆
工工工エエェェ(゚Д゚)ェェエエ工工工! こんなところに理想のBL大好き主腐様発見!!
家族の前でBL書けるなんて……なんて理想的な家庭環境なのでしょう!
いやもう、お宅へ越しちゃいたい…(´Д`)ゴゴゴ・・(ノдヽ)ゴゴゴ・・( 乂 )ゴゴゴ・・ヾ(`Д´)ノ゛ゴルァァア!!
とても素敵な御家族様ですね♪
私も02様の勇気見習いたいです!!

ではでは。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

堕ちます……あなたと。34

GOOD NIGHT


「しーなせんせ――。はい、レポート」

 紙の束を差し出す澄ました顔の少年を見上げて、椎名は呆然とした。
 さっき俺が安藤の恋人だと暴露した時も、こんな顔をしていた。可哀想に、今日は厄日だろう。

「おっ、おい!」
 部屋を出ようとしていた若いバーテンが、小声で言って少年に駆け寄る。

 廊下で走る靴音が響き、またドアが勢いよく開いた。
 部屋に入ってきたのは、またしても制服姿の少年。でもその顔には見覚えがある。
 キングの買い物だ。
 息を切らせながら部屋の中見まわし、先ほど入ってきた少年を見つけると慌てて近寄って来た。

「シ、シノっ! 部屋から出るなって言ってるのに……! ……アツキ、ご、ごめんね。シノの奴、全然言う事聞かなくて……」
 レポート用紙を差し出す少年の二の腕をつかんで引っ張り、椎名を見つめて目の周りを赤らめる。
「ユーキは勉強できるから僕の気持ちが分からないんだよ! キングは性格が悪いから、こういう時じゃないとレポート受け取ってくれないの――」

 キング。
 キングと言ったか?
 椎名は……キングなのか?

 このバーのママである京子の弟。
 恋人のために安藤と話し合いを持とうという男。
 
 ということは、先程この男が言っていた可愛い恋人というのはキングの買い物。後から入って来た、この少年のことだろうか。

 確かにキングの買い物が椎名を見つめる目は尋常じゃない。
 
 まったく状況がのみ込めないながらも、何となくキングとキングの買い物、椎名と少年。一組のカップリングが俺の中で成立した。   

 しかし。
 椎名がキング、だとしてもだ。
 その男にレポートを提出するというのは、どういう状況なのだろう。確かさっき椎名先生と呼ばれていた気がする。椎名とキング、キングとキングの買い物は繋がっても、キングと教師という単語はどうやっても繋がらない。
 そもそも、こんな場所に生徒がいるという事が在り得ない。
 椎名も、俺が描いていたキングのイメージからは大きくかけ離れている。キングは若いと聞いていたが、まさか三十路前の男だとは思わなかった。俺より二三個上の年齢だろう。スーツもクタクタで、どう見ても真面目そうな貧乏青年。教師には見えても、悪名高きバーのオーナーには見えない。
 俺が描いていたキング像は、高級なスーツに威圧的なオーラ、どちらかと言うと安藤のイメージに近い。その安藤も、椎名が本当にキングだとしたら、キングが敬語を使うほどの人間なのだから、今更になって自分の恋人の存在の大きさに怖気づきそうになる。

「シノ……お前。部屋にいろって……言った、よな……?」

 ようやく正気を取り戻した椎名は、途切れ途切れにシノと呼ばれる場違いな少年に言った。

「だってえ、先生がレポート12回も返却するからだろ! はい。もうサインしてくれるまで、僕出て行かないからね」
「お前……なあ」

 キング、キングの買い物、若いバーテン。少年が周りの人間をうろたえさせていく。

「おい、アツキ。いい加減にしろ。ここは職員室じゃないんだぞ」
 眉を寄せて状況を見ていた安藤が、業を煮やして言った。

「先生。この人ぉ――? 歩く大量破壊兵器って」
 安藤に視線をやって軽く言う少年。引き攣るキング。
 若さって怖い。
 京子がそれを聞いて、足袋を履いた足で着物の裾をばたつかせ、苦しそうに笑い始めた。
「お前……自分の教え子にどういう教育してるんだ。人を核爆弾みたいに言いやがって」
 音量を下げた圧力のある安藤の声を無視するためか、椎名は少年が差し出していたレポートをふんだくってパラパラとめくり目を通し始めた。 

「シノ。これ本当に分かって書いてんのか? 誰に写さしてもらったんだ」
「ユーキのん」
 少年は事も無げに言う。後ろに立っていたキングの買い物がギョッとした。
「ユキヤ。シノに答え教えるなってあれほど――」

「ユーキを責めんなよ! なんだよ。自分は職員室で牧内先生といい雰囲気になってるくせにさあ」
 
「おい! シノ……! そのことは内緒にしようって、この前――」と、若いバーテンが割って入ったが、時既に遅し。

 よく現状が把握できていない俺にでも分かった。今このシノという少年は、驚くほど余計なことを口走った。

 案の定、ユーキと呼ばれていたキングの買い物の表情が凍りつく。
 やはりその顔が、ずっと前にクリニックの待合室で見せられた携帯の写真の少年に似ていると思った。

「な……なに、それ」
「ち、違う! 違うんだ、ユキヤ。なあ、聞いてくれ。あれは勝手に向こうが……」
 動揺したキングが慌てて振り返り、ユーキという少年の手をつかもうとするが、その手は「知らない!」という声と共にするりと逃げてしまった。

 溜め息をついた椎名は向き直り、元凶の少年を睨みあげて舌打ちした。                               
「アツキぃ――いい加減レポート受け取ってやんなさいよお。シノちゃんが可哀想じゃないの」と京子。
「そうだよ。ママもこう言ってるしさあ。受け取ってよ――。」とシノ。

 椎名はあまりにも空気の読めない少年をもうひと睨みして、安そうなジャケットの内ポケットからペンを取り出し、レポートの表紙にサインしながら言った。

「おい野木。さっさと二人連れて、出てけ! で、今日はもう上がっていいから、シノを家まで送れ。 ユキヤは俺の部屋にいろ」
「やだ。今日は野木の家に泊めてもらう」
「ダメだぞ。そんなの……ユキヤ」
「ダ、ダメだよ! そんなの……ヒロトと二人なんて……」
 初めて高飛車だった少年が、うろたえた。

 なんなんだろう、この人達。

「あの。先生……」と、今度は野木と呼ばれた若いバーテンがおずおずと話始める。
「なんだ」
「この前言ってた、学際の弓道部の出店の場所なんスけど……」
「野木お前……まあいい。考えといてやるから、さっさと二人連れて出てけ」
 まったく男達の関係が理解不能なまま、とりあえず部屋の人数が減るらしいことに安堵する。

「あざ――す!」
 バーテンは運動部員よろしく頭を下げ、少年二人を引きずって部屋を出て行った。

 キングが俯き、深く息を吐きながら頭を振る。
「最近のガキは、あんななのか? この世も末だな……」
「あら、リョウタはよく遊んでもらってるわよ? あの子達と」
「おい、やめろ。あんなのにリョウタを会わすな。その内、組長の愛人になると言い出しかねない……」 
「まさか」と京子は笑うが、安藤は真剣そのものだ。
 京子はいつの間にか酔いが冷めて、母親の顔に戻っている。
 穏やかな夫婦の会話が、少しずつ俺の居場所を狭めていく。

「それじゃあ、私も失礼するわ。リョウタを迎えに行かなきゃ」
「あっ……、京子さん!」
 立ち上がる京子を呼び止めて、自分も立ち上がり京子に歩み寄る。
「あの……安藤さんに話があったんじゃないんですか? 俺、邪魔だったら席外しますけど……」
 京子が何のためにこの部屋に来たのかを考えた結果、そういう結論になった。

「ユキナ君。邪魔なのはマサトの方よ? 私もリョウタも、新しいパパいつでも大歓迎なんだから。それを言いに来たの」
 京子は安藤にも聞こえるような大きな声で言って、笑った。
「やめとけ。再婚前のババアがホスト連れてるようにしか見えないぞ」
 また夫婦喧嘩。いや、元夫婦喧嘩が始まる。

「あら、マサト。私と隼はね、一緒のベッドで一晩過ごした仲なの。それに『愛人を作るのは仕事の内』って昔私に教えてくれたのは、あなたでしょ?」
 その京子の言葉に安藤はピクリと顔面を麻痺させた。

「それじゃあね。隼」と言って、京子は俺の首に両腕を回し、ねっとりとした大人のキスをして、スキップしながら部屋を出て行った。
 
 しばらく硬直したままの視界の端に、本日三度目の唖然とした男の顔が映った。
 何とか身体の節々を折り曲げて振り向くと、安藤が血の気の引いた顔で俺を見上げている。

「本当、なのか……さっきの話。一緒に寝たって……」
 安藤はぎこちない様子で俺に聞き、煙草を取り出してくわえる。
 京子と一晩同じベッドで寝たのは間違いない。間にリョウタを挟んでだが。
「安藤さんこそ、本当に言ったんですか? 愛人を作るのが仕事の内だなんて……」
 誤解を解くのは簡単だったが、安藤に疑われた事に対し胸が軋んだ。
 安藤は俺が今まで散々夜遊びしてきた事を知っているから疑って当然なのだが、こんなにも自分は一途に想っていることが伝わっていないと思えて、寂しくなる。
 
 火もつけずにくわえていた煙草を一度口から離し、深く息を吐いた。
 その重苦しい反応を受けて、余計に悲しくなる。
 せっかく二週間ぶりに会えて嬉しいはずなのに、どうしてこんな事になるんだ。

「アツキ、お前……。邪魔だなあ……」
 煙草を箱に戻しながら安藤が遠慮無く言うと、椎名は自分も好き好んでここに居る訳じゃないと返した。
「さっきの話ですけど……」
 俺の気持ちを置き去りにして、また交渉が始まろうとする。
「分かった分かった。三木のジジイには俺が一度話してやる。まあその時まで、あのガキがお前の恋人ならな。さっさと消えろ、アツキ」

 安藤に言われてさっきの痴話喧嘩による不安を思い出したのか、「じゃあ失礼します」と椎名は足早に部屋を後にする。

 待ち望んだ二人きりの空間が、嘘のように重力を増して圧迫感を感じさせる。
 鼻の奥がツンと沁みる。

「隼……」
 久し振りに聞く、優しい囁き。
 腕を引っ張られてギュッときつく抱き締められると、深い口付けが堕ちてくる。
 さっき京子にされた遊びのキスとは違う、本物のキス。
 徐々に全身の機能が停止して、スリープ状態に陥っていく。懐かしい温もりの中でふわりと身体が浮遊するのを感じて、眠たくなる。
 優に二十分はそうしていた。

 唇が離れた時、あまりにも気持ちよくて夢見心地だった。
「隼。……本当なのか?」
 ぼんやりとした視野に、安藤の不安そうな表情が映って、現実に引き戻される。
「一緒のベッドに寝たのは、本当です。でも、それはリョウタを挟んで、三人で……」
「……そうか。疑って悪かった」
 額に安藤の唇が触れる。
 さっきの余韻で口が寂しい俺は、大好きな張った首筋を唇でなぞる。
「安藤さんは、本当に言ったんですか? あんなこと」
「あれは……。言ったのは事実だ。でもあの頃は若かったし、俺もどうかしてた。今はそんなこと絶対に思わない。隼だけだ……信じてくれ」
 そう言ってまた抱き締められると、また夢の中に引きずり込まれそうになる。
「安藤さん。ホテルに帰ろ。
 疲れてるでしょ? 俺、沢山奉仕して安藤さんのこと早く癒してあげたい。俺の身体で、いっぱい安藤さんに気持ちよくなって欲しい……ね?」
 何でもする。恋人を癒してあげられるのなら。今まで誰に対しても思ったことの無い感情が、安藤と一緒にいると簡単に芽生えてくる。

 身体を離すと、優しい表情が俺の顔を覗きこんだ。
「隼。ホテルに帰る前に、一人だけお前に会わせたい奴がいるんだ。構わないか?」 
「う、うん。別に……いいけど」
 恋人が思いがけないことを言い出した。
 
 安藤は携帯で誰かに電話して「連れて来てくれ」と一言呟く。
 その連れてこられる人物の予想がまったく立たない。

 安藤はひと息ついて、俺の目を正面から見つめる。
「隼。そいつと会う前に、話しておくことがある。……舞野のことだが……」
「舞野っ!? 舞野が、ユウタが、ここにいるんですか!! 今から連れてくるって――」
「まあ落ち着け。確かに今から来るのは舞野だ。
 いいか? よく聞けよ。
 舞野は、確かにお前を刺して殺しかけた。
 でも、あいつはお前を刺した後、自分も死のうとしやがった」
 顔面から血液が引き、毛細血管が空になっていくのを感じる。頬の表面が氷で冷やされたように痛い。
「ユウタが……自殺……?」
「ああ。まあそれは、今から舞野と一緒に来る奴が止めたんだが……。
 お前が舞野をどう思ってるかは知らない。恨んでいても当然だとは思うが。
 ただ、舞野はお前の情報漏えいの罪を全部代わりにかぶった。不起訴にするというのと、傷害罪を問わないって条件でな。お前が刺されたのは、危険と知っていて監視を付けなかったこっちの不祥事だ。それを外に出さないために、舞野と取引をした。
 お前にしたら悔しいかもしれないが、舞野だって起訴されなかったとはいえ一度は逮捕された。若いあいつの経歴に一生消えない傷がついた訳だ。
 許してやれとは言わないが……」

「俺。ユウタを恨んでなんていません! 俺がユウタを自殺に追い込む程、傷付けてしまった……」
 動転して脳の電気信号が乱れる。
 何の前触れもなく、涙が頬を伝った。

 ノックの音――。
 にじんだ視界を上げると、入り口に立っていたのは見知った金髪のバーテンダーだ。
 長い金髪を後ろで一つくくりにした男は、女のように繊細な顔立ちをしている。廊下に目線をやり、誰かに「おいで」と優しく言った。

 小さな靴音がして顔を覗かせたのは、懐かしい茶髪の童顔だった。
「せ、んぱい……」
 怯えたように小さな声で言うと、ガラス玉のような瞳に張った膜が液体となって次々と零れ落ちる。
「ユウタ!」
 駆け寄ってギュッと抱き締めた。
 懐かしい感触。同じ背丈。同じ肉付き。
 生き別れた弟に再会したかのように、気持ちが昂った。
 
「あの、二人っきりにしてもらってもいいですか?」
 安藤も金髪の男も、俺達が抱き合ったのを見て驚いた様子だったが、俺がそう言うと顔を見合わせて不安そうな表情で出て行った。

「ユウタ。自殺しようとしたって本当なのか?」
 身体を離してユウタの顔を覗きこむと、俯く童顔からまた大粒の涙が伝って堕ちる。
「だって……僕。先輩の、こと……」声を詰らせて言うが、その先が続かない。
 
「ごめんな、ユウタ。俺が全部悪かった。お前の事利用しようとして……」
 ユウタは俺の言葉に返事するように、一生懸命首を振る。
 それを止めるように、フワフワした茶髪を掌で包み込む。しばらくそうして抱き合っていた。
 
「ユウタ。今はどうしてるんだ? 働いてるのか?」
 腕の力を緩めると、ユウタはゆっくり身体を離して顔少し上げた。
「今は……次の仕事が見つかるまで、ここでバイトをさせてもらってます。家は、吉野さんの所に居候です。あ、吉野さんって、あの――」
「さっきの金髪の人か?」
「はい。……あっ。吉野さんは、変な人じゃありません……いい人です。すごく、僕のこと気遣ってくれるし……」
 俺が不審に眉を寄せた事に気付いたユウタは、急いで吉野という男のフォローをいれる。その顔が急激に赤く火照った。
 不審に思ったのは吉野の方では無く、ここでバイトしていると言った方だ。
 ユウタは山崎のような変な輩に目を付けられやすい。こんな場所でバイトをするのは心配だが、あの金髪の男が一緒なら大丈夫だろう。
 
 吉野の事を話して耳まで赤く茹で上がった元恋人が、本当の弟のように可愛く思った。
「付き合ってるのか? あの人と」
 興味本位で聞いてみると、ユウタはあからさまに動揺して、大きな潤った視線を小魚の動きで泳がせた。
「えっ、あの……まだ、付き合っては……」
 泳いでいたガラス玉が止まったと思うと、サッと曇った膜が瞳に張り、悲しい表情になる。
「か、勝手ですよね……先輩の人生めちゃくちゃにしといて、自分だけ幸せになろうなんて……」
 自分を責めるように笑う表情が、何とも寂しかった。

「そんなことない。俺のことなら気にするな! もうこうやってピンピンしてるし。
 それに俺だって、安藤さんの人生めちゃくちゃにしたけど、今は幸せになってる。ユウタが幸せなら、俺も嬉しいよ」
 ユウタの頬を両手で包み込み額にキスをすると、ユウタはやんわり涙目のまま微笑んだ。
「先輩……。先輩は、本当に、優しすぎます……」

「おい。面会時間終了だ」
 いつから見ていたのか、安藤がドアを開けて立っている。

「ユウタ。俺はお前の恋人にはなってやれないけど、それ以外なら何でも力になる。だから何かあったら、絶対に俺に相談しろ。いいな?」
 小声で囁くと、ユウタが頷いてニコリと笑った。
 やっぱり笑顔が一番似合うと思う。
 最後にギュッともう一度抱き締めた。

 廊下で吉野に「ユウタのことをよろしくお願いします」と頭を下げると、綺麗な顔が少し寂しそうに微笑んだ。

 二人を廊下で見送り、部屋に戻る。
 安藤は影のある思いつめた表情のまま、ソファーに腰を下ろした。
 隣に座り、安藤の手からライターを抜き取って、好きな人が口にくわえた煙草に火をつけた。安藤は顔を強張らせたまま、ずっと宙を見つめている。

「舞野とは、どうなんだ……その……」
 煙にまぎれて語尾を濁す。 
「何がです?」
「その……もう一度、付き合ったりするのか……?」
 三十センチ先を凝視しながら男が静かに言う。
 何となくだが、安藤が暗い理由は分かっていた。
 いくら感動しても、恋人の前で少し戯れが過ぎたと反省する。

「俺は……安藤さんの、恋人じゃないんですか?」
 静かに返す。
 安藤は視線をローテーブルの上に堕とし、白い煙を深く吐き出す。
 
「隼。これだけは言っとく。
 俺はお前の人生を狂わせた。
 この先、俺の存在が必要ないと思ったら、いつでも切り捨ててくれて構わない。
 お前の自由を奪うような真似だけは、したくないんだ」 

 なんて、優しくて、もろくて、弱くて、強い人なのだろう。
 自分にだけ見せてくれる、弱気な顔や優しい目。この男の全てが愛しい。
 目を細めて、大好きな人の腕にそっと手を回した。

「それは……俺も同じです。
 俺は安藤さんの未来を変えてしまった。変わってしまったものは戻せないけど、俺のことが飽きたり、いらなくなったら、いつでも捨てて下さい」

「隼、俺は――」
 何かを言おうとした口を自分の唇で塞ぎ、言葉を全て吸い込む。
 チュッと音を立てて離し、明るく笑った。

「安藤さん、帰りましょう。俺達の部屋へ」

 

 廊下の奥の裏口から外へ出ると、外はヒンヤリしていた。
 タクシーを拾うために、大きな通りまで歩く。
 バーの裏の駐車場を通り抜ける時、鋭く光る高級外車の中でカップルが抱き合ってキスしているのを目撃し、慌てて目をそらした。
 待てよ。
 足を止め、もう一度振り返り確認すると、やはりこちらに背中を向けているのは、先程の椎名という男だ。
 目を凝らすと、ジッと目を瞑ってキスに夢中になっているのは、キングの買い物で間違いない。どうやら二人の仲は上手くいったらしい。

「隼、どうした?」
 スーツケースを引いて先を歩いていた安藤が振り返る。
「なんでもない!」と走り寄り、腕に抱き付いた。


 鐘を鳴らして開いた明るい箱に乗り込み、十六階のボタンを押す。
 重たい扉が閉まったのを確認すると、安藤の首に腕をまわして深く唇を重ねた。
 駐車場の二人を目撃してから、ずっとこうしたいと考えていた。
 少しでも大好きな身体を感じたいと、口付けが激しさを増す。が、それでも全然足りない。
 蓄積された二週間分の欲求が急速に湧き上がって、全身の肌にしみ出し熱をもつ。

「あっ……」
「隼?」
 何もかも忘れてキスに溺れていたのに、急に繋がりが解かれて、不安に声が出た。
 安藤が面白そうに笑っている。

 ハッとして振り返ると、エレベーターの外に立っていたベルボーイの顔を見て、恋人と同じように笑えた。
 



【後書】
八千文字程の長文になってしまいました。工エエェェ(´д|゚∀゚)っ|`)ェェエエ工
七千文字で長くて出せないと言っていた自分が懐かすい……。
もう、あまりにも長すぎて一度の手直しで公開しています。どうせいつも文章おかしいから、変わらんワイ! 向上心の無い奴め……( ̄‐ ̄#)

ちゅ、ちゅいに……やっと明日完結でございます!!
何も無い、ただの週のなか日に終わるのが、またオツ。

そうだそうだ!昨日時間が無くて出来なかった拍手コメレスをさせて頂きます♪
私の気持ちが分かるのか、隣で息子も喜んでおります。おーよしよし。こんな母がお前にしてやれるのは、将来男の嫁を連れて来ても許してあげれることくらいぞよ。

(未公開希望の方は、頭文字表示又はご本人様だけが分かるような仮名にさせて頂きます。順番はコメントを頂いた順です)
☆こみみ様☆
ついに楽しみにして下さっていたイチャイチャラブラブに突入しました~♪
私も心が通じ合った二人を書くのはウハウハでした。よくここまで頑張ってくれた。・゚・(ノД`)・゚・。
な、なんと! こんな後書を楽しみにして下さっていると!?
引き続き、主婦部門ならぬ主腐部門の頑張りを見せてやります゚+。(ノ`・Д・)ノオォオォ。+゚
あと一話だけお付き合い下さいますえ~┏○ペコ
 
☆トーフ様☆
初めまして♪キングの頃からの読者様なのですね! 更にBL大好き主腐同盟!!
こんな文章ですが、少しでも家事や子育ての合間に楽しんでいただけたら幸いです。
そして、あのテレビのワンワン。案外歳なのですね……激しいダンスをしているけど大丈夫なのだろうか。この前は富士山中腹でロケっておりましたが……どうか、長生きしてくれ……犬よ。
明日で完結ですがお付き合い下さいませ┏○ペコ

☆a様☆
前作の登場人物勢揃い!! 楽しんでいただけて良かったです♪♪
そして、キングがなんか可愛い……そうなんです。今回の話では、むしろちょっと同情しちゃう感じになってます(笑) 京子がかっこいいと言って頂けて嬉しいです☆ 女はよりかっこよく!男はより色っぽく! モットーでございます♪ 幸せな気分になって下さって、私も幸せです!
では明日。最終話をお楽しみ下さいませm(_ _)m

☆ア様☆ 
前作も読んで下さったんですね!? きっとその方が何倍も楽しんでいただけるので良かったです♪
三木の気持ちはどうなんでしょうかね~(*´・д・)*´。_。)ゥミュ
ちょこちょこ番外で書いていていけるといいかと♪♪
ちなみにプチ情報☆
マサトさんの名前は、「キングの買い物(番外) キングな夜」と、この小説の第六話「白夢中のはじまり」でもさりげなく使っております♪鋭いア様なら気付いて下さいましたでしょうか(@´゚艸`)
あと一話♪お付き合い下さいませませ(゚∀゚)ラヴィ!!

☆r様☆
な、なんと、ムーンライトノベルズの方で「キングの~」第一話をお読みくださったと!? 「小説家になろう」のサイトで、最初は18禁で登録していたのですが、他の方が書いている15禁のBL小説を読んで、自分の作品が「こりゃ18禁じゃねえわ」と思って、数日で18禁から15禁に変更しました(笑)
未だに15禁と18禁の境界に悩みます。次は18禁で書いてみてもいいかなあ~なんて思っております(´-∀-`;)
では明日の最終話♪ 楽しんでいただけると幸いです(o´・∀・`o)♪

☆M様☆
M様も大阪なのですか!? 私も生まれも育ちも大阪野郎ですよ!!じつは道ですれ違ったりしているかも!!??Σ(・ω・ノ)ノ
ちゃきちゃきの大阪弁なので、標準語を書くのが難しいです。゚(PД`q。)゚。
ちょこちょこ変な台詞があるかと思います(笑
M様が修行が足りないなんて、とんでもございません~!いつもM様が書かれる文章、勉強になっておりますm(_ _)m
また寄らせて頂きます~♪♪

この他にも、拍手くださった方、ずっと前に拍手コメ入れて下さって返事できていない方、心の中で応援して下さっている方、もうみなさま本当にありがとうございます♪

本文も後書も長くなりました(;´・ω・)
では明日!最終話で♪

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

堕ちます……あなたと。33

招かれざる客達


 弾む足取りで、個室が並ぶ廊下を進む。

 あれから二週間。空港で別れる時に抱き締めてもらった温もりと、キスの感触を毎日思い出しながら飢えた日々を送った。今日が来るのを指折り数えては溜め息を漏らし、もうあの人がいなければ生きていけないと再認識した。

 安藤との待ち合わせ時間にはまだ早いが、どこかで時間を潰す気持ちの余裕は無く、バイトが終わってから浮き足立った状態で、そのまま待ち合わせ場所のDEEP BLUEへとやってきた。
 最後にここを訪れたのは脇腹を刺された晩。苦い思い出だが、その後の幸せな展開のせいか久々に狭い店内に入っても嫌な気分ではなかった。

 安藤が国際電話で予約してくれた一番広い個室のドアを開けると、驚いたことに先客がいる。
 クタクタの安そうなスーツを着た短髪の男がソファーに座り、渋い表情で煙草を吸っていた。一度廊下に出て部屋番号を確認するが、先程バーカウンターで金髪のバーテンに教えられた部屋で合っている。

「おい……何してる」
 俺の行動を怪訝そうに眺めていた男が言った。爽やかな顔付に似合わず、威圧感のある話し方だ。
 同じ台詞をこの男に返したい。
「あ、あの……待ち合わせで……」
「今日は全室貸切だから入ってくるな。待ち合わせなら他の場所でしてくれ」
 男がさも面倒くさそうに言う。
「でも……」
「君みたいなのがウロチョロしてると、今からこの部屋に来る男に捕まって売り飛ばされるぞ」
 残念ながら、その今からこの部屋に来る男というのが自分の恋人である可能性が高い。
「その人って、安藤さん……ですか?」
 安藤の名前を出すと、男の眉山がピクリと動いた。
 ゆっくりと中に入り、男が座る正面のソファーに腰を下ろす。
 部屋の広さは、ずっと前に舞野と来た部屋の倍ほどあり、中央に応接セットが置かれている。いかにも昔はカラオケ店の大部屋でしたという内装で、今観葉植物が置かれているあたりにカラオケセットとステージがあったに違いない。
「君。あの男の知り合いか?」
「いえ。知り合いとかじゃなくって……」恋人ですと、声高に言いたかったがやめておいた。
「もしかして俺と同じで、あの男に何かの交渉しに来たのか? だったら悪いことは言わないから、やめた方がいい。一般人相手に話せる相手じゃない」
 男は背もたれに両腕を乗せて、足を組む。どうやらこの男は、安藤に何かの交渉をするためにここで待っているらしい。
「店の外に物騒な輩が沢山ウロウロしてたろ? 今から来る男の機嫌を取ろうとして、各組が人を寄こしてるんだ」
 このバーの周りが物騒なのはいつものことだが、確かに今日は見るからにその筋の男達が入り口にたむろしていて、俺もここへ入る時に取って食われるかと思うほど睨まれた。あの男達がまさか安藤を待っていたとは。
「安藤さんて、そんなに、危ない人なんですか……?」
「会った事ないのか? そうだな――」と言って、男は苦笑いしなが灰皿に煙草をねじり付け、ローテーブルに置かれていたグラスを取る。中の青い液体を一口飲んで一息ついた。

「まあ、危ないなんてもんじゃないな。裏社会でも表社会でも関係なく、持つ権力が圧倒的で、あの男が出来ない事なんてないんじゃないか? その上ヤクザの組長の娘と駆け落ちした挙句に離婚するような変人で、一回瀕死の重傷で死に掛けたのに地獄に入場拒否されるような男なんだ。まあ、その駆け落ちして離婚した娘ってのは今ここのママしてる女だ」
 ひどい言われようだ。
 この男の話が本当なら、京子は組長の娘でこのバーのママをしていることになる。このバーにママなんていただろうか。
「でも、安藤さんって……警察の人、ですよね……?」
 男は嘲笑う。
「お前、何も知らないんだな。警察ってのは極道と同じ人種だ。国家の名の元に権力を振りかざすから、極道よりたちが悪い。そりゃあもうエグい方法で金儲けはするし、俺達よりずっと残酷な方法で人を消していく。だから結局、裏でも表でも警察に睨まれたら生きていけない」
 男の口調は教師のようにはっきりしていて、むちゃくちゃな内容も正しいように錯覚してしまう。
「それでみんな、安藤さんの機嫌を取りに?」
 外で待ち伏せしていた奴等の目的はそれか。
「まあな。いつもはそうでもないが、今日は恋人も一緒に来るっていうからな」
「こ、恋人?」
 ギクリとした。そんな情報まで筒抜けなのか。
「ああ。付き合う女ってのは男にとっちゃ弱点だからな――、その女のご機嫌を取って少しでも自分の組に有利に事が進むようにする。または、いつか誘拐する時に備えて、恋人の顔を確認しておくってとこか……。
 まあそういう俺も、女の携帯の番号ぐらいは聞き出せたらいいな――なんてな。あの男をつかまえて話の席に着かせるってだけでも、こっちは一苦労なんだ」
 男は初めて少年のような笑顔で笑った。が、こっちは逆に笑えない。
「お前も綺麗な顔してるんだから、あの男より恋人の方の機嫌取った方がいいんじゃないか?」と俺にアドバイスしてくれるのはいいが、その恋人が俺なんだよな。

「一緒に来るのって、本当に女なんですか?」
「そりゃそうだろ。こんな個室で二人分の食事予約して、会社の同僚ってことはないだろ……? 名前は確か……ユキナとか言ったかな。どう考えても女だ」
「あの……言いにくいんですけど。ユキナって……俺のことです」
「は?」
 間抜けな返事。
「ユキナは苗字で、下の名前は隼です。安藤さんとは、一応、その、お付き合いしてもらってるって言うか……」
 どうせ安藤が来ればバレることだ。思い切って自分から暴露してやった。

 男は口を開けたまま眉間を寄せ、グラスを置いてソファーに背をあずけた。顔色が悪い。
 俺の頭からつま先までを、視線を何度か往復させて走らせ、内ポケットから煙草を出して吸い付ける。
 ひと息目の煙を吐き出して束の間何かを考えた後、気まずそうに言った。
「ユキナ君……携帯の番号、聞いていいか?」

 複雑な面持ちで男は携帯に俺の電話番号を登録する。俺も自分の携帯に男の番号を登録した。
「君も、なんでまた、あの男と……」
 携帯を操作しながら、男が静かに聞く。
「安藤さんは……俺を救ってくれた人です。危険な人かもしれないけど、俺にとっては、正義の味方……ヒーローみたいな……」
 顔面が熱くなるのを抑えながら言って目線を上げると、正面の男が携帯を操作する指を止めて顔を引き攣らせていた。
 さっきより更に顔色が悪くなった。

 登録を終えてから携帯を閉じると、男は俺を見据えて改まって話し始めた。
「ユキナ君。
 君があの男を想うように、俺にも可愛い恋人がいてね。今日の交渉次第じゃ、その恋人に辛い思いをさせなくちゃならない。だから君にも協力して欲しいんだ。分かるか?」
「はあ」
「よし。じゃあ、あの男が来たら、君の力で精一杯機嫌を取って、穏やかな交渉ができる場を提供してほしい。あの男の機嫌が一番良い時に、俺にワンコールしてくれ。そしたら交渉しに、ここへ飛んでくるよ」
 何の交渉かは知らないが、それを断って誘拐でもされたら堪らない。それくらいなら協力しようと、首を縦に降った。
「ありがとう。それじゃあ」と言って男は煙草を消し、膝に手を付いて立ち上がり部屋を出て行った。

 それから十分程、男が話した内容を思い出して一人不安になる。
 組長の娘と駆け落ち。
 極道よりもずっとたちが悪い警察。
 深い息を吐き出すと同時に、部屋のドアが開いた。

「安藤さん!」
 勢いよく立ち上がり、ドアに駆け寄る。
「よお」と言いながら、安藤が大きなスーツケースを部屋に入れた。
 その明るい笑顔を見るだけで、全身の血液が粟立ち体温が上昇する。さっきまでの暗い気分が嘘のように晴れた。
 大好きな人。
 やっぱり俺はこの人が好きなんだと自覚する。

 本当なら今すぐ抱きついてキスしたいが、安藤の後ろから金髪のバーテンが注文を取りに付いて来ていたので、たくましい手の甲にそっと触れるだけで我慢しておいた。
 触れた指先が安藤の体温を吸い取り、ジンジンと痺れる。
 二人でソファに座って、とりあえずビールを注文した。
 バーテンの姿が消えると同時に、安藤の首に両腕をきつく回して抱きつく。
「お帰りなさい……寂しかった……」
 二週間分の想いで胸がつまる。搾り出した声は、消え入るようにかすれた声だった。
「ただいま……隼」
 そう言ってとろけるような口付けをくれた。
 その低くて甘い自分の名を呼ぶ声と、麻薬のようなキスに、身体の機能が奪われていく。そっと抱き寄せられると、ここが自分の居場所だと感じる。生きていると実感する。

 ゆっくり再会を喜ぶ暇もなく、ビールと前菜が運ばれてきた。
 相変わらずここの料理は美味しい。こんなに本格的なコース料理があるとは知らなかったが、さっきの男の話からすると、これも安藤と俺の機嫌をとるために特別に用意されたものかもしれない。
 食事をしながら安藤の土産話を聞いたり、俺のバイトの話をした。店員がいない時を見計らっては深い口付けを交わす。

「隼。もう新しい部屋に荷物は運んだのか?」
「うん。荷解きはまだだけど……あんな広い部屋、俺びっくりした」
 安藤が社宅に移る前に住んでいたマンションに一緒に住まないかと言ってくれたので、家無しの俺はその言葉に甘えることにした。
 マンションは駅からは遠いが、静かな住宅街にあり、部屋は最上階。細かく言うと、玄関は最上階の一階下にあり、室内の螺旋階段で繋がったその階と最上階の2フロアが全て安藤の部屋なのだ。
 多くない自分の荷物をホテルから運び、バイトの休みを利用しては埃だらけの室内を掃除したが、なにしろ広くて一日や二日では終わらない。社宅の部屋から送って来たらしいダンボールいっぱいの本も、そのままの状態で置いてある。その部屋を片付けて住めるようになるまでは、安藤と二人で今のままホテル住まいだ。
「明日は二人で買い物に行くか。冷蔵庫もあれじゃ小さいし、ベッドも狭いだろう」
 安藤は食後のコーヒーを飲みながら言う。
 硬い二の腕に頬をすり寄せて、大きな手に指を絡ませる。愛しい人を上目使いに仰いで頷いた。本当は、ベッドは狭くてもそれだけ密着して寝れるからいいと思ったが、二人で行く買い物を想像すると、玩具を買ってもらう子供のようにわくわくする。

 恋人の微笑む顔を見て、さっき男に頼まれたことを思い出した。
 店員の男がデザートの皿を下げに来た時に離れた手で、ポケットの携帯の発信ボタンを探りながら押す。
 
 しばらくするとさっきの男がノックをして部屋に入ってきた。
 安藤はあからさまに嫌そうな顔をする。俺が機嫌を取った意味はあるのだろうか。別にこの男のためにイチャついていた訳ではないから、半分どうでもよかった。
 出来るだけその交渉とやらを早く終わらせて、恋人と二人でホテルに帰って甘い時間を過ごしたい。
 男は安藤の表情など気にせず、向いのソファーに腰を下ろしてすぐさま話し始めた。
「義兄さん。この前の話だけど……」
「おい、誰が義兄さんだ。お前の姉貴とはとっくの昔に切れてんだから、俺とお前は赤の他人だ」
 安藤の声に凄みが出た。男は浅く溜め息をついて、ひるまず話し続ける。
「今頃ユキヤを直接説明しに寄こせって、どういうことなんです?」
「知るか。三木のジジイが電話でそう言ったから、俺はお前に伝えただけだ。
 まあ、あんな馬鹿でも息子は息子だからな。いつまでも病院に閉じ込めておく訳にもいかなくて、話を付けたがってるんだろ」
「無理に決まってるでしょう。あんな男のところに、どうして自分の恋人を送り込まなきゃいけないんです?」
「嫌ならお前が代わりに行けよ。恋人を取られそうになったので、あなたの息子を半殺しにしましたよって説明してこい」
 まったく内容が理解できないまま話が進んでいく。
 男は安藤のことを義兄さんと呼んだ。ってことは、この男は京子の弟……さらに組長の息子ということになるが、それでいいのだろうか……。
 
「そんなことしたら、俺が殺されるじゃないですか。いいんですか? 可愛い義弟が山中の井戸に沈んでも」
「結構じゃないか。重機借りてきて、上から土かけてやるよ」 
 あまり関わらない方が良さそうな話だと判断して、素知らぬ顔でコーヒーカップに手をやった。

 廊下で女の声がする。それを追う男の声。
 ヒールの音が部屋の前で止まったと思ったら、ノックも無しに部屋のドアがいきなり開いた。

 ワイングラスを持つ着物姿の女。
 京子だ。
 後ろから追って部屋に入ってきたのは、見覚えのある高校生のように若いバーテンの男だ。
「京子さん! ここはまずいです……帰りましょう」と慌てふためきながら京子止めている。

「また余計なのが来やがった……」
 安藤が溜め息混じりに紫煙を吐いて、一人囁く。

 京子は俺の顔を見るなりニヤリと笑いながら、フラフラとこちらに近付く。顔は真っ赤で、目は虚ろ。どう見ても、かなり酔っている。

「あらぁ――まさとぉ。私からの誕生日プレゼント、気に入ってくれたみたいで良かったわぁ。ずいぶんな人数使って探したのよ、その可愛いお人形さん」
 京子の意味ありげな目線で、そのプレゼントが自分自身だと気付く。慌てて安藤を振り返ると、安藤は気まずそうな表情で小さく舌打ちをした。
 俺達の関係を知っていて、京子はあの日安藤の出張の期限が分からないと嘘をついたのだ。それで俺が安藤に会いに行くと考えたから。俺はその作戦にまんまと乗った。
 そうか、俺が安藤に会いに行った日。
 あの日は、俺が安藤とリョウタと三人で遊園地に行ってから、ちょうど三ヶ月目。

「おい、アツキ……。あの女を何とかしろ。血の繋がった姉だろうが。まったく、いらねえ知恵ばっかり回りやがって」
 交渉途中で割り込んだ京子を煙たそうに見ていた男に向き直って、安藤は呆れたように言う。
「姉貴、やめろよ。飲みすぎだ」
 やはりこの男は京子の弟らしい。
 そういえば、男の電話番号を登録する時に聞いた椎名という苗字は、京子の実家の表札の名前と同じだ。

「うるせえ、アツキ。だまんな!」
 腹式呼吸を駆使した女の声はドスが聞いている。
 京子の着物姿を見るのは二度目だが、浴衣の時の清純な印象ではない。極道の妻ばかりが出てくる映画を思い出した。
 
 京子は上座にある一人掛けのソファーに、倒れこむように座った。ここからでも酒臭い。
 着物の袂から煙草を出して一本くわえると、鋭い視線でアツキと呼ばれた自分の弟に鋭い視線を向ける。男は溜め息をついてからライターを取り出し、腰を浮かせて京子の煙草に火をつけた。

 京子は真っ赤な口紅の間から煙を吐き、俺を向いてニコリと笑う。

「ユキナ君。そんな男さっさと愛想をつかして、お姉さんと遊びましょうね」
 また京子が突拍子も無い事を言い出した。
 どうしていつもこの人はこうなのだろう。
「京子、馬鹿かお前は。お前はもうすぐ再婚するんじゃないのか? あの拾ってきた小汚いシェフと」
「そ、そうなんですか?」
 京子が再婚するとは知らなかった。
 安藤と京子の復縁の可能性が消えてよかったと、性悪な考えの自分が現れる。
「そうなのぉ――」と京子は照れながら口を押さえた。

「今日は隼がどうしてもと言うから、お前の再婚相手の料理をわざわざ食べに来てやったんだ」
 安藤がつまらなそうに話した。
「隼。今日のディナーはお口に合って?」
「おい、気安く呼ぶなよ」という安藤の言葉を無視して、京子はこちらに身を乗り出す。

「はい。すごく美味しかったです」
「そうでしょう、そうでしょう。あの野菜はねえ、今朝私と彼が一緒に市場まで直接仕入れに行ってきたのよ。いつもはコース料理なんて出さないんだけど、隼の為に特別に彼が用意してくれたの」
 京子は何度も頷きながら、少女のように嬉しそうに笑う。

「姉貴、分かったからさあ。今俺達、大事な話を――」
「だからうるさいってんだろ、アツキ。とにかく、今すぐ酒持って来な!」
 少女の笑顔一変、京子はどう猛に言い放ち、ソファーにもたれ煙をくゆらせた。夫婦喧嘩が始まりそうだと思ったら、兄弟喧嘩に移行して安心した。
 弟の方は嫌そうに顔を歪め、京子を追いかけて来た、困り果てた表情の若いバーテンに目配せする。
 バーテンはそれに気付いてハッとし、酒を取りに部屋を出ようと踵を返した。

 と、またノックも無しに、勢い良くドアが開く。
 ドアの前にいたバーテンが驚いて二歩下がる。
 
 中に入ってきたのは少年だった。
 小柄でパーマがかった髪。どう見ても学校の制服を着ている。前にもここで同じような制服の少年を見た事があるが、あれはキングの買い物で、この少年とは別人だ。
「いっ……!」とその少年を見たバーテン姿が、変な声を発する。

 澄ました顔の少年は「あっ。いた」と言ってズカズカと部屋の中に入って来てしまった。

 安藤との再会を祝した、静かな夜のはずなのに。
 どうして今晩は、こうも招かれざる客が多いのだろう。

 少年は京子の弟が座るソファーの横まで歩き、持っていた紙の束を差し出した。

「しーなせんせ――。はい、レポート」




【後書】
うギャーーーーー!!!
遅なりました!
もう旦那がすぐそこまで帰ってきているので、今日は後書省略!!゚(゚´ω`゚)゚。ピー

夜時間があれば、後書と拍手コメレス追加します!!

あ! これだけは言わなくちゃ!
今回次回と前作の人達が多く登場します。前作知らない人はごめんなさい。
ストーリーにはあんまり関係ないので、許してほすい……_○/|_


テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

堕ちます……あなたと。32

[注意] *BL要素のド性描写が含まれますので、苦手な方・十五歳未満の方・義務教育中の方はご遠慮ください。
    
 「続きを読む」からドゥゾ(o´・ェ・)っ




 

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